621.会話 タイルの話
本日もこんばんは。
タイルといえば、そう、某有名探偵マンガですね。
「魔王さん、今日のお宿のお風呂はタイル張りだったのですが、事件です」
「何事ですか」
「菱形のタイルが一枚、床に落ちていたのです」
「ケガをしたら大変です。宿の人にお伝えしましょう」
「そう思い、私もタイルを手に取ったのですが、あることに気がつきました」
「なんですか?」
「色の違うタイルのはずなのに色が同じだったのです。私は思いました。妙だな……と」
「名探偵勇者さん再び」
「それと、テンションが上がりました」
「事件に遭遇してうれしくなるのは珍しいタイプですね」
「以前、本で読んだクレイジーダイヤモンド錯視だと気づいたのです」
「おや、難しいものをご存知ですね。同じ色なのに濃淡に差があるように見える目の錯覚のことですが、それを使って勇者さんにいたずらすることもできなくなりました」
「どうやっていたずらするんですか」
「すごいでしょ~って言いたいだけです」
「私がすご~いと言うとでも?」
「可能性は捨てません。いつだってぼくの胸には希望と期待があろっとおぶ……」
「詰め込めるスペースがないようですが」
「物理的な話じゃないんですよ。冷ややかな目で見ないでください!」
「このタイルで引き裂いたら本性が出てきそうですね」
「ぼくの本性は人間への愛がたっぷり――って、なんで持ってるんですか」
「ですから、宿の人に渡そうと思って」
「手を切ったら危険です。ぼくにくださいな」
「はい」
「外科医にメスを持たせる時の渡し方しないでください」
「一度やってみたかったんです」
「たしかにかっこいいですけど」
「渡すふりをして息の根を止めるんです」
「患者もさぞかし驚くでしょうね。手術室でなにしているんだと」
「始まる命の戦い。生き残るのはどっちだ」
「負けたらほんとうに命の危機ですもんね」
「外科医VSナースVS掃除したての床」
「誰ですか、洗剤をぶちまけたのは」
「それもひとつの作戦です」
「どうせ洗うからとバケツをひっくり返すのはやめてくださいね」
「床に気を取られている間に、武器になるものはすべて窓から放り投げます」
「手術室に窓なんてありましたっけ?」
「万策尽きたと思われたその時、壁から声がするのです」
「幻聴まで。はやく手術しないと」
「『我を使うといい。この深い緑色の我を――』と」
「まさかの一人称『我』なんですね」
「咄嗟に壁を見ると、そこには深緑色のタイル。これだと掴んで戦いに臨むが……」
「臨むが?」
「また壁から声がするのです」
「戦い方の伝授でしょうか」
「『えっ、あっ、それ我じゃない。もっと上の……あの……、ここなんだけど……』」
「間違えたんかい」
「そこで高らかに笑い声をあげるナース。彼女は壁を指さし、『これが錯視よ! すべてのタイルが同じ色だとも気づかずに取りやすいものを選ぶとは笑止千万!』」
「そもそも、なんでこの人たちは戦っているのでしょうね」
「まんまと罠にはまった外科医は悔しそうに掃除したての床に崩れ落ちるのでした」
「勝者はナースということですか」
「画面はフェードアウトし、ナレーションとして患者がクレイジーダイヤモンド錯視の説明をしながら絶命していくハートフル医療系物語です」
「なんとなく韻踏みました?」
「なんの話ですか、これ」
「勇者さんが正気に戻ったらだめですよ」
「おのれ、クレイジーダイヤモンドとかいう名前のせいで私までクレイジーに……」
「タイルのせいにしないでください。きみはいつもでしょう」
「失礼ですね。そうですよ」
「自信満々に言わないでください」
「たまには自信を持つことも大事だと思いまして」
「そうですけど、今じゃないです」
「せっかくやる気になったのですが」
「他のことに使ってくださいな。ぼくはタイルを渡してきますので」
「ちゃんと伝えてくださいね。タイルが剥がれた壁に文字があったって」
「もちろんです。……今なんて?」
「言いませんでしたっけ。壁に赤い文字で『たすけて』と書いてあったと」
「な、なんですかそれ。ただ事ではありませんよ」
「だから最初に言ったじゃないですか。『事件です』って」
お読みいただきありがとうございました。
クレイジーダイヤモンド錯視、みなさまはどこで知りましたか?
魔王「ただのいたずらならよいのですが」
勇者「悪ふざけにしては、かなり不気味ですね」
魔王「そういえば勇者さん、お風呂場に行ったのに入らず出てきたのですね」
勇者「そりゃ……、だって……、ねぇ……?」