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516.短編 魔王さんの抜け殻

本日もこんばんは。

話数の隣に見慣れない言葉があると思いますが、今回から『短編』というパートを導入することになりました。SSより少し長く、物語より短い物語。便宜上、これを『短編』と称し、これからたまに投稿していこうと思いますのでぜひお楽しみ。

長さとしては、短編ひとつ2000字~5000字程度です。さくっと読める物語をどうぞ。

 みなさま、こんばんは。勇者です。いや、勇者なんて柄ではないのですが、他に私を表す表現も特にないので、仕方なくそう名乗っているだけです。

 とまあ、そんなことはどうでもよくて。私はいま、とんでもない事態に直面しているのです。

 目の前に置かれたそれを発見してから、私は足りない脳を懸命に働かせていました。一体どういうことなのか。これは一体なんなのか。考えても考えても答えは出てきません。

 勇者として解明すべきことだと思います。しかし、できないことはあるのです。誰か、私に力をください。

「これ、魔王さんなのでしょうか……?」

 ソファーに置かれたままの白い服。やけにひらひらして、どこかに引っかけてしまいそうな袖が窓から入ってくる風に揺れています。

 魔王さんがいつも着ている服の、なんだろう。上から羽織っている部分だと思います。薄めの生地を何枚か重ねている構造らしく、私でいうところのローブ部分。着脱式なんだそうです。

 それはいいとして、なぜここにあるのか。それが問題なのです。

 ご存知の通り、魔王さんは変化魔法によりあの姿をしています。以前、聞いたことを思い出すならば、服の部分も魔法によるもの。とすると、服も身体みたいなもののはず。

「…………」

 私は顎に手を添え、首を捻り、眉をひそめ、ひとつの可能性を導き出しました。

「……脱皮?」

 魔王さんは魔王です。人間には到底想像もつかない生き方をしていても、何も不思議ではありません。

 不思議ではありませんが。

「生まれ変わった魔王さんはどこに行ったのでしょうか」

 せめて脱皮したものは片づけて行ってほしいですね。びっくりするので。

 私と旅を初めてから、脱皮現象に出会ったことはありません。おそらく、数百年に一度のイベントなのでしょう。珍しいものを見た。

 私は魔王さんの抜け殻を指先でつんつんと突きます。うんともすんとも言いませんね。魔なるものを倒したあと、塵とならずに残るものがごく稀に存在します。中には高値で取引されるものもあるらしく、一攫千金を求めて魔族退治をする人間もいる……らしい。あまり興味がないので、噂として聞いただけですが。

 魔なるものを構成する魔力は、人間にとって毒です。魔王さんも例外ではないでしょうが、こうも聖なる雰囲気を放出されると、人間に騙して売りつけることも簡単に思えてきます。聖女の服なんて、一般人は着ることができないでしょうからね。

 ただ、これが魔王さんの抜け殻であれば問題はないのです。もし、欠片程度の魔王さんだったとすれば……。世界は大混乱に陥るでしょう。変化魔法は構いませんが、限度というものがあります。

 私を驚かせたいのかもしれませんが、甘いですね。これしきのことでびっくりなんてしてあげません。私は勇者ですよ。普通の人間より意味不明で不可思議でへんてこりんな日常を過ごしているのです。偉い教授先生なんか出る幕はありません。こういうことは勇者に任せておくがよいでしょう。どんとこい超常魔王。

「超絶美少女で儚げオーラ全開のはいぱーうるとら人類の味方系魔王のお戻りですよ~。びっぐらぶ勇者さんからの熱い挨拶まであと何秒ですか? ゼロ秒ですね! さあ、言ってください、『おかえりなさい、愛する魔王さん』と!」

 やかましいことを言いながら、魔王さんはリビングの扉を派手に開けて入ってきました。高らかに上げた手もそのままに、難しい顔でソファーを見つめる私を見つめる魔王さん。見つめ合うな。

「どうしました?」

「それはこちらのセリフです」

「ぼくは夕飯の買い出しに行ってきたのですよ」

「えっ」

「えっ」

 そんなまさか、と言いたげな私に、なんで驚くんですか、と言いたげな魔王さん。今のはふたりの『えっ』の解説です。

「超長寿として、定期的に脱皮していたのでは?」

「ぼくはヘビじゃないですよ」

「じゃあ、この抜け殻はなんですか?」

「抜け殻?」

 魔王さんはソファーの服をじっと見ると、納得したように頷きました。

「勇者さんの勘違いです」

「そんなまさか。魔王さんのすべては詐欺でしょう」

「かつては服も魔法で創っていましたけど、最近は正真正銘の服を着ていますよ」

「これまでと変わらないように見えますけど」

「これまでと変わらないような見た目で作ってもらいましたからね」

「なにゆえ?」

「理由は簡単です」

 魔王さんはひらひらした服を手に取ると、私に優しくかけました。効果音は『ふぁさ……』です。魔王さんが自らの口で言っていました。やかましい。

「なんですか?」

「服を服にすることで、こうすることができます」

「……うん?」

「少し肌寒い夜、焚き火を囲むぼくたち。腕をさする勇者さんをみかねたぼくは、静かにひらひらした服を脱ぎ、無言で羽織らせる。こちらを見た勇者さんに、ぼくは穏やかに微笑み、ちょっとだけ距離を縮める。不満そうな顔をするものの、かけられた白い服にくるまって何も言わない勇者さん。ただ、焚き火の音だけが夜の世界に響いていた――」

「…………」

「どうでしょうか?」

「魔王さんは相変わらずご自分の欲に素直だなぁと」

「えっへん」

「褒めたつもりはありませんけど」

「いざという時、白い服なら人間の視覚を惑わせることもできますし」

「まっくろくろすけですみませんね」

「多少のカモフラージュにはなるかと思いました」

「とはいえ、夜に白色は逆に目立つような」

「平気ですよ。ぼくが白いので」

「それもそうですね」

 まず狙われるのはまっしろしろすけの方でしょう。魔王とも知らずに攻撃し、こてんぱんにされた魔物は数知れず。

「それにしても、肌触りの良い服ですね」

「そうでしょうそうでしょう。かなり積みましたから」

「何を?」

「金を」

「うわ」

「勇者さんのブランケットになるかもしれないんですよ? 肌触りは重要です」

「じゃあ、ブランケットでいいのでは」

「よくあるじゃないですか。こどもが母親の服を抱きしめて眠るやつ」

「ツッコミ待ち?」

 みぞおちに突っ込みたいですね。剣を。

「ぼくのぬくもりがあった方が安心して眠れるかと思いまして」

「普段の言動がなければ、ただの慈悲深いセリフになったんですけどね」

「ぼくはいつだって愛の塊ですよ」

「表現がどことなく胡散臭いような」

「さいごまで愛たっぷり」

「お菓子みたい」

「そろそろおやつの時間ですね。そのひらひら部分をまさぐってみてください」

「言い方」

 私は魔王さんの表現に対抗すべく、服を上下に揺らしました。カツアゲされた時にやる動きです。すると。

「ん?」

 ぽとり。チョコレートが落ちてきました。

「勇者さん、もっとですよ」

 そう言われ、不良の気持ちで服をばっさばっさ。

 ぽとり、ぽとり、ぽと……だばーーーーーーー。

「勇者さん用にお菓子をたくさん詰め込んでおきました」

「自然の摂理が泣いていますよ」

「たんとお食べ」

 私の足元で山を形成するお菓子たち。こんなにたくさんは要りませんが、仕方ありません。せっせと籠に入れ替え、机の上に置きました。その間に、魔王さんはふたつのコップを手にキッチンから戻って来ます。

 ソファーに座り、ハチャメチャでめちゃくちゃでわちゃわちゃな映画をかける私。いつもと同じ距離感で座った魔王さんは、「また変なの観て」と困ったように笑いました。

 籠の中を眺め、どのお菓子を食べようかと考えていると。

「…………」

 窓から流れ込む風が私の体を撫でていきます。少しだけ涼しい。

「閉めますか?」

 立ち上がろうとした魔王さんに、私は小さく首を横に振りました。羽織った白い服を見せ、チョコレートを口に放り込みます。

「肌触りがとても良いブランケットがありますので」

 魔王さんは満足そうに微笑みます。

「やっぱり必要になりましたね」

「それにしても、いくらかけたんですか」

「特注ですので、それなりです」

「それなり……」

「そもそも、聖女服は一般に出回りませんからね。ぼくも色々と注文をつけたので、相手も大変だったと言っていました」

「人間を困らせるとは、珍しい魔王さんです」

「人間?」

 魔王さんはきょとんとし、少し悪そうな笑みを浮かべました。

「ぼくは一度も、人間に頼んだとは言っていませんよ?」

「……もしかして」

 白い服の向こうから覗く魔王さんの青い瞳。その色は秘密を携えてきらりと輝きます。

「聖女服を作らされる魔族の顔、いやそうでしたねぇ」

「魔王さんが魔王みたいです」

「そうですよ。ぼくは魔王です」

 精一杯の悪人顔をする魔王さんは、クッキーをぱくりと食べました。

「ぼくがにやにやしていたせいで、当初の見積もりの五十倍の金額を請求されました」

「腹いせぼったくりってことですか」

「あんなに高くされるとは思いませんでした」

「どんだけ払ったんですか……」

「前提として、あのひとの価格設定は常軌を逸しているのです。そこから吊り上げられましたからね。とんでもないですよ」

 このセリフを平然とした顔と声で言う魔王さんも大概だと思います。

「まあ、お金はどうでもいいので、勇者さんはゆっくりくつろいでくださいね」

「難しいことを言う」

「ぼくに抱きしめられていると思って安心してくださいませ」

「なんですかそれ」

「だって、ぼくの服ですから」

 そういえば。

「脱皮じゃないなら、まだ着るんですよね」

「もちろんです」

「というか、この服もあなたが着ていた服ですよね」

「そうですよ」

「…………」

「…………」

 私はお菓子を咀嚼しながら、やけに手触りの良い服を。

「…………」

 どうしようかと考え。

「…………」

 隣を見ました。

 とてもすてきな笑顔がありました。

「実質、ぼくとハグですねっ」

 脱ぎ捨てました。

お読みいただきありがとうございました。

短編では、物語パートで描かれなかったシーンや、日常を切り取った小さな場面を文章化できたらいいなと思っていますので、見てみたいものがあったら教えてくださいませ。


勇者「やけに肌触りがいいですが、素材は何なのでしょうか」

魔王「知りたいですか?」

勇者「笑顔が胡散臭いので結構です」

魔王「う、胡散臭い……」

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