627.会話 お香の話
本日もこんばんは。
オンラインショップでお香を買う勇気が出ません。
「魔王さん、なにか魔法を使いましたか?」
「いいえ。あ、お香は焚きましたよ」
「なんですかそれ」
「芳香剤の一種です。いろんな香りがあり、リラックス効果があったりなかったり」
「どっちですか。……リュミエンセルを思い出して警戒してしまいました」
「説明する前に使ってしまってすみません。この香りは平気ですか?」
「木の香りでしょうか。だいじょうぶです。ほっとする気がします」
「よかったです。ペットがいる場合は、お香を焚くのはよくないので」
「誰がペットですか」
「違うんです。言葉の綾ってやつです」
「言い訳があるなら聞きますよ」
「勇者さんは敏感でしょう?」
「誤解を招きそうな言い方はやめてください」
「失礼しました。音とか匂いとか雰囲気とか、ちょっとしたことに反応しますよね」
「まあ……」
「ですので、リラックスしていただこうと思ってお香を買ったのですが、苦手な香りだった場合、リラックスできないのではと思った次第でして」
「本末転倒ということですね」
「身近なものならいいと思い、木の香りをチョイスしたのです」
「いいチョイスだと思いますよ」
「光栄です。恐悦至極です。感謝します。助かります。やったぜ!」
「キャラがブレるくらい喜ばなくても」
「勇者さんの好きなものを知った喜びですよ。超はっぴーです」
「よかったですね」
「はい、とっても」
「お香というのも初めて知りました。すてきなものがあるのですね」
「他にもいろんな種類があるのですよ」
「例えば?」
「桜や緑茶、白檀、金木犀、レモングラスとか」
「ふむふむ」
「ローズや蜜柑、スズランに魔女の壺」
「へえ……、ほんとうにいろんな種類が……、魔女の壺ってなんですか?」
「ドラゴンの髭、スライムの涙、魔族の羽、うさぎのしっぽ」
「なんかちょっと変なものが……、うさぎのしっぽ? うさぎのしっぽ?」
「宵闇の雫、黄昏の呼び声、暁の右手、星屑の欠片などなど」
「香りの想像が一ミリもできませんが、やたらオシャレな名前ですね」
「気になるものがあればご用意しますよ」
「えっと、うさぎのしっぽというものが……」
「それですか。売り切れで買えなかったんですよね」
「そうですか。残念です」
「ちなみに、お香は悪霊や邪気を祓うとされており、勇者さんにはぴったりなのですよ」
「へえ……。そういうもののトップである魔王さんはだいじょうぶなんですか?」
「全く問題ありません」
「効かないってことですか」
「雑魚には効きますよ。魔なるものの素材を使って作ったお香は特に」
「あ、もしかしてそれがさっきのドラゴンの髭とかいう?」
「はい。他にも、魔法を使う者が魔力をこめて作るお香も様々な効果があるらしいです」
「魔女の壺……ですか?」
「種類はもっとあるでしょうが、なにぶん一般的に流通するものでありませんからねぇ」
「ちょっとおもしろそうです」
「お店で売っているものはごく普通のお香ですよ。今度一緒に見に行きましょうか」
「魔王さんが祓われちゃう心配は……」
「まーったく問題ありませんよっ。というか勇者さん、ぼくの心配を……⁉」
「いえ、突然の魔王来店にお香が本気を出してしまわないかと」
「ぼくの心配は」
「していません」
「ですよね。なんとも思っていないお顔ですもん」
「本気を出したお香の煙で火災報知器が鳴り出したら困ります」
「決死の思いで燃えているじゃないですか」
「一致団結して魔王さんを祓おうとするでしょうね」
「いつかの勇者パーティーみたいでうれしいです」
「絵に描いたような勇者パーティーですね」
「今でも思い出します。全員が松明を持ち、魔王城に放火したのです」
「魔王城に放火」
「煙たくて勇者さんのお顔もわかりませんでした」
「もはやお香でもなんでもないですね」
「それが、燃やしていた松明がお香の元にもなる香木でして」
「じゃあ、ファイヤーしつつもちょっといい香りが?」
「いえ、燃えすぎて煙たいだけで何も」
「つまり、やっぱりただの放火ですね」
お読みいただきありがとうございました。
オススメのお香があったら教えてください。
勇者「誰が消火したんですか?」
魔王「逃げ場を失った勇者パーティーの方々とぼくが協力して」
勇者「なにやってんだ勇者パーティー」
魔王「すてきな思い出ですよ」