68.会話 髪を乾かす話
本日もこんばんは。
髪にまつわる話は何回目ですかね。たぶん今後も書くと思います。お付き合いくださいませ。
「勇者さん、髪を乾かさずに寝るのはだめだといつも言っているでしょう」
「……いいじゃないですか。死ぬわけじゃないですし。別に死んでもいいですし」
「よくなーーいっ! 濡れたまま寝たら髪が傷みます。こっち来てください。ぼくが乾かして差し上げますから」
「ええ……。いいですよ、そんなの」
「ぼくがよくないです。せっかくのきれいな黒髪が傷んじゃうじゃないですか」
「私の髪ですし」
「だめです。はい、座ってください」
「うっ……。力が強……強いって。わかったわかりました。お願いします」
「まずは櫛で絡まりを解いて……。ドライヤーで乾かして……」
「魔王さんは世話を焼くのが好きですねぇ。放っておけばいいのに」
「ぼくが好きでやっているんです。長くてきれいな黒髪を放っておくなんてできません」
「自然乾燥こそ正義」
「もう! こういうのは毎日の積み重ねが大切なんですよ。痛むのは簡単なんですから」
「長いと洗うのも乾かすのもめんどうです。いっそ切ってしまいたいのに――」
「だめです!」
「やたらと魔王さんが拒否してくるせいでタイミングを逃し続けている……」
「ぼくはこの時間好きですからね」
「そういえば、魔王さんが髪を乾かしているのを見たことがない気がします」
「魔法で一瞬です」
「私もそれでお願いしたいです。切実に」
「いやですよう。この時間が減るじゃないですか」
「減るからいいんでしょうに。寝る時間が増える。睡眠優先です」
「ぼくの楽しみを奪うんですか⁉ うえーーん‼」
「こんなことで魔王への攻撃になってほしくない気持ちがあります」
「大ダメージです……。ぐすん」
「いつぞやの神様からのギフト、『一瞬で髪が乾く能力』にすればよかったと後悔しています。クオリティーオブライフを向上させるギフトが欲しい……」
「勇者業には必要ないですけどね」
「なにを言いますか。無駄な時間が削ぎ落とされた結果、別の物事に割く時間が増えるんですよ。走り込みや剣術の稽古、魔法の練習など実に有意義な人生になるでしょう」
「やったことあるんですか? そのラインナップ」
「やるわけないじゃないですか。めんどくさい」
「清々しくていいですね」
「丸坊主にして清々しくなりたいです」
「やめてください。ぼくの魔王としての力をすべて使って阻止しますよ」
「私と戦った時にも全力を出さなかったのに」
「全力を出したら勇者さんが死んじゃうじゃないですか」
「丸坊主阻止の時はいいんですか」
「調整しますから」
「髪を乾かすだけなのに、どうしてここまでくだらない話ができるんでしょうね」
「悟らないでください。まだ髪はありますよ」
「煩悩を消す鐘の音も聴こえる気がします」
「ヘアーオイルのプッシュ音ですよ。別物すぎるのでさすがに耳を疑ってくださいね」
「この世のすべてを疑えとおっしゃいましたか」
「耳を疑うような聞き間違いですね。もはや聞いてすらない気がしますが」
「なんだかいい香りがします」
「嗅覚は正常みたいですね。ヘアーオイルの香りですよ。髪を保湿し、ツヤを出してくれるものです」
「食べ物じゃないんですね……」
「あからさまに残念がらないでください。欲の塊ですね」
「食欲を捨てたら人間じゃありませんよ」
「勇者さんの食欲は鐘の音で消せるものじゃないですもんね。はい、おしまいです。もういいですよ」
「ありがとうございます。ただ座っていただけで髪がさらさらになりました」
「ぼくも満足です。いい夢が見られそうです。えへん」
「ちなみに、私が丸坊主になったら魔王さんはどうしますか?」
「泣くと思います」
「即答ですね。短くしたらどうしますか?」
「みじ……。勇者さんはショートもボブも似合うこと間違いなしですが、ぼくはいろんな意味でロングがいい……。ですが短い髪の勇者さんもいい……。うううう……!」
「あ、すみません。だいたい察したのでだいじょうぶです」
「そ、そうですか? あ、ドライヤーやオイルを片づけなくては……」
「……。魔王さん、魔王さん」
「なんですか? ちょっと待ってくださいね。ドライヤーをここに仕舞ってと――えっ」
「じゃーん、丸坊主勇者ですよ~――って、魔王さん?」
「ゆ、勇者さんの髪が……。きれいな黒髪が……。丸坊主に……。い、いやだぁぁぁ‼」
「えっと、だいじょうぶですか? これ、ただの被り物なんですけど」
「きゅう~~……」
「あ、気絶した。今なら倒せそうですね。ていうか、こんな攻撃でいいのか魔王さん」
お読みいただきありがとうございました。
勇者さんは被り物を旅行鞄に仕舞ったとかなんとか。
魔王「ハッ⁉ 勇者さんが丸坊主になる悪夢を見た気が……」
勇者「悪夢の基準がつまらないですね」
魔王「世界を滅ぼすかと思いました……」
勇者「一般的にはそっちの方が悪夢なんですけどね」




