51.会話 三人称の話
本日もこんばんは。
三人称ってわりと迷います。本日も迷いました。
「勇者さんって、ぼくのことを三人称で表すとき『彼女』って言いますよね。それはつまり、ぼくが美少女だと認めてくれたということで間違いな――」
「うるせえんですよ。性別がわからない存在の三人称ほどめんどくさいものはありません。仕方なく、見た目で判断しているだけです。魔王さんは見た目だけなら女の子ですから」
「だけならってなんですか。甘いもの好きなところも女の子っぽいでしょう?」
「自分で言うところがアウトなんですよ」
「彼か彼女かはたまたそれか、わからなければ別の言葉を使えばいいんですよ」
「どういう意味です」
「その時、可憐で儚い美少女が前に立ち、あっという間に魔物を倒しました――とか」
「たった一文なのにツッコミどころが多すぎる」
「美しい白髪をなびかせた少女は魔法を放つと世界に光をもたしました――とか」
「一応訊きますけど、ツッコミ待ちですか?」
「素直じゃなくてわがままでめんどくさがり屋の少女に出会ったひとりの少女は、今日もどこかで楽しく旅をしています――とか」
「……まあ、いいことですね」
「こんな感じに、言葉で補って表現すれば性別は関係ありませんよ」
「ひとつだけ問題があります」
「なんですか?」
「文字数が多い」
「またそういうことを言う……」
「――ハッ⁉ いま、天啓が……! そうか、もっといい表現がありました。これです、これが最適解です!」
「な、なんですか?」
「奴」
「奴⁉ もう、お口が悪いですよ、勇者さん」
「すべての存在に使える言葉ですよ。これを最初に使った人とは握手を交わして抱擁をしたいくらいです」
「最初に使った人――便宜上『奴さん』と言います――が、奴さんはどういう思いで使ったんでしょうね」
「そりゃ、私のように性別不明の存在に悩まされていたんでしょうよ」
「奴さんは勇者だったんですか」
「その可能性もありますね」
「神様に訊いたらわかりそうですけど」
「奴に奴のことを訊くなんて、奴もおかしなことを考えますね」
「すみません、なんて?」
「いやあ、便利ですね。奴」
「ぼくは自分の耳がおかしくなったのかと思いました」
「奴に質問するなんて言語道断です。そんなことをするくらいなら、世界を旅して奴のことを調べた方がよっぽどマシです。奴も喜ぶでしょう」
「ああ、うん? そうですね?」
「奴は彼女にたらふく食事をご馳走すると、空の彼方へ消えてきました。彼女は奴が残していった財布を胸に、ただ静かにステーキを切ったのでした――という結末はどうですか? 最高だと思うんですけど」
「そこに出てくる奴ってぼくのことですよね? ぼく、空の彼方へ消えていくんですか」
「落下する彗星を阻止するために宇宙へ……ぐすん」
「真顔でぐすんって言うのやめてもらっていいですか」
「安心してください。豪華な食事をしながら奴の生き様を後世に残しますから」
「どんなに感動するストーリーでも、三人称が『奴』だと読む気が失せますね」
「奴は人々のために塵となることを選んだ――」
「ううん……、自業自得のように思えてきます」
「人々は奴を想って涙を流した――」
「消えてくれてうれしいって意味じゃないですよね?」
「空の彼方へ飛んでいく奴に向け、人々は力の限り叫んだ。『奴ーーーー‼』と」
「逃げ出すと思われて怒号が飛んでいるんじゃありませんよね?」
「これは大ヒット間違いなしですね」
「誰も読まないんじゃないでしょうか。ちなみに、題名は?」
「『アル奴ドン』」
「いろいろ……いろいろ違うっ……‼」
「いやあ、涙が止まらない作品になりますよ、きっと」
「観たことないですよね⁉」
「『シン・奴』もいいですね。『戦艦奴』も捨てがたい」
「ほんとに⁉ ほんとに観たんですか⁉」
「『十三日の奴』『奴タニック』『奴の休日』『バック・トゥ・ザ・奴』『オペラ座の奴』『奴ニング』『名探偵奴』『吾輩は奴である』『海底二奴マイル』『奴と共に去りぬ』『そして奴になる』『最高の奴の見つけ方』。ふふっ。ちょっとおもしろくなってきました」
「人生楽しそうな奴さんですね」
「でもまあ、手っ取り早い三人称があるんですけどね」
「それならはやく言ってくださいよう。して、それは?」
「『勇者』と『魔王』」
お読みいただきありがとうございました。
おすすめは『十三日の奴』です。
勇者「『奴っぽい奴と奴っぽい奴』ってどうでしょうか」
魔王「欠片もわかりませんね」
勇者「すべてに魔王を入れても通用するよう配慮しました」
魔王「通用しちゃだめですよね?」




