687.会話 心臓が悪い魔王の話
本日もこんばんは。
魔王さんは元気です。
「うっ……。心臓が、心臓が痛いです……」
「だいじょうぶですか? 魔族って人間の病院でいいのでしょうか」
「うっ……! も、もうだめです。ぼくは手遅れです……」
「死にそうですか?」
「死にそうです!」
「元気なお返事ですね。看取りくらいはしてあげますよ」
「うれしいです。だいぶ遠いですけど」
「八メートル先から見守っています」
「あ、末広がり。じゃなくて、もっと近くに来てくださいよう」
「また何かくだらないことを考えていそうな気配を察知しまして」
「ですが、ほんとうに心臓が大変なんです」
「具体的にどう大変なんですか?」
「勇者さんがかわいすぎて心臓のどきどきが止まりません!」
「はい、解散」
「もうちょっと聞いていきませんか? シフォンケーキありますよ」
「仕方ないですね、少しだけですよ」
「ちょろくてかわいい。あのですね、勇者さんは毎日とってもかわいいですが」
「もぐもぐ」
「ぼくはふと思ったのです。『えっ? かわいすぎじゃない?』と」
「むしゃむしゃ」
「ぼく、こんなかわいい子と毎日旅しているんですか? 毎日隣で寝泊まりして、毎日隣にいて、毎日一緒にご飯食べているんですか? こんな幸せでいいの⁉」
「ふわふわだ」
「改めて現実を直視したぼくは、世界に轟くような心音に気づきました」
「おいしい」
「そう、これはぼくの勇者さんへの愛――。名付けて『びっぐらぶはーとびーと』」
「食べ終わりました。私はこれで」
「ま、まだありますよ。ホイップクリームもどうぞ」
「わあい」
「勇者さんのことを思うと胸が痛くて……。あ、心臓が痛くて?」
「どっちでもいいです」
「たまに見つめられると心臓がどきっとして止まるんです」
「別に見てはいませんけど」
「ぼくの心臓まで照れちゃっているということですね」
「目でもついているのかな」
「きみのせいで、ぼくのどきどきが止まりません。いえ、きみのおかげで……ですね!」
「今日もやかましいですね」
「今この時もほら、心臓が痛くて痛くて、ほら」
「ほらと言われても、見えません」
「取り出しましょうか?」
「やめてください。あなたは年齢制限の味方でしょう」
「勇者さんのためなら年齢制限の敵にだってなりますよ」
「私のためにやめろって言ってんです」
「では、音だけでも聴きませんか?」
「まあ、それくらいなら。聴診器はどこですか」
「ありません」
「じゃあ、どうやって聴く……いや、察しました。結構です」
「勘付くのがはやいですね。さすが勇者さんです」
「だって、両手を広げる魔王さんが見えたから」
「いつでもどうぞ」
「いつだろうと結構です」
「ぼくの『びっぐらぶはーとびーと』を聴いてほしいのです」
「曲名みたいに言わないでください」
「それではお聴きください」
「絶対に絶対に絶対に歌わないでくださいね、絶対に。絶対にです」
「だいぶ念押しされましたね」
「私の心臓が悪くなるので」
「勇者さんの健康と安全と健康と健康を願っているのに?」
「だいぶ願われていますね」
「ぼくの心臓と勇者さんの心臓を入れ替えたいくらいです」
「魔なるものの心臓を入れても平気なんですか?」
「まさか。毒で死にますよ」
「魔王さんの心臓はいつもうるさそうですね」
「オールウェイズ勇者さんにどきどきしていますよ」
「すごく元気そう」
「きみの心臓はのんびりぐーたらしていそうですね」
「入れ替えたら元気になったりして」
「ぼくみたいになれますよ」
「あ、それは嫌です」
「うっ、心臓が痛い……」
お読みいただきありがとうございました。
魔王さんは不老不死(定期)。
魔王「人間も臓器を新しくできればいいのですが」
勇者「なんかとんでもないこと言ってません?」
魔王「え~ん、せめて五百年は生きてほしい」
勇者「はいはい、泣かない」