623.会話 アラームの音がおかしい話
本日もこんばんは。
好きな音楽をアラームにすると嫌いになるので危険です。
「私は、今日の朝、自分の耳を疑いました」
「そんな。ご自分のことを信じてあげてください」
「だいじょうぶです。信じられないのは魔王さんですから」
「そんな。ぼくは何もしていませんよ?」
「では、最近の行動を振り返ってみてください」
「おいしくて健康によい食事を考えたり、勇者さんに似合うアクセサリーを想像したり、次に行く場所を地図で確認したり、勇者さんの声をアラーム音に設定したくらいです」
「そうですか。最後のはなんだ」
「撮りたてボイスですよ!」
「うれしそうに言わないでください。一体どういうことです?」
「勇者さんの声を録音したので、ぼくのアラーム音にセットしたんですよ」
「ご説明ありがとうございます。やめろ」
「えっ、なぜです?」
「というか、私の許可も取らずにそんなことを」
「ちゃんと取りましたよ」
「嘘はいけません」
「ほんとですよう。ほら、ボイスレコーダーにも録音されています。よく聞いていてくださいね。『勇者さん、きみの声をアラーム音に使ってもいいですか?』の後に、『……んん~、うん……、うむ……』と了承の言葉がばっちりと」
「どこをどう聞いたら了承になるんですか?」
「えっ、だ、だめでしたかね?」
「ていうか、こんなことを言った覚えがない……」
「難しい顔で本を読んでいらっしゃいましたよ」
「本……? 最近読んだものだと、コデックス・セラフィニアヌスでしょうか」
「なんて?」
「古本屋さんで見つけたんです」
「あ、そうなんですね。すみません、もう一度訊きますが、なんて?」
「不思議でおかしな内容ですが、魔王さんのアラーム音には及びません」
「じゅうぶん及びますよ」
「そもそも、私の声を使わなくても、実物の私が起こしているでしょう」
「アラーム音にした時の音質もいいんですよ」
「物好きですね」
「奇書を読む勇者さんに言われたくありません」
「内容が不可解だからって、簡単に奇書と言ってはいけませんよ」
「それはそうですけど……」
「それに、私は奇書に慣れているのです」
「普段から怪しげなB級映画を観ていますもんね」
「違いますよ。魔王さんの日記のことです」
「ぼくの日記がどうかしましたか?」
「いつか、世界三大奇書と呼ばれる日がくるでしょう」
「し、失礼ですね。勇者さんとの日常を綴っただけなのに!」
「誰にも解読できない」
「ごく普通の文字を使っています!」
「魔王さんの行動が」
「ぼくの愛情たっぷりな行動と想いが理解できないとおっしゃいますか」
「勇者の声をアラーム音に設定? 妙だな……と言われてしまいます」
「遠い先の時代にも名探偵がいるのですね」
「魔王の残した手記のおかしさに、あのヴォイニッチ手稿も腰を抜かしたとか」
「また未解読の書物が」
「しっかり椅子に座らないからです」
「そういう意味ではないかと」
「あらゆる人々が魔王さんの日記を解読しようと試みるでしょう」
「それはちょっと恥ずかしいですね」
「全員匙を投げるでしょう」
「難しいことは書いていませんってばぁ」
「盗撮の部分には『盗撮だ』と声が上がり」
「事実っちゃ事実ですね」
「通報ぎりぎりの行動には『通報するか否か』という議論があり」
「もっと研究すべきことがあるでしょうに」
「アラーム音事件には『お手上げだ!』と大の字になるでしょう」
「なんでそこだけ思考を放棄しちゃうのですか?」
「それくらい、アラーム音事件は世界に衝撃を与えたのですよ」
「勇者さんがびっくりしたことはわかりました」
「さすがに冗談だと思ったんですけどね」
「すてきなお声をゲットできたので、つい」
「欲望に忠実なのはいいですが、このアラームは初期化しますからね」
「そんな」
「後世の学者たちを守るためです」
「ぼくのはっぴーらいふを守ってくださいよう」
「嫌ですよ。……私の寝言が未来に残るなんて」
お読みいただきありがとうございました。
今回のSSに出てきた奇書は実在するので、気になった方は調べてみてください。
魔王「世の中にはいろんな古い物が残っているじゃないですか」
勇者「その中に私の寝言を入れたくないです」
魔王「世界中の人が幸せになりますよ?」
勇者「主語が大きすぎる」