620.短編 続・かぐやさんのスランプ
本日もこんばんは。
名前だけは度々出てくるのですが、ひさしぶりにご本人が登場します。
コツン。窓に何かが当たる音がしました。危険がないか確かめ、近寄ると、
「手紙……?」
見慣れた封筒に、見慣れた文字。
「かぐやさんですね」
でも、いつもと違うことがありました。同封されている小説がありません。今回は手紙だけのようです。宛名は私ですし、開けてしまいましょう。
《前略》
おや、挨拶を省略するなんて珍しいですね。
《スランプですわ!》
あ、嫌な予感。
《勇者様、わたくしかぐや、スランプ真っ只中でございます!》
またですか。
《ですが、今回の手紙のメインはそれではございません》
あれ、違うんですか。
《勇者様、以前わたくしが取材をした時に書いた本を覚えているでしょうか?》
勇者を題材にした小説を書きたいと、月からやってきた時の話ですね。もちろん、覚えています。私はかぐやさんに字を教えてもらい、読み書きができるようになったのです。
取材の結果、彼女が書いたのが『勇者っぽくない勇者様が紡ぐかつてない勇者の物語』です。テキトーなタイトルですが、楽しく読めましたよ。
《わたくしのファンの間では『ぽくない勇者様』と呼ばれているそうですわ》
そういうのって、大体四文字になるのでは?
《こちらの作品なんですけれど、ありがたいことに大層売れておりまして》
いいことですね。
《続編を期待するお声もたくさん頂戴しておりますわぁ》
かぐやさんが人気者で私もうれしいですよ。
《それはそれはたくさん頂戴しております》
そうですか。
《それはそれはそれはそれはそれはたくさん頂戴しておりまして》
どんだけ多いんだ。
《中には、『ぽくない勇者様』の続編を生きる糧にしていらっしゃる方もおりまして》
どこの世界にもいるんですね、過激派って。
《わたくしとしても、続きを書きたいのはやまやまなんですけれど》
何か問題が――あ、さっきのスランプ?
《『勇者っぽくない勇者様が紡ぐかつてない勇者の物語』は勇者様を実際に見て聞いて触れて感じてああしてこうして書く特別な作品なのですわ!》
ふむ?
《つまり、勇者様なくして存在しえない小説といえましょう。もう、おわかりだと思いますわ》
わかりたくないと本能が言っております。
「勇者様、助けてくださいまし~~~~!」
「ひぇっ」
突然、背後から聴こえた声。慌てて振り向くと、そこには。
「お久しゅうございます、勇者様。息災でいらっしゃいますかしらぁ?」
「か、かぐやさん……。って、なんですかそれ」
「これはパソコンです」
魔王さんが説明してくれました。ぱそ……ん?
「文明ぱぅわぁーですよ」
「なるほど。とりあえず、世界観に謝ってください」
「すみません。もうなんでもいいかなって」
「開き直りましたね」
けろっとした顔の魔王さんを通り過ぎ、私はぱそ……の前に座りました。四角い物体の中に、かぐやさんの顔が映し出されています。
「お手紙が届いたようでよかったですわぁ」
「どちらかでよかったような気もしますが」
「紙に書かれた文字の味わいも、顔を見ながら声を聞くことの幸せも、どちらも捨てがたいと思いまして」
かぐやさんは優しそうに微笑みました。私の顔を見て、とてもうれしいと言っているような笑顔でした。なんだか、少し恥ずかしいですね。
「そちらにも書きましたように、『勇者っぽくない勇者様が紡ぐかつてない勇者の物語』にはたくさんのファンがいらっしゃいます。発売してしばらく経ちますが、毎日感想と続編を望む声が届くのですよ」
「すごいですね」
語彙力のない感想ですみません。
「他の作品は書けるのですが、こればかりは勇者様のお力なくして書くわけにいかないのです」
かぐやさんは真剣でした。
「わたくしも『ぽくない勇者様』の続きを書きたい気持ちは強くあります。ですが、勝手に書くのはご法度……。心苦しいのでございます」
かぐやさんはきれいな顔を歪ませました。
「それゆえでしょうか。日頃の仕事の際も思考がどこかに飛んでいるようで、力が入らないと感じることがございますわ」
頬に手を当て、苦悩を表現しているようです。
仕事ができていないのでしょうか。心配です。
「苦しみながら、他シリーズの執筆にあたったり、わたくしが主催者の小説コンテストの開催に向けて動いたりしておりますわぁ」
そこそこちゃんと仕事をしているようで安心しました。
「勇者様もご参加可能でございますよ。いかがですかぁ?」
「あ、いえ、だいじょうぶです」
私が小説を書くなんて無理ですよ。
「こほん、お話が逸れてしまいましたね。本日、お手紙及びリモートでお話させていただいた理由をお伝えしますわぁ」
りも……なに?
「勇者様、近いうちにまた取材をさせてくださいませ!」
ずいっと寄ってきたかぐやさん。
「あいたっ!」
ぱそ……にぶつかったのでしょうか。ゴンっと嫌な音がして、画面から消えました。
「なにやってるんですかね、あのひとは」
今回、魔王さんは会話に入る気がないようです。本を読みながら私たちの様子を窺っていました。
「というか、部屋……」
ちらりと画面を見た魔王さんは、ため息をついて笑いました。
彼女の姿がなくなった画面には、しわくちゃの服が積まれたかごや、散乱しまくった資料や書物、開けっぱなしのお菓子の袋、複数のコップが映っていました。
「かぐやさんって、誰かと住んでいるんですか?」
「洗うのがめんどうで、ひとり暮らしなのにコップが複数出現するだけですよ」
「そういうものですか」
「そういうものです」
いまいち、わかりませんでした。
「魔王さんが片づけに行ってあげるというのはどうでしょう」
「それは構いませんが、行けるのはしばらく後ですね」
「何か用事でも?」
「用事というか」
魔王さんは私を見つめ、ふふっと笑みを浮かべました。
「きみと過ごすのにいそがしいので」
「……そういうものですか」
「そういうものです」
わかりたくなくて、私は彼女から顔を背けました。
「あらあらうふふ~」
かぐやさんが満面の笑みでこちらを見ていました。
「すてきですわぁ~」
「なにがですか?」
「すべてですわぁ。おふたりの何もかもが、数百万年に一度の彗星よりも奇跡なのですよ」
それは、私が見たいと言った、果てしない時間の中で光るものでした。
「そういうわけでして、いかがでしょうか?」
再度の取材交渉。ちらりと魔王さんを見ますが、『勇者さんのお好きなように』と言いたげな表情で黙っています。
前回の取材時、いろいろなことがありました。あの時のように危険なことがあっては困りますが……。
「わたくしを助けると思って」
にこにこなかぐやさん。
「ほんとうに助かるのです」
笑顔が真剣。
「助けて!」
笑顔が消えたんですけど。
「かぐやさん、勇者さんに無理強いはいけませんよ」
「わ、わかっておりますわぁ……」
「……少しなら構いませんよ」
「ほんとですか⁉ ほんとうにいいと――あいたっ!」
また画面におでこをぶつけましたね。
「いつも新刊を送ってくださるのに、お金を受け取ってくれませんから」
「あれは単純にプレゼントですものぉ。勇者様、ほんとうによろしいのですね?」
私は頷きました。
「はい。安全に取材してください」
「お任せくださいませ!」
頬を赤く染め、息をするようにペンとメモ帳を手に取った意気軒昂なかぐやさん。な、何をメモするんですか?
「おっと、先走りましたわぁ」
メモを仕舞いました。ふと、手招きして私を画面に近寄るよう合図しました。口元に手を当て、ささやく彼女。
「それに、勇者様の『理由』のその後についてもお訊きしたいところですし」
「……!」
ささっと画面から離れるかぐやさん。
「それでは、また近いうちに~」
「ちょっ、ちょっと待ってくだ――」
引き留める前に、彼女の姿は画面から消えてしまいました。暗くなったそこには、水を求める魚のように口をぱくぱくさせる私が映っています。
……あ、あの点についての取材は許可していません。それに、不特定多数が読む小説に書かれたくはありませんよ、かぐやさん! か、かくなる上は……。
「勇者さん、どうしました?」
「……魔王さん、次にかぐやさんが来た時にお願いがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「確実に捕まえてください」
「お、お顔がこわいのですが……」
「絶対に捕まえてください!」
「わ、わかりました!」
私の勢いに押され、魔王さんは何度も頷きました。
部屋でやることがあると言い残し、別室にこもった私。テキトーな紙を引っ張り出し、かぐやさんに提供できそうな旅の話を書き出そうという魂胆です。でも。
「……くだらない話しか出てこない」
まともに勇者をやってこなかった弊害がこんなところで。いえ、待ってください。勇者っぽいことをやったりやらなかったりの日々です。頭の中の引き出しを片っ端から開ければ、いくつかは出てくるはずです。
「……くだらない話しか出てこないっ」
私たちの旅って一体。いえ、落ち着いてください。かぐやさんと出会った時から、私は多少経験というものが増えています。ゆっくり深呼吸すれば、すてきな物語が出てくるはず……なのですが……やっぱり。
「……くだらない話しか出てこないーーーーー‼」
お読みいただきありがとうございました。
思い当たる熱烈なファンが一人いますね。
魔王「勇者さん、お困りごとならぼくも手伝いますよ」
勇者「では、私の勇者っぽいエピソードを挙げてください」
魔王「えっ、それはなかなか、うーん、むむむ、ふーむ、ええっと、んんん~?」
勇者「出ないんですね」