604.会話 猫舌の話
本日もこんばんは。
熱いものは火傷しながら食べるのがおいしいのですよ。
「勇者さん、温かいお茶を淹れましたよ」
「ありがとうございます。いただきます」
「まだ熱いですので、気をつけてお飲みくださいね」
「はい」
「ぼくもいただきまーす。……あちぃですぅ‼」
「だいじょうぶですか? 自分で熱いから気をつけろと言いましたよね」
「そうあちちですけどあち熱いうちに飲みあつったい気持ちもありあっつう」
「そこまで頑張らなくても。ていうか、飲める程度の熱さだと思いますけど」
「ぼく、猫舌なんですよ」
「そうなんですね」
「ぼく、猫舌なんです」
「はい、聞こえていますよ」
「つまり、ぼくは猫ちゃんなのです」
「聞こえましたが聞こえなかったことにさせてください」
「なでなでしてもいいですよ?」
「お茶の湯気で何も見えません」
「顎の下を撫でるとごろごろいいます」
「顎の下をグーパンしろ、ですか?」
「もう少し聴力に仕事をしてもらってください」
「魔王さんったら、殴ってほしいならそう言えばいいのに」
「わあ、暴力反対」
「めんどうなのでご自分でどうぞ」
「怠惰が極まっていますね」
「せっかくお茶を淹れてもらったのに、なんで殴らなきゃいけないのですか」
「殴る選択は勇者さんの聴力の問題です」
「あ、間違えました。なんで撫でなきゃいけないのですか」
「それは、ぼくが猫ちゃんだからです!」
「猫舌って熱いものが苦手なんですよね」
「見事なスルー。はい、そのような解釈で構いませんよ」
「では、口の中に熱した鉄を入れたらいいのです」
「わあ、危険思考」
「あまりの熱さに口内が火傷し、猫舌ごと消滅させてくれるでしょう」
「本末転倒RTA?」
「これで熱々のお茶もお鍋も松明もへっちゃらですね」
「食べ物じゃないものが紛れ込んでいましたね」
「ていうか、魔王さんは魔王なんですから、猫舌くらいどうにかできるでしょう」
「やだなぁ、勇者さんったら」
「この後にめちゃくちゃどうでもいいことを言う前触れを感じます」
「透き通るような白い肌に白い髪、宝石のような青い瞳の美少女が熱い食べ物にびくりと肩を震わせる。『あちち……ですね』と恥ずかしそうに微笑む顔に、相手はどきりと脈打つ心臓に手を当てるのだった――。つまり、こういうことですよ、勇者さん」
「すごくどうでもいい」
「冷たいお顔」
「お茶が冷めた気がします」
「それはきみの冷え切った感情によるものかと」
「魔王さんがおかしなことを言うからです」
「ぼくはいつも同じことを言っていますよ?」
「そうだった。いつも変だった」
「勇者さんも気にせずどきりと脈打つ心臓に手を当てていいですからね」
「今もどきどきしていますよ」
「ほ、ほんとですか⁉」
「魔王さんがいつ年齢制限的にアウトな発言をするかどうかって」
「し、しませんよ。ぼくは全年齢の味方なんですから」
「不安と不安と不安と不安がいっぱいです」
「そんなに不安にならなくても」
「そこに突如として現れた期待の新人、怒り」
「怒ってるんですか、勇者さん」
「たまには真面目な話もしないと怒られますよ」
「誰にですか?」
「なんかあれ、その辺にいる人とか、立ち寄った店の店員とか、道端の草とか」
「いつももう一息なんですよね」
「まああれ、そんな感じで、はい」
「短い会話の終わりまで続かない勇者さんの集中力の哀れなことよ」
「温かいお茶を飲んでいると気が緩んでしまって」
「わかります。ほっとしますよね」
「頭がほわほわするので、何も考えたくないのです」
「わかります~。ゆっくりとした時間が最高ですよねぇ」
「そうですね。でも、その前に魔王さん」
「なんですか?」
「そういうことは、せめてお茶を飲んでから言ってください」
お読みいただきありがとうございました。
火傷すると痛いのでちゃんと冷ましてから食べてくださいね。
魔王「お茶を飲まずとも、気持ちはほっとしているのです」
勇者「それなら、お茶はいらないじゃないですか」
魔王「飲みたい気持ちもあるのですよ。猫舌なだけで――あっつ!」
勇者「かわいそう」