645.物語 ④もういいかい
本日もこんばんは。
その人にとって大切なものがお宝とも言えるかもしれません。
魔王さんと合流した私たちは、これまでの経緯を説明しました。
「二階の床が抜け、勇者さんが落下した。その先は地下二階に繋がっており、魔の気配がしたので追うと、最奥部に魔物がいた。魔物を倒すと宝石箱が残り、中にはベニトアイトという宝石があった……と」
「簡潔な説明ね、魔王さん」
「ぼくの知らぬ間に大ピンチじゃないですか、勇者さん」
「うまく魔法が使えたと思います」
えっへん。あれ、なんだかうれしそうな顔じゃないですね。褒めるところですよ、ここ。
「勇者さん、きみが落ちた場所ってどこですか?」
「ええと、この道を戻って……」
私の説明を聞くと、彼女は「少し待っていてください」とその場を去りました。
「何をしに行ったのでしょう」
「…………」
「ユカリさん?」
「ん? あ、ごめんね。やっと終わったと思ったら、気が抜けちゃったみたい」
「ここを出るまでは気を抜かないでくださいね」
「最後はおばけの大群に襲われたりして」
「や、やめてくださいよ……」
とはいえ、最初の頃よりはずいぶん慣れた様子です。私ももう、いちいち音に驚いたりしませ――ひゃあぁ、今の何!
「ただいま戻りました」
「なんだ、魔王さんですか……。って、なんですか、それ」
魔王さんは胸の前で抱えられる大きさの箱を持っていました。
「気にしないでください」
「気になるのですが……」
「だいじょうぶです」
「え、なにが……」
「だいじょうぶですので」
「なんかこわい……」
謎の圧に負け、私は魔王さんが見つけたという出口に向かうことにしました。
「瓦礫をどかしたら、裏口を見つけたのです。尖った部分に気をつけて、外に出てください」
魔王さんの後に続き、私は外に出ました。や、やっと外だ……。
「ユカリさん、どうぞ」
「…………」
「ユカリさん?」
「勇者さん、ほんとうにありがとう」
「いえ、そこまでのことはしていませんよ。それにお礼なら外に出てからでも――」
「……先に行っていてくれる?」
人ひとりがギリギリ通れる程度の出口。まだ残る瓦礫が彼女の顔を隠し、表情が見えません。
「まだ探し物があるのですか? それなら、私も手伝いますよ」
「ううん、だいじょうぶ」
「じゃあ、なんで……」
「勇者さん」
霧が濃くなっていく。館と外を隔てるように、靄がかかっていく。
「宝石を両親に渡してほしいの。アオイがよくなりますようにって」
「あなたが渡せばいいじゃないですか。ずっと探していたのでしょう。アオイさんのために、怖がりなあなたが館の中をずっと……」
「お願い」
頑なな彼女の声に、私は何も言えなくなりました。どうして出てこないのですか? どうして自分で宝石を渡さないのですか? どうして、はやくアオイさんに会ってあげないのですか?
「…………わかりました」
そう答えるしかありませんでした。
「先に行っていますから、必ず来てくださいね」
ユカリさんは答えませんでした。
私が歩き出すと、魔王さんも隣にやってきました。霧が濃くなっていく。もうすぐ日が暮れる。魔なるものの世界がやってくる。
「勇者さん!」
背後で私を呼ぶ声がしました。
「私を見つけてくれてありがとう!」
それは、一階で出会った時のことですか。
「私を見つけられたの、君が初めて!」
かくれんぼが得意なユカリさん。咄嗟に振り返りましたが、濃霧によって彼女の姿はもう見えませんでした。けれど、声だけは。
「ほんとうにありがとう!」
心の底から感謝を叫ぶ彼女の声が。
「ありがとう!」
霧の向こうから届きました。返事をしようにも、もう館は見えません。危険が増すのを察し、魔王さんが「行きましょう」と歩き出します。
村に戻ってきた私たちは、帰りを待っていた村人たちに歓迎を受けました。
「勇者様、魔物は……」
懇願するように結果を訊く村人は、魔王さんの「倒しました」という言葉に歓声をあげました。小さな村が喜びに包まれ、魔王さんはあれよあれよと感謝を述べられています。
私はフードを被りながらユカリさんのご両親を探しました。
「……青と紫の髪の人」
ユカリさんによく似た女性を見つけ、近寄ります。
「あ、あの、すみません」
「はい、なんでしょうか」
みんながうれしそうにする中、女性は不安そうに立っていました。怪しげな私を見て、さらに警戒してしまったようです。
「私はあの、そこにいる白いひとの仲間なのですが」
「あぁ、勇者様の! どうしましたか?」
安堵し、耳を傾けてくれる女性。私は鞄から宝石箱と白いリボンを取り出し、そっと差し出しました。
「ユカリさんから、両親に渡してほしいと頼まれました」
「…………ユ、ユカリから?」
「はい。『幻の青』と呼ばれるベニトアイトは、妹のアオイさんの病気を治すことができると……」
思わず言葉を飲み込みました。女性が白いリボンを握りしめ、大粒の涙を流していたからです。
「あの……」
「そう、あの子がそんなことを……」
「は、はい。アオイさんがよくなりますように、と」
「そうね。そう、病気を治す宝石、まさかほんとうに……」
女性は泣き続けていました。私はなぜか、心がざわついているのを感じていました。
なんだろう。感動的な場面……のはずなのに。
どうして、この人の涙はうれしそうに見えないのだろう。
「ありがとう、確かに受け取ったわ」
「いえ……」
ずきりと痛んだ胸の理由がわからず、私は人々の波から逃れるように離れました。
お祭り騒ぎのように喜びが広がっていく。息をはき、喧騒を消し去るように遠くを眺めていると、
「魔王さん……?」
先ほどの女性と、隣にいる男性に、あの箱を渡す魔王さんが見えました。
ユカリさんのご両親でしょうか。
依然、涙を流す女性は箱を抱きしめ、男性は魔王さんに深く頭を下げていました。
箱には、白いリボンが置かれていました。
「…………」
私には、その意味がわかりません。けれど、見たくないと誰かが叫んだ気がして、その場から去りました。
村から出て、木々が生い茂る小さな隙間。私はミソラを抱きしめ、誰にも見つからないように隠れていました。
誰にも気づかれなければ、怖いことは何もない。こうして隠れていた方が、私は――。
「勇者さん、みーつけた」
「……よくわかりましたね」
白い髪を揺らめかせ、己の存在を主張しながら顔を覗かせる魔王さん。暗くなっていく世界で、彼女の瞳は青く輝いていました。
「私は見つけにくい色だとお墨付きをいただいたのですが」
「問題ありません。きみの色はぼくにとってみちしるべですから。だから、どこにいたって見つけてみせますよ」
「…………」
きれいな青い宝石、ベニトアイト。魔王さんの瞳を見ていると、ユカリさんのうれしそうな顔を思い出しました。
「魔王さん」
「はい?」
「宝石に病を治す力はあるのでしょうか」
その問いかけに、魔王さんは答えませんでした。ただ、優しい笑顔で私を見るだけ。
でも、それが。
「館を壊す許可は取ったのですか」
「はい。村長に伝えました」
「では、明日、青の館を壊して出立しましょう」
「はい。見つけるべきものは、ちゃんと見つけましたから」
私は立ち上がりました。
闇に溶けるような黒い髪がふわりと風に揺れます。まるで、かくれんぼの終わりを告げるように。
もうじゅうぶん。もうおしまい。もういいよ、と彼女が言う。
「私、かくれんぼの鬼はやったことがないのですよ」
だから、『みつけた』と言っていないのです。
日が沈む。夜に近づく空は、青と紫のきれいなグラデーションをしていました。
お読みいただきありがとうございました。
かくれんぼはおしまい。こどもは帰る時間です。
青の館での冒険譚、また読みに来てくださいませ。
勇者「この時間の空もきれいですね」
魔王「人々は家の中。茜色よりも見られることが少ない空です」
勇者「私たちは毎日のように見ています」
魔王「旅人は見るものが多いのですよ」