583.会話 図鑑の話
本日もこんばんは。
勇者さんがまた本を持って来たようです。いつものやつの予感。
「魔王さん、おもしろそうな本を見つけましたよ」
「よかったですね。どんな本ですか?」
「『みんなのまものずかん』と書いてあります」
「捨てましょう」
「せめて、内容を見てからにしましょうよ」
「……どれどれ、『まものはみんなのそばにいるよ。なかよくしようね』。燃やす」
「もう一ページくらいは」
「……ええと、『まものとであったらあいさつをしていっしょにあそぼう』。燃やす」
「落ち着いてください。誰かの落とし物かもしれないのですよ」
「お詫びに金貨を渡すので、燃やさせてくださいと言います」
「殺意をまとって言われたら、誰だって頷くしかありません」
「おっと、すまいるすまいる」
「それにしても、内容を見て驚きました。魔物と仲良くしようだなんて」
「魔物が作った可能性があります」
「そんな風には見えませんけれど」
「……たまーにいるらしいんですよね、魔なるもの信者の人間。噂で聞いただけですが、非常に危険な思考です。一体、何を考えて魔なるものを信じているのやら」
「死にたいんですかね?」
「この世界を壊してほしいのではないでしょうか」
「ほほう、私のことですか?」
「一番だめなはずの人ですよね」
「やっちゃえー、いけー、がんばれー」
「応援しないでください。勇者でしょう」
「でも、たまに害のない魔物もいますよ」
「例外中の例外です。魔なるものは魔。基本は悪ですからね」
「長い歴史の間に、のほほんとした魔族が生まれてもいいと思うのですが」
「いるにはいるでしょうね。出会っていないだけで」
「激弱ばかりに出会いたいです」
「物語が一気にほのぼのになりますね」
「聞きましたか、人類のみなさん。これまでほのぼのじゃなかったようですよ」
「そ、そういうつもりではなくて」
「ほのぼのの皮を被ったダークファンタジーなんだ……」
「タグにないのでセーフです」
「詐欺だ……。魔王さんの姿と同じだ……」
「なんで図鑑に隠れながら言うのですか」
「図鑑の後半から『まおうさんといっしょ』というパートになっているのです」
「図鑑というより、絵本じゃないですか」
「一応、魔族魔物についての解説がありますから、図鑑とも言えます」
「魔王の生態は研究できないと思いますが」
「『まおうはあさによわい。かーてんをあけてひかりをぶつけよう』ですって」
「じ、事実!」
「『じかんかんかくがめちゃくちゃだよ。たいまーはおとがでるものを』とか」
「三分間とか一瞬なんですよね」
「『あそびあいてにまものをうむよ。きをつけていっしょにあそぼうね』ですか」
「はい、ダウトー! ぼくは魔物を作ったりしませーん!」
「これまでに一度も?」
「そりゃあ……、一度もってわけはないですけど……」
「魔王ですもんね。さすがにね」
「そうですね。さすがにね」
「でも、魔物を作った場面は見たことがありません」
「不要ですから」
「魔王さんと魔物が手を繋いでいる絵が描かれていますよ」
「振りほどきます」
「次のページにはハグをしている絵が」
「突き飛ばします」
「これが真の生態だと書かれていますが」
「デマは許しません。ぼくは直接自分のことを伝えに行きましょう」
「お問い合わせはお近くの教会まで」
「教会が作ったんですか⁉」
「あ、間違えました。お近くの教会の隣の前の斜め右の建物まで」
「どこだ……? とりあえず、この図鑑は灰にしましょう」
「信者の落とし物だとしても?」
「ぼくがしっかりお話しましょう。改心せよ、と」
「魔王が改心を説くのですか。おかしな世界だ」
「信じて魔物に近づいたら危険ですから」
「魔王さんにも笑顔で近づいてくるかもしれませんよ」
「それは……、微笑んで受け入れますけど」
「『まおうさん、いっしょにあそびましょ』」
「喜んで!」
「こら、断れ」
お読みいただきありがとうございました。
いつものやつでした。
勇者「私も『まおうさんといっしょ』って感じですね」
魔王「できれば『いつでもどこでもまおうさんといっしょ』がいいです」
勇者「続編のタイトルみたいにしないでください」
魔王「魔王だからぞくぞくっとな! ……すみません、調子に乗りました」




