537.会話 目薬の話
本日もこんばんは。
目薬をさすのが一向に上達しないまま大人になりました。
「魔王さん、泣いているのですか?」
「半分泣いています」
「理由をお訊きしても?」
「目薬をさそうと思ったのですが、うまくできなくて内容量の半分を失いました。この悲しみによる涙と、目薬が目にしみていることによる涙で、泣いています」
「いそがしいひとだなぁ」
「命中率は二十パーセントでした」
「ぜったいれいどかな」
「いやぁ、大変な作業でしたよ」
「そもそも、魔王なのに目薬が必要なのですか?」
「ドライアイなんです」
「ぜったいれいどを喰らったんだ」
「かわいい勇者さんをばっちり目に焼き付けるためにも、常時潤いが大切なのですよ」
「いつも泣いていればいいんじゃないですか」
「冷徹なセリフかと思いきや、純粋な意見として言っておりますね」
「涙が出ていれば乾燥することがないですよね」
「そうはいっても、ずっと泣いているのも大変ですよ」
「あ、いいこと思いつきましたよ」
「閃いたってお顔がかわいい~。なんですか?」
「常に目を閉じていれば乾燥しません」
「すばらしい案ですね。勇者さんが見えないこと以外、完璧です」
「私からみても完璧です」
「困りました。どうにか勇者さんを見る方法を考えないと……」
「目で見ると考えるからだめなのですよ。頭とか耳とかあれとかこれとかで見るのです」
「それです!」
「冗談で言ったのですが」
「ぼくってば、人間の形にこだわりすぎましたね。いやぁ、あぶなかった」
「人外魔王さんになるということですか?」
「巨大な魔物姿になり、勇者さんを内側に取り込めばドライアイは関係ありません」
「冗談ですよね?」
「年齢制限の気配がしたので冗談と言っておきます」
「びっくりしました。唐突な物語終了かと」
「まさか。快適な暮らしを提供しますよ」
「脳が想像することを拒否しました」
「そうそう、ドライアイといえば、勇者さん」
「え、この流れで目薬に戻るの?」
「勇者さんは目薬使わないお人ですか? 乾燥しません?」
「気にしたことはないですね。物などない場所で生きてきましたから」
「試しに目薬をさしてみませんか? だいじょうぶです、ぼくがやりますから」
「結構です。欲の気配がしたので」
「ぱちぱちしてくださいと言ったら、拍手をしてしまう勇者さんが見たいだけです」
「さすがにそんなことしませんよ。いくつだと思ってるんですか」
「では、どこをぱちぱちするか教えてください」
「簡単です。魔王さんのほっぺですよね」
「ナチュラル平手打ち」
「誠意をもって両頬を叩きますね」
「意気込みありがとうございます。間違っています」
「えー、じゃあどこを叩くんですか」
「そもそも、叩くのが間違っているのですよ」
「殴る?」
「違います」
「蹴る?」
「暴力から離れてください」
「えー、わかりませんよ。えいえいえいえいえい」
「服のひらひら部分だけ執拗につついている」
「正解はなんですか?」
「目をぱちぱちするのですよ」
「前に読んだ本には、目をぱちぱちすると涙が出て薬が薄まるからしてはいけないと書いてありました。魔王さん、なんで目を背けるのですか? まさか、知っていて……」
「だって、目をぱちぱちする勇者さんが見たかったんです!」
「見つめないでください。目を背ける時間が異様に短いんですよ」
「勇者さんを見ていたいので」
「そうですか。見ないでください」
「まあまあ、照れなくていいんですよ」
「くらえ、目薬」
「ひぇええええしみしみしみしみ!」
「目にしみない成分のものを使えばいいのに」
「それだと、効いているような気がしないものですから……」
「はい、ぱちぱちしますよー」
「服越しにほっぺをぺちぺちされている……。あれ、幸せだな?」
お読みいただきありがとうございました。
何かに気がついた魔王さん。
魔王「これから目薬をさすたびにぺちぺちしてくださいね」
勇者「ぱちぱちじゃなくて?」
魔王「ぺちぺちしてくださいね! ぼくを!」
勇者「勢いがこわい」




