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600.物語 ③されど色はうつくしく

本日もこんばんは。

最後までお楽しみください。

 メイディさんは「それから」と続けます。

「わたしは気まぐれでここにいただけだよ。心底わたしを信用している人間たちが危なっかしくて、たまに村を守ったりもしたけれど」

「そうですか」

「まあ、それも今日でおしまい。話もこれでおしまい。満足したかい、勇者」

「はい。ありがとうございました」

「それじゃ、わたしは行くよ。最後にもう一度訊くけど、ほんとうに倒さなくていいのかい?」

 私は頷きました。話を聞いて、改めて思ったのです。

「はい。あなたを倒す理由はありません」

「この先で人間を殺すかもしれないよ?」

 たしかに、決してないとは言い切れないでしょう。でも。

「メイディさん」

「なんだい?」

「楽しかったですか?」

「なにが?」

「カランさんと出会って、今日まで、あなたは楽しい日々を過ごせましたか?」

「…………」

 彼女は考えているようでした。ふと、花を一輪拾い上げます。

「カランとの日々も、全部気まぐれだった。でも、そうだね。きれいにできた花冠を、石ではなくあの子の頭に乗せてあげたかったと思うよ。もう叶わないことだけれど、それを願うわたしの存在は、あの子がなくてはありえなかったことだ。ねえ、勇者」

「はい」

「わたしが今、抱えている感情はなんと呼ぶのだろう? あいにく、気まぐれに生きすぎて、人間のことなどちっともわからないものだから、名前がわからないんだ」

 彼女は、花を抱きしめるように目を閉じていました。

「咲いてほしくなかった。咲けば、すぐに枯れてしまうから。でも、咲かないときれいな花は見られない。どうすればよかったんだろうね」

「…………」

 私には答えられませんでした。なぜなら、私は咲く側。枯れるのを見るのは、私ではなく。

「忘れなければいいのです」

 今まで黙っていた魔王さんがふいに口を開きました。

「ぼくたちは長い時を生きていく。咲いた花はなかったことにはなりません。ならば、なくしたくないと思ったことを記憶し続ければいいのです。そうすれば、きみが見届けた花は決して枯れることはないでしょう」

「そうかな」

「ぼくはそう思っていますよ」

「そう。魔王様も赤い薔薇を見届けるんだね」

 メイディさんは私を見つめ、小さく頷きました。

「きれいな花だ」

 そして、カランさんのお墓に触れ、微笑みました。仮面のように貼り付けた笑みではありません。優しい、優しい笑みでした。

「そうだ。言い忘れてた」

 ふいに、彼女はつぶやきました。

「最後の心残りをなくさないとね」

「何をするのですか?」

 私の問いに、彼女は「難しいことじゃないよ」と髪を揺らしました。お墓に向き直り、集めた花びらを降り注ぎます。

「結婚おめでとう、カラン。遅くなってごめんね」

 そう言うと、彼女は身体の向きを変えました。

「さて、そろそろ行くよ」

「行くあてはあるのですか?」魔王さんの問い。

「ないよ。これまでも、これからも、気まぐれの旅さ」

 白い服をなびかせ、メイディさんは「でも」と姿勢を正します。どこかさっぱりとした、晴れやかな様子でした。

「もし花と出会ったら、気まぐれに助けてあげるくらいはしてみるよ」

 魔王さんはやっと微笑みました。

 私も立ち上がり、彼女を見送ります。

「さようなら、メイディさん」

「勇者も、魔王様も、よい旅をね」

 彼女は去り際、私を見てこう言いました。

「きれいな色で咲くんだよ」


 〇


 彼女の姿が見えなくなった頃、私たちは村へと歩いていました。そこに『依頼者』がいるのです。いえ、正確には『いた』。

「メイディさんが村人たちに『お礼も言わずにこの地を離れるなんて薄情者だ』と言わなくてよかったです」

「彼女は墓守をしていただけですからね。村を守ることもあったそうですが、感謝されるためにやっていたわけではないでしょう。あの魔力があれば、離れたところにいようと魔なるものが寄って来ることも少なかったでしょうし」

 花畑からしばらく、村にやってきた私たちは、人気のない道を進んでいきます。誰かがいる気配はなく、家々は廃墟になってから長らく経っているようでした。道も荒れ果て、かつての平和な村の面影はありません。

 私たちは、とある家の前にやってきました。言葉を交わすことなく中に入ります。迷うことなく訪れた部屋には、白骨化した遺体が横たわるベッドがひとつ。

「ご依頼、完了しました」

 応えはありません。私と魔王さんは遺体に頭を下げ、家を出ました。埋葬することはしませんでした。『彼』の願いを聞いてのことです。

 時は遡り、私は、強い魔力を感じてこの村にやってきました。魔族によって滅ぼされたのかと思いましたが、すぐに違うとわかりました。

 理由は、『彼』がいた家に残されていた歴史書です。そこには、村が作れた経緯や、整備されていった記録、そして、村を守る魔族について書かれていました。

 時が経ち、村を出ていく人が増え、次第に村の終わりが近づいていったそうです。どうやら、あまり住み良い土地ではなかったのだとか。新たな地を求め、人々は旅に出て行きました。最後に残ったのは『彼』の家族。魔族とともに生きた『カラン』の子孫でした。

 高齢になり、歩くことが難しくなった『彼』は、自分のこどもたちに村を出るよう指示しました。それが生きることに繋がると思ったからです。当然、こどもたちは『彼』とともに行こうとしましたが、『彼』は断りました。今も、魔族が墓を守っていることを知っていたからです。

 村が平和に栄えてきたことも、自分たちが魔なるものに怯えることなく生きられることも、すべてはあの魔族のおかげだと知っていた『彼』。長い時の中で、魔族の存在が薄れてきたことを悲しんでいた『彼』は、最期に感謝し、魔族を自由にしようと考えました。

 しかし、病に侵されていた『彼』の願いは叶いませんでした。それでも、最後の力を振り絞り、手記をしたためました。

 それが、勇者への依頼だったのです。

 奇跡を信じ、どこかにいるであろう勇者にあてられた『彼』からの依頼。記された花の名を記憶に留め、ブーケとして持って行きました。今回の一件の結末が、真に願ったものかはわかりません。何が正しいかなど、私にはわからないのです。

 それでも、気まぐれによってもたらされた平和があったこと。

 救われた人がいること。

 花のうつくしさを知ることができたこと。

 それは、紛れもない事実なのです。

「行きましょう、勇者さん」

「はい、魔王さん」

 誰もいない村を抜け、次の場所へ。ふと、風に乗って黄色い花びらが空を舞っていきました。

 私は、彼女のお墓に添えられた花を思い出しました。あの花も、いつかは枯れます。でも、うつくしさは彼女の記憶の中に残り続けるのでしょう。

『望まぬ宵の花は咲き』お読みいただきありがとうございました。

楽しんでいただけたらうれしいです。

たまには地に咲く花を見るのもいいかもしれません。


勇者「魔王さんもあっさり見逃しましたね」

魔王「勇者さんのことを赤い薔薇と言ったので、後方で腕組みをしてしまいました」

勇者「なんで雰囲気を壊す発言をするのですか?」

魔王「今回ほぼしゃべらなかったので、爪痕を残そうかと」



もうひとつ、このお話で600話を迎えることができました。

みなさま、いつもお読みいただきありがとうございます。今後もぜひお付き合いくださいませ。

感想や評価もお待ちしております!

では、また次回お会いしましょう。

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