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520.短編 ミソラのおめかしタイム

本日もこんばんは。

始めたての短編パートなので、慣れていただくために今日はミソラと勇者さんのお話です。

平和です。

 夜明け前。宿のベッドで目を覚ました私は、腕の中に感じる繊細な安らぎを感じて小さな息をはきました。まだ起きる時間ではないけれど、いつもこうして目が覚めてしまうのです。ミソラを抱きしめたまま寝返りを打つと、もうひとつのベッドで寝息をたてる魔王さんが見えました。

 少しだけお間抜けな顔で、すよすよと眠っている魔王さん。今日は何時に起きるのやら。特に急ぐ用事はないので、ねぼすけでも許してあげましょうか。

 そんなことを考えながら、私は冴えてしまった目を天井に向けました。二度寝するのもよいですが、今日はあまり気分でもないようで。

「おはようございます、ミソラ」

 小さな声で挨拶。

 のそりと起き上がり、ミソラをベッドに座らせると脇に置いた鞄へ。なるべく音を立てないように探り、箱を取り出しました。

 勇者への謝礼としてもらったお金で買った箱。魔物を倒したのは私だから、もらっても罰は当たらないだろうと言い訳をして魔王さんから受け取った銀貨は、躊躇いがちに箱へと変わりました。

 ベッドに上がり、滑らかなシーツが肌に触れるのを感じながら、私はミソラと向き合います。ちらりと横目で魔王さんを見ますが、起きる気配はありません。

 かちりと鍵を開け、箱の中身が顔を出します。これまで集めてきたリボンが整然と並んでいました。一目で模様がわかるような収納方法には苦労しましたが、がんばった甲斐があるというものです。

 今日はどれにしよう。あなたはどれが好きなのかな。

 昨日、結んだリボンはミソラの首元にあります。雨の日だったので、水玉模様のリボンを結んであげたのでしたね。

 今日の天気は……、晴れでしょうか。あまり深く考えないことも多い私は、暖色のリボンに視線を移します。

 黄色や橙色はあたたかな感じがしていいですね。晴れの日に似合うと思います。

 悩んで決められない日は最初に買った金色のリボンに落ち着きます。いろいろなリボンを買いましたが、やっぱり『これ』と思うのです。何の変哲もないものなのですけどね。

 魔王さんに見られたくないので、いつも彼女がいない時や眠っている時に行っているミソラのおめかし。ぬいぐるみ遊びと言われると、こどもっぽくて恥ずかしいですが、だからといってやめようとは思いません。せっかくすてきなぬいぐるみなのです。きっと、私ではない誰かが持っていたとしても、かわいく飾っていることでしょう。

 魔王さんが言うには、ミソラはとても高価なぬいぐるみなのだそうです。それならば、本来は私のような人間が持っているべきではないのですが……。

 私はミソラのふわふわした耳をそっと撫でました。この子は魔王さんが私にプレゼントしてくれたぬいぐるみです。私が悪夢を見ないように、もし見てもぬいぐるみによって少しでも安らげるように、願ってくれたものです。だから、誰にも渡したくはありません。

 とんでもないお金持ちが信じられない高級品でミソラを飾ろうとも、私は今日もこの子にリボンを結ぶでしょう。

 さてさて、あなたがつけたいリボンはありますか? なんて、返事をしてくれたらいいのですが、ミソラはぬいぐるみです。返事は指先から伝わるふわふわだけ。

 箱を開けて見せてあげても何も言いませんが、澄んだ青の目は純粋無垢。勝手な思い込みですが、リボンを喜んでくれていたらうれしいですね。

「今日はこれにします」

 そう言って取り出したリボンは春の日差しに似た淡い色。おひさまのような刺繍がお気に入りです。

 苦しくないよう、力加減に気をつけて結んでいきます。ぬいぐるみなのは重々承知ですが、大切にすることは悪いことではないでしょう。

「できましたよ、ミソラ。どうでしょうか?」

 訊いてみますが、もちろん応えはありません。自己満足であることを理解しながら、櫛を取り出しました。

 ミソラの毛はとても繊細です。ふわふわ、もふもふ、けれど滑らか。そっと肌に触れれば、思わずため息をついてしまうほど。

 こんなぬいぐるみがあるのですねと魔王さんに言ったところ、「ミソラさんだけですよ」と笑っていました。きっと、この子は特別なのでしょうね。

 魔王さんが髪を梳かす時を思い出し、ミソラの毛並みを整えていきます。彼女のお手入れはとても丁寧なので、参考にさせていただいているのです。本人に言ったことはありませんけれど。

 私が抱きしめて眠っても、ミソラのふわふわは衰えることを知りません。跡が残ることもなく、毛が潰れることもない。いつも完璧なまでに圧倒的なぬいぐるみでした。

 だから、櫛で梳かす時間はお礼のようなものです。昨夜もありがとう、と。

 ミソラの旅での定位置は鞄の中です。無理やり入れるのは忍びないので、いつも両手と頭だけ飛び出しているミソラ。一緒に旅をしている気分になればと思っていますが、傍から見たら変な人になっているかもしれませんね。

 なでなで、なでなで。ふわふわを味わう私は、指先にこつんと当たるものに気づきました。ミソラの目です。ふむ、目には硬い素材を使うのですね。ぬいぐるみ用の石でもあるのでしょうか。

 そんなことを思いながら見つめていると、青の目が清く透明に光りました。窓から差し込んだ太陽の光が反射したようです。あまりに澄んだ青色。思わず息を呑む輝きに、底知れぬ価値を見た気がしました。でも、私は価値とか希少性とかよくわからないもので。

「今日は晴れのようですね」

 神々しさすら感じる白い毛並みのミソラを抱き、再びベッドに寝転がりました。

 今日は何をしようかな。どこへ行こうかな。どこに行くのかな。今までは考えたこともなかった、考えても仕方なさそうなことを脳裏に浮かべながら、私はまた目を閉じました。どうせ魔王さんはまだ起きない。きっとねぼすけなのだから、ごろごろして待っていよう。そうして、私はまたごろんと寝転がりを打ちました。

「…………」

「…………」

 魔王さんと目が合いました。それはそれはばっちり合いました。なんで起きてる?

「…………お、おはよう……ございます」

「いえ、ぼくは寝ています」

 目を開いたまま何を言っている?

「寝ているので、何も気にせず続けてください」

「な、なんですか急に」

「続けてください」

「なんかこわい」

「続けてください。ぼくは寝ているのでっ!」

「完全に起きていますよね」

「ぐ、ぐー、ぐー、すぴすぴ」

「へたっぴめ」

 私は枕を放り投げました。魔王さんの顔面にヒット。

「へぶぅ……。いやぁ、いいものを見ました」

「開き直りましたね」

「いい夢がみられそうです」

「もう朝ですけど」

「なに言ってんですか。二度寝するに決まっています」

「朝ですよ」

「まだはやいです。ぼくは寝ます」

 そそくさと布団をかけ直す魔王さんに、私はやれやれと首を振りました。魔王さんの視線を感じながらごろごろする気にもなれず、ミソラを抱いて立ち上がりました。

「勇者さん、どちらへ?」

「ねぼすけ魔王さんを置いて旅に出ようかと」

「またまた、ご冗談を」

「……まあ、冗談ですよ。朝の散歩でもしようかと思いまして」

「魔なるものの時間を過ぎましたが、危険はあります。ぼくも一緒に行きましょうか?」

「いえ、だいじょうぶです」

 私は胸の前で抱きしめるミソラをちらりと見せました。

「勇者パーティーのひとりが一緒ですから」

 魔王さんはふふっと微笑み、そうですねと答えます。

「ミソラさん、勇者さんをお願いしますね」

「では、行ってきます。私が帰る頃には起きていてくださいね」

「いってらっしゃい。善処します」

 起きる気のない魔王さんの返答を背に、私は宿の扉を開けました。薄い雲の向こうから太陽が滲み始めた時間。人間たちが活動するにはまだ少しはやい朝。

 大剣も鞄も持たず、ミソラと腰に挿した短剣だけ持った私は、誰もいない世界に小さく息をはきました。

 いつもと同じような、でも確実に違う旅。

 遠くへ行かず。おしゃべりもない。いつもと違う、いつもの時間。

 ミソラとふたりの小さな旅です。

お読みいただきありがとうございました。

勇者さんのルーティン。


魔王「おや、今日のリボンもすてきですねぇ」

勇者「おひさまの刺繍があるんですよ」

魔王「いいお天気にぴったりですね」

勇者「晴れの日のリボンですから」

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