535.会話 スケッチの話
本日もこんばんは。
今日はスケッチブックの日ということで、おふたりにスケッチをしてもらっ……。はい、魔王さんのスケッチが出てきます。
「うわ、闇がある」
「ぼくたちのジャンルはダークファンタジーではありませんよ?」
「いえ、机の上の話です」
「ああ、これですか。宿からの景色がきれいだったのでスケッチしたのですよ」
「てっきり世界が闇に覆われたのかと」
「魔王でも君臨したんですか?」
「多少はした方がいいとさえ思っています」
「いやですよう。ぼくは勇者さんと旅をするのが楽しいのですから」
「君臨願望は?」
「ないです」
「おかしな話ですよ」
「勇者さんも一緒にスケッチしませんか? はい、スケッチブックです」
「おかしな話なのに受け入れている自分がいます」
「心のままに描いてくださいね」
「とすると、魔王さんの心がその闇ということですか」
「ぼくの心は晴れ渡ったきれいな青空ですよ」
「自分で言うところが胡散臭いです」
「そんな。真実なのに」
「セリフひとつひとつが怪しく思えてきますね」
「勇者さんの心はどんな感じですか――あらあらうさぎさんこんにちは」
「まだ何も描いていませんけど」
「ぼくには見えます。そう、とてもかわいらしいうさぎさんが」
「紛れもなく幻覚」
「勇者さんの心にはうさぎさんがいるのですね!」
「いませんけど」
「照れなくていいのですよ」
「照れていません。困惑しているのです」
「ほら、ここに白色のうさぎさん。ここにチンチラ。ここにオレンジ」
「毛並みの名称で呼ぶひと、初めて見ました」
「勇者さんは黒うさぎでしょうか」
「私は人間です」
「うさぎさんたちと戯れる平和な光景が見えますよ」
「心配になってきました。お年寄りだもんなぁ」
「やはり平和こそ至高。争いなど不要なのです」
「勇者のようなセリフを言いながら暗黒を生成している」
「穏やかな春の日をイメージして描いてみました」
「世界の終わりを告げる冬の訪れの絵じゃないんですか」
「そんなに怖く見えますか?」
「死期を察した気がしました」
「長生きしてください⁉」
「見ているだけで悪寒がします」
「で、では、あたたかな食事風景を描きますね」
「わあ……、悪魔たちの最後の晩餐だ」
「天使たちの朝食風景ですよ」
「どうして真逆になる?」
「どうしてでしょう」
「では、あえて逆のことを描くのはどうでしょうか。宿から見える風景はとても穏やかですが、これを魔王によって破壊された世界だと思って描いてみてください」
「ふむふむ。……。描けました!」
「種類の違う闇ができあがるだけでしたね」
「おかしいなぁ」
「黒を使うからじゃないですか? 影を描きたいのなら、紫や青、赤でもいいかと」
「…………」
「こだわりがあるんですか?」
「いえ、あのですね、使っていないんですよ」
「これで? これで黒色を使っていないとおっしゃいますか? この闇で?」
「見てください。スケッチに使った色鉛筆を」
「黒色は新品……ですね」
「これが、ほんとうにあった怖い話です」
「今日ってホラー回でしたっけ」
「この闇はどこから出てきたのでしょうか」
「気になりますね」
「ぼくが一番知りたいですよ。どうがんばってもきれいに描けないのです」
「変に力をこめるからじゃないでしょうか。もっとテキトーでもいいと思いますよ」
「もっとテキトーに……」
「スケッチなのですから、ささっと描くのもいいと思います」
「ささっと……」
「まあ、ほら、あれです、スケッチせずともカメラとかありますし、うん」
「勇者さんに気を遣われてしまいました」
「さすがに同情しました」
お読みいただきありがとうございました。
どう足掻いても暗黒。
魔王「いやぁ~、さすがカメラ。きれいに映りますねぇ」
勇者「私もスケッチできました」
魔王「お上手です。さすが勇者さん」
勇者「視界の隅にある暗黒スケッチが気になって仕方ないですよ」




