565.会話 みかんの話
本日もこんばんは。
みかんは食べたいけど剥くのがめんどうなみなさまに贈るSSです。
「こたつの上にみかんを乗せるのは前世から知っていることですが」
「勇者さん、前世の記憶があるんですか」
「ないです。昨日の記憶もありません」
「それは覚えていてほしい」
「みかんを見ると、どうしても積み上げたくなるのです。病気でしょうか」
「健康ですよ。いくつ積み上げられるか勝負しましょうか」
「食べ物で遊んではいけません」
「では、積み上げた後でしっかり食べましょう」
「よしきた。バベルの塔を作ります」
「みかんの気持ちも考えてあげてください」
「どうせ最後は私のお腹の中もぐもぐ」
「すでに食べているじゃないですか」
「おいしいです。魔王さんもどうぞ」
「ありがとうございます。頭の上に積み上げないでください」
「動いちゃだめですよ。せっかくのみかんタワーが崩れます」
「ぼくの人権にも愛を」
「人じゃないですよね」
「気持ちはいつだって人間ですよ」
「こわいことを言う」
「人間に寄り添い、人間を守り、人間を愛する。いっそ人間になりたい」
「みかんを乗せながら言われても雰囲気が」
「乗せているのは勇者さんですよね。頭が重いですよ」
「みかんも魔王さんを下に見て喜んでいることでしょう」
「物理的に下ですよ」
「私も魔王さんの自由を奪っていると考えるとうれしくてたまりません」
「真顔で言っていますよね」
「よくわかりましたね」
「ぼくの自由を奪うのなら、後ろからハグしてくださってもい――」
「動くな」
「拳銃を突きつけられている気分」
「六個目が乗りましたよ。喜んでください」
「強制歓喜」
「前代未聞の七個目の挑戦です。全世界が注目していることでしょう」
「観客がいないようですが」
「壁の隙間とか天井の裏とか床下とか隣の部屋とかにいますよ」
「ホラー映画?」
「緊張で手が震えてきました」
「自分で言って怖がっているんじゃないですよね?」
「観客など不要です。偉業は私が知っていればいい」
「ぼくも見守りますよ。あ、実際には見えないので気持ちだけ」
「七個目が乗りました。拍手してください」
「構いませんが、拍手したら崩れると思います」
「では、心の中でお願いします。次は八個目です」
「目標は何個ですか?」
「百一個です」
「ワンちゃんかな」
「あわよくば、みかんの重量で魔王さんを粉砕したいと思うのですが」
「みかんで潰される魔王はかなり情けないですね」
「何事も挑戦です。もしかしたら、みかん農家とコラボできるかもしれません」
「異色すぎませんか」
「話題性は抜群ですよ。インパクトが大事なのです」
「別の意味の衝撃はすごいですけど」
「こうして生まれたのが爆弾みかん。体が弾けるおいしさの一級品」
「また物理的に弾けるやつ」
「農家の売り上げも弾けます」
「どっちの? どっちの意味ですか?」
「そのまま食べてもおいしい。加工してもおいしい。みかんはすばらしいですね」
「聞いてます?」
「あ、動いちゃだめですよ。まだみかんが魔王さんの上で新世界を謳歌したいって」
「驚きの思想じゃないですか」
「たまには上位存在になりたい時があるのです」
「この後、食べるんですよね?」
「もう食べていますよ」
「あれ、たしかに重さが減ったような……」
「鏡つかいます?」
「みかんが一個しか乗っていない。まさか勇者さん」
「おいしいです。もぐもぐ。最後の一つもいただきますね」
「頭が軽いです」
「つるぺか?」
「違います」
お読みいただきありがとうございました。
剥くのがめんどうなら百パーセントジュースを飲めばいいけれど、それは何か違う気がするみなさま。
勇者「みかんの新世界も終わったようです」
魔王「全部食べたのですか」
勇者「まさか。机の上に積まれているだけです」
魔王「また塔ができている」




