543.会話 夜の森の話
本日もこんばんは。
野宿も割とします。
「夜。それは魔なるものが跋扈する時間。人間は隠れ、息を潜める。危険極まりない闇は、魔なるものだけでなく野生動物も牙を剥く。彼らのエサにならぬよう、旅人は眠らずに警戒し続けるのが夜という世界……。それにしても、気持ちよさそうに寝ますねぇ」
「すやぁ…………」
「これはぼくがいることへの安心感が超ビッグサイズという証拠! 勇者さんは魔を引き寄せる勇者でありながら、驚きの快眠で清々しい朝を迎えるでしょう!」
「小腹がすきました」
「行動原理は野生動物とどっこいどっこいですね。スープならすぐご用意できますよ」
「人間だって動物ですから。お願いします」
「勇者さんは勇者として、魔の力には敏感です。気分はだいじょうぶですか?」
「問題ありません。吐き気と頭痛がする程度です」
「それを問題というのですよ。スープができあがったらぼくがぶちこ――その辺を掃除してきますので、勇者さんは結界の中にいてくださいね」
「とんでもない動詞を使おうとしましたね」
「やれやれ、勇者といえど人間。お仕事を休む時間だって必要だというのに」
「二十四時間三百六十五日不眠不休で働けって感じですよね」
「死へのタイムアタックですよ」
「表彰台を狙おうと思います」
「はあ……、まさか今日泊まる予定だった宿がすでに廃墟化しているとは……」
「春の夜の夢のごとしってやつです」
「んもう、人間ったら儚い」
「そんなところも?」
「大好きです」
「スープできました?」
「ちょっと待ってくださいね。……はい、いい感じです。熱いのでお気をつけて」
「いただきます」
「おや、草陰から雑魚魔物が。もしや勇者さんのスープを狙いに来たのでしょうか」
「雑魚すぎて気づきませんでした」
「勇者さんの目線の先です。当然のように無視しないでください」
「だって、スープが冷めちゃう」
「何度でも温めますけど、最初から動く気がないですよね」
「もちろんです」
「もちろらないでください」
「また魔王さんが変な言葉しゃべってる」
「勇者さんにだけは言われたくないですよ」
「雑魚魔物、放っておいていいのですか?」
「勇者さんは何も気にしなくていいのです。えいっ。ゆっくりスープをお飲みください」
「なんて速い攻撃。私は当然、見切れませんでした」
「なんですか? 何かいましたか?」
「存在すらなかったことにされている」
「勇者さん、体調はいかがですか?」
「回復してきました。めまいが追加された程度です」
「なんて速い矛盾。ぼくじゃなかったら気づきませんでしたよ」
「夜の森で体調がいいわけないじゃないですか」
「そうですよねぇ。森をなくしましょうか」
「環境破壊です」
「勇者さんの体調のためなら、ぼくは鬼とかそれとかあれとかになりますよ」
「曖昧な魔王さんだ」
「むむっ、強い魔物の気配が……。勇者さん、だいじょうぶですか?」
「吐きそう」
「た、大変です! えいっ。スープを置いて横になってくださいな。そりゃっ」
「いま、攻撃しました?」
「……当たったようですね」
「魔王さん、顔が魔王ですよ」
「おっと、すまーいる。魔力感知開始。にこっとな。敵の数把握。えへへ~」
「それでバレないと思っているのですか」
「どうしました?」
「強行突破しようとしている」
「さて、魔王の仕事をしてきますかね」
「勇者勇者、それ勇者の仕事」
「おっと、勇者の仕事をしてきますかね」
「魔王さんは魔王なんですよ」
「魔なるものが存在するせいで、勇者さんの穏やかな夜が害されるのです」
「そのトップがここにいるんですけど」
「殲滅してきます」
「前提が間違っているんですよね」
「勇者さんの健康のため、ぼくは勇者になります」
「何もかも違うんですけど、もうそれでいいです」
「勇者、行きます!」
「ん? うん、お願いします」
お読みいただきありがとうございました。
勇者なのか魔王なのか魔王なのか勇者なのかもうごちゃごちゃ。
勇者「私は一体何者だったのか、たまにわからなくなります」
魔王「勇者さんは勇者ですよ」
勇者「ほぼ魔王さんのせいなんですけどね」
魔王「ぼく何かしました⁉」




