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505.物語 ③反撃

本日もこんばんは。

どきどきのサブタイ。

 その言葉は耳を伝い、脳へと突き刺さりました。体が強張り、呼吸が止まる。たった一つの指令だけを最後に、私の意識は薄く深いところへと沈んでいきました。

 でも、だいじょうぶ。

「――っなんですの⁉」

 後ろへと飛んだ魔族は、警戒心を露わに叫びました。それもそうでしょう。容易く殺せると思った相手が抵抗したのです。彼女の言葉を借りれば、『神様からもらった妙な力』で。もうおわかりでしょう。

「これは魔法ですわね。人間風情が舐めた真似をするじゃない!」

「あなたに殺されるわけにはいかないのです」

 努めて平静を保っていますが、冷や汗が止まりません。心臓の鼓動がはやく、痛いほどです。

 私から放たれた無数の茨が魔族へと襲い掛かりましたが、当然のごとくすべて躱されましたね。やはり強いですね。弱い人間だと思いながら、警戒は怠っていない。こうなると大変です。奇襲はもう効かないでしょうから。

 茨が私たちを隔てている隙に、走って逃げます。

「逃がしませんわ」

 魔族は冷静に、冷酷に命を奪おうと攻撃してきます。置いた剣に向かって走る私の導線を潰し、ひらけた場所へと誘導している。それがわかっているのに、私は彼女が望む場所へと逃げざるを得ない。

 ミソラを強く抱きしめているから落ち着けている。……たぶん。

 いえ、落ち着いています。だって、あの状況で魔法が使えたのです。生来の力でない魔法を感情が揺らいでいる時に使えたのなら、私は成長している。ミソラの存在が私の中で確かな柱になっているのを感じました。ありがとう、ミソラ。私はまだ戦える。

「なに勝った気になっているんですの?」

 いつの間にか私の前に移動している魔族。勝った気になんてなっていません。これでも勇者になって魔族と戦ってきたのです。あなたが魔力の塵になるまで油断はしない。

「狙いやすい位置に来てくれてうれしいです」

 私は残していた魔力で魔法を発動しました。ひらけた場所に来たから何も気にせず派手にやれる。あたなが逃げる間もないくらいの物量でねじ伏せてみせる。

 ミソラのぬくもりを感じる。だいじょうぶ。やれる。

 深呼吸をし、闇魔法を発動します。先ほどとは比べものにならない茨が出現し、四方から魔族を取り囲みました。

「人間のくせにやりますわね」

「……一応、勇者、ですから……。不本意、ですけど」

 魔力を多量に使ったことで疲労が激しい。息が切れますが、整えている暇はありません。確実に倒さなければ。

 茨に包まれた魔族は圧縮され、私の作った構築式の通りに魔族を滅そうと小さく丸くなっていきます。ぎりぎりと音を立てて魔族をすり潰していくのを横目に、私は剣を拾いに行こうと体の向きを変えましたが、膝に力が入らず倒れてしまいました。ミソラが汚れないように抱き寄せたので、砂利が皮膚にめり込みます。これ、痛いんですよね。……いえ、そんなことを言っている場合ではありません。はやく立って、剣を――。

「人間にしてはよくやったと思いますわ」

「……なんで」

 へたり込む私の前には、傷ひとつない魔族が平然と立っていました。腰に手を当て、私を見下ろす目はどこまでも冷たく、残酷でした。

 どうしてケガがないのですか? どうやって茨の渦から脱出したのですか?

 だって、たしかにこのひとは私の魔法に捕らわれたはず……。茨で潰していくのをこの目で見たはずなのに、なんで……。

「人間が魔族に敵うわけありませんわ。たとえ、勇者でもね」

「…………」

 荒くなる呼吸が魔法を使ったことによるものか、別のことなのか、判断できる思考は残されていませんでした。

「死になさい、勇者」

 私に向けられたてのひらから、魔力が放たれるのを感じる。この近さでは避けられない。

 だめなのに。私は魔王さんに殺してもらわないといけないのに。

 だから、まだ死ねないのです。

 アナスタシアからもらった指輪を握りしめ、彼女を呼ぼうとした時でした。見下ろした彼女の向こう側、見上げた私の視線の先に。

「…………」

 こんな状況なのに、私は……、とても安心していました。おかしいですよね。でも、仕方ないじゃないですか。視線の先に、空の上に、光の魔法陣を携えた魔王さんがいたのですから。いつもの優しい表情はありませんが、鋭い目が魔族をしっかりと捉えていました。

「……ふっ」

 言葉がなくても彼女の言いたいことはわかりました。きっと、すごく怒っているのでしょう。……ほんとうにおかしいですよね。魔王さんがこわい顔をしているから、らしくなくて笑ってしまうなんて。

 ……似合わないなぁ。

「この魔力はもしかして――⁉」

 目を見開いて振り返った魔族は、上空を見上げて声を失いました。彼女の瞳には、強力な魔法を撃たんとする魔王さんの姿が映っていることでしょう。それが何を意味するか、わからないひとでもないはずです。

「……ま、魔王様!」

「その子を殺そうとしましたね」

「お待ちください、わたくしは――!」

「黙りなさい」

 光線が剣となって魔族に突き刺さりました。剣先は魔族を貫き、私の目の前で止まりました。素早く地上に向かってきた魔王さんは、勢いそのまま魔族を蹴り飛ばします。

「きゃあっ!」

 吹き飛んだ魔族は木に一直線。魔族の体を貫いた剣が木に突き刺さり、動きを止めました。串刺しになった魔族はぶらりと手足を落とし、項垂れました。

「遅くなりました。おケガは?」

「……ミソラが少し汚れてしまいました」

「あとできれいにしてあげましょうね。……じゃなくて、まずはきみの無事を――はあ、まったくこの子は……」

 やれやれと首を振る魔王さん。青い目に光る冷淡な色が私に向けられ、一瞬息が止まりました。私の顔を見て、慌てて笑顔を浮かべる魔王さん。

「ぼく、魔族嫌いなんです」

「知っていますよ。魔王らしくないあなたのこと」

「だから、少しだけこわい顔をしてしまいました。びっくりさせてしまってごめんなさい」

「いえ、だいじょうぶです。私はちゃんと知っていますから」

 魔王なのに魔族が嫌いで、魔王なのに勇者が好きなあなたのことを。冷々たる態度もまなざしも、私を傷つけた魔族に向けたもの。ちゃんとわかっていますよ。

 魔王さんは、私に抱かれたミソラの砂を払い、そっと押し当てました。

「あとはぼくに任せてください。きみはミソラさんを抱きしめていてくださいね」

「……はい」

 ぴくりとも動かない魔族に近寄る魔王さん。私は立ち上がり、その場に留まります。

 魔法陣を創り出し、魔族に向ける。発動するかと思った時、俯いた魔族が何かを言ったようでした。

「遺言ですか? 聞きたくありませんね」

「…………」

「では、さようなら」

「――……いやですっ!」

 魔族は叫びました。勢いよく上げた顔は涙でぐしゃぐしゃになり、うまく息ができていませんでした。

「わたくしは、わたくしは魔王様のためにっ、必死で頑張ってきましたの! 魔王様に見てほしくて、名前を呼んでほしくて、わたくしは大好きで尊敬するあなた様のためだけに生きてきましたのにっ! いやですわ……、いやですっ……!」

「うるさいですよ。勇者さんを殺そうとしておいて、ぼくが生かしておくわけないでしょう」

「いやですぅ……! やだ……!」

「聞き分けの悪い駄々っ子ですね」

 魔王さんは無慈悲に魔法陣に強い魔力をこめていきます。一発で消し去るつもりのようです。私は……、殺されそうになっておいて、なぜか、心がざわついているのを感じました。

 なんだろう。なんだろう、これ。わからないけれど、このままはきっと、だめです。

 理由のわからない焦燥に心臓がどくどくと脈打つのを感じました。どうしよう。私はどうしたいのでしょう?

 形のない何かに急かされ、私はほんのわずかに前へと出ました。魔王さんにはここで待っているように言われたけれど、でも……。

 泣きじゃくる魔族の少女は、いやだと繰り返しながらこう叫びます。

「だってわたくし、まだ一度も魔王様に料理を食べてもらったことがないんですの……!」

 私は走り出していました。だからなんだと魔法を発動しようとする魔王さんの前に飛び込み、「待ってください」と青い目を見つめます。

「勇者さん、危ないのでどいてください」

「待ってください、魔王さん」

「なぜ待つのですか? この魔族はきみを殺そうとした。殺す理由はあれど、生かしておく理由はひとつもありません」

「だとしても、待ってほしいんです」

 訝しげな魔王さんの目。不満そうですが、私の言葉を待ってくれています。

「このひとは魔族で、私を殺そうとしたのも事実です。でも、魔王さんのことを大切に想っている気持ちも本物……だと思いました」

「それがどうかしましたか? ぼくにとってはどうでもいいことです」

「私は……、どうでもよくないと思いました」

「ぼくにとって一番大事なものはきみです。きみを傷つけようとした。それ以上の理由が必要ですか?」

 魔王さんはどこまでも真っ直ぐに言っていました。彼女の言い分は出会った時から何も変わっていません。

 ただひたすらに私を大切にしてくれている。痛いほどに。……だからこそ、私は止めたのです。

「大事なひとに見てほしい、呼んでほしいと願うことは、悪いことですか……?」

「いいえ。尊いことだと思いますよ」

「それなら――」

「ですが、だめなのです。譲れないのですよ、きみだけは」

 あまりに強い想いに、私は水を失った魚のように口を開いては閉じ、何も言えませんでした。

 どうしよう。どうしよう。魔王さんは私を守りたいだけ。それは理解しているつもりです。でも、だけど。

 魔王さんは私が離れるのを待っています。背後からは魔族の泣き声が聞こえ、私からは大きすぎる心臓の音が響いています。

 どうしよう。どうしよう……。

 迷いに迷い、私は最後につぶやきます。それは、私が走り出した理由でした。

「魔王さんだって、人間に料理を食べてほしくて待っていたじゃないですか」

「それは……」

「不器用なくせに、たくさんたくさん練習して、ずっと待っていたんでしょう。私は覚えていますよ。あなたが見せた、すごくうれしそうな顔を。あれは、長い長い間、待ち焦がれていたから出てきた表情じゃないんですか」

「…………ですが、ぼくはきみを」

「わ、わかっています。でも、このひとを見ていたら、魔王城で出会った時の魔王さんを思い出して、ええと、あの、だから……」

 あ、まずい。適切な言葉が見つかりません。たぶん、一番重要なところなのに、言うべきことが出てこない。己の浅い人生が悔しく思えました。喉まで出かかっているものを表現する言葉が私の中にないのです。ああ、どうしようもないですね。

「勇者さん」

「……はい」

「すみません。ぼくの強情のせいで苦しめてしまいましたね」

「いえ、あの……、そういうわけでは……」

「きみの伝えたいことはわかりました。ぼくのことを大事に想うひとのことを大事にしてほしい。違いますか?」

 言語化されてなお、私は自分が抱いた感情を完璧に理解できていませんでした。たぶん、そうなのだろう。その程度の納得しか生まれてこないのです。

 魔王さんは深いため息をついて魔法陣を消しました。失望や軽蔑、落胆によるものではありませんでした。

「はあ、せっかくのピクニック日和なのに、変な感じになっちゃいましたね」

 攻撃の意思がないことを示すように、両手をひらひらと振りました。そして、依然として泣き続ける魔族に人差し指を向けました。

「テリアス、いつまで泣いているのですか」

「まおっ、魔王様ぁぁぁぁぁぁ~~……。うええええええん」

「まったく、馬鹿なことを考えたものですね」

「だって、だってぇぇぇ、魔王様、全然魔王城に帰ってきてくださらないんですもの~~! わたくしはずっとぉっ、ずっとお待ちしておりましたのにっ……、ああああぁぁあ~~……」

 魔王さんはこどものように泣く魔族を眺め、私を見ました。

「すみません、騒がしくて。……って、どうしました?」

 おそらく、私がぽかんとしていたからでしょう。

「あの、前に言っていた『魔王城で勝手に働いている魔族』って、もしかして……」

「あぁ、そんなこと言いましたね。そうですよ。彼女のことです」

「そうなると、お知り合いということですよね」

「そうですね」

「…………」

「……あの?」

 魔王さんは不思議そうにこちらを見ます。いやいやいやいや、なに不思議そうな顔してんですか。初対面のひとに対する顔とか声とかそれとかそれでしたよね?

 知り合いに向ける殺意レベルですか、あれ。まじのやつでしたよね。

 仮にも面識のあるひとを、あそこまで本気で殺しにいくのですか。……いやまあ、私を殺されかけたからという理由があるのでしょうけれど、一切の躊躇いもありませんでした。まさしく魔王。世間で考えられている姿がそこにありました。

「……そういうことは、先に教えてくださいよ」

「どうせ殺すし、いいかなって」

「滅多に見ない魔王さんの魔王が今日だけでこんなにも……」

「うれしいですか?」

「うーん…………」

 私は首をひねり、考え、迷い、答えました。

「うれしくない」

「うれしくないかぁ」

お読みいただきありがとうございました。

前々から存在だけ登場していた魔王城の魔族、テリアスさんのご登場です。拍手でお迎えください。

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