605.会話 命拾いの話
本日もこんばんは。
『命拾い』という言葉を聞くたびにゴミ袋とトングを持った姿を想像します。絶対違うんですけど。
「勇者さん、ぼくの心臓知りませんか?」
「その辺にないですか?」
「ないんですよう」
「じゃあ、わかりません。大事なものはちゃんと仕舞っておかないとだめですよ」
「別に大事ではありません」
「そうですか」
「…………」
「…………」
「あの、勇者さん」
「なんですか」
「探すの、手伝ってほしいな~、なんて……」
「…………」
「…………」
「嫌です」
「普通に断られた」
「魔王さんの心臓なんて興味ありません」
「勇者としては興味を持ってほしいのですが」
「見たってわかりませんし」
「だいじょうぶですよ。『勇者さんびっぐらぶ』と書いてありますから」
「本気?」
「文字を刻んでいる時に、雑魚魔物に持って行かれちゃって」
「冗談なら冗談と言ってください。はやめに」
「きれいにできたんですけどねぇ」
「こわいよう」
「まあ、なければないでいいんです」
「いいんですか」
「また創りますから」
「たまに出てくる圧倒的人外感」
「そもそも、中身まで丁寧に作っている魔族の方が少数です」
「実は知らない魔族の裏事情みたいな小話が」
「精巧に創る技術があるのは級が高いものだけですから」
「そもそも、魔族が中身まで人間に寄せる意味もないですもんね」
「騙すことが目的なら外側だけでじゅうぶんです」
「魔王さんの異質さが目立ちますね」
「そりゃもう、ぼくは人間のすべてを愛していますから」
「すべてねぇ」
「いわば、これは推しの姿を投影していることと同義。そう、コスプレです」
「絶対違うと思うので謝ってください」
「ごめんなさい」
「そんなことを言っていると、心臓探しを手伝ってあげませんよ」
「もう言わないので探してほしいです」
「とは言ったって、心臓なんて道に落ちているものでもありませんし――おや?」
「何か落ちた音がしましたね」
「飛ぶタイプの魔物が向こうの方に見えます」
「あー! あれです、あれ。ぼくの心臓を持って行ったの」
「じゃあ、さっき落ちたのって」
「ぼくの心臓です。見つけました、勇者さん」
「あ、よかったですね。見せなくていいですよ」
「誰かに拾われなくて安心しました」
「ただの事件ですからね」
「人間の心臓そっくりなので、きっとびっくりしちゃうことでしょう」
「心臓が飛び出ると思いますよ」
「その時は、ぼくが拾ってお返ししますよ」
「相手さんはすでに空の上だと思いますけど」
「ぼくは飛べるので心配いりません。雲の上までお届けいたします」
「強めの人外モーブ」
「さてさて、この心臓を仕舞って……、よし」
「冗談ならばどれほどよかったでしょう」
「何か問題でも?」
「魔王としては正解ですが、なんというか、うーん」
「あまり腑に落ちていない様子ですね」
「腑に落ちるわけないんですけどね」
「『勇者さんびっぐらぶ』ではなく『勇者さんふぉーえばーらぶ』がよかったですか?」
「そうじゃないオブザそうじゃない」
「なんだか元気がないですね。ぼくの心臓でも見ます?」
「絶対にお断りします」
「勇者さんをびっくりさせようと思って作ったんです」
「もうびっくりしていますよ。ドン引きです」
「ぼくの愛情がいっぱい入った心臓型パン」
「今回ばかりはこのオチに安堵しています」
お読みいただきありがとうございました。
全年齢の味方なので臓器なんて出てきませんとも。
魔王「心臓型パンの中にはいちごジャムが入っています」
勇者「普通においしそう……。ところで、さっきの心臓に字が刻まれている話は冗談ですよね?」
魔王「えっ? うふふ。…………」
勇者「黙るな」