650.会話 初夏の話
本日もこんばんは。
初夏という名前の罠。
「初夏ってすごく爽やかな感じがするのに、現実ときたら……」
「どうしてぼくを睨むのですか?」
「自然にキレてもどうしようもないので、手っ取り早く隣にいるあなたに」
「素晴らしいほどのとばっちりですね」
「名前を改めるべきです」
「『魔王』から『勇者さんびっぐらぶ魔王』に?」
「初夏の話をしているのです。誰も魔王さんの話などしません」
「暑さのせいで勇者さんの言葉の刺がいつも以上に鋭いです」
「初夏は夏の初めと書くのです。それなのになんですか、この気温」
「最近は暑い季節が長くなったような気がしますね」
「勇者が倒すべきもの、太陽」
「倒したら極寒の季節がきますよ」
「はあ~……、こうも暑いとなんのやる気も起きません。動きたくない。何もしたくない。食欲もあんまりない。テレビも読書もする気にならない。めんどくさーい……」
「勇者さんのやる気がないのはいつものことですよ」
「それ以上なんです。なんかこう、脳の中も暑さにやられているような」
「熱中症ですか?」
「いえ、そうではなく。だらだらぐでーって感じで」
「なんだかお疲れのようですね」
「暑いと疲れませんか?」
「夏はまだまだこれからですよ」
「そのセリフ、とてもおそろしいものに聞こえてきました」
「夏ならではの楽しいことをしようと言ったつもりでしたが」
「夏はまだまだこれから……。そう、どんどん暑くなる……」
「温度計を見ながら震えていらっしゃる」
「暑いはずなのに震えが止まりません」
「生命の危機を感じているのでしょうね」
「魔王さんは昨今の猛暑についてどう思いますか?」
「リポーター?」
「魔王としてやるべきことがあると思いませんか?」
「魔王として? 特に思い当たりませんが……」
「この暑さ、この太陽、この日差し、この気怠さ……。そう、破壊です」
「破壊神勇者さん爆誕しちゃう」
「一緒に初夏を壊そうではないですか」
「すみません、そういうのはちょっと」
「なんで断るんですか。『勇者さんの頼みなら』と言ってくださいよ」
「叶えたいのはやまやまですが、さすがに太陽破壊はだめです」
「太陽なんて言っていません。初夏を壊すんです」
「概念ですよ。どうするのですか?」
「いいですか。初夏のうしろに……書き書き」
「初夏(偽)ですか。いやあの、言いたいことはわかりますけど」
「あと、爽やかなイメージも剥ぎ取りましょう」
「涼やかな風、うつくしい緑の新芽、どこまでも続く青い空、白い雲」
「灼熱の太陽をどーん」
「ああっ、陽炎で全部ぼやけてしまいました!」
「体温より高い熱風、高温でしおれた草木、逃げ場のない空、突然の豪雨」
「一気におそろしくなりましたね」
「道端には熱中症で倒れた人間」
「なんてこと、はやく救護を」
「が無数に」
「集団熱中症ですか」
「暑さから逃げようと手を伸ばすも、見えたのは熱による幻覚」
「重度」
「初夏の罠にはまった人間たちは、夏本番を前に消えていくのでした」
「夏だ! 海だ! スイカ割りだ! とか言っている場合ではありませんね」
「おそろしい夏が始まる前の季節、略して初夏」
「そんな略称いやですよ」
「でも、最近の夏は攻撃力が高すぎると思いませんか」
「それはまあ。雑魚魔物が暑さで消滅している場面を何度も見ましたね」
「なるほど。人間は雑魚魔物と同レべと」
「ぼくは人間だけ助けました」
「魔物もびっくりでしょうね。魔王なのにそっち助けるんかいって」
「人間に合わせているせいか、ぼくも暑さにやられること多数」
「そこはがんばってくださいよ」
「人々から何度も冷たいお水をいただきました」
「私の知らない間に」
「ですがその水、教会から支援に来た聖女による聖水だったらしくて」
「魔王が聖水って平気なんでしたっけ?」
「猛暑と聖水のダブルアタックにさすがのぼくも痺れちゃいましたねぇ」
「しっかり効いているじゃないですか」
お読みいただきありがとうございました。
夏を許すな。
勇者「命の危機を感じる暑さ」
魔王「ぼくもへろへろです」
勇者「夏の暑さにやられる魔王って、イメージだいじょうぶですか」
魔王「もうイメージとかどうでもいいです」