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504.物語 ➁襲撃

本日もこんばんは。

なにやら不穏なサブタイ。

「くしゅん!」

 私はぶるりと身体を震わせ、両腕をさすりました。奥底から感じる冷たいものが全身を駆け巡り、妙に嫌な予感を抱きます。なんだろう、これ。風邪をひく前兆ってこんな感じでしたっけ。

「いけません、勇者さん。風邪ですか? ささ、あったかくしてください」

「平気です。今日は暖かいですし」

「そう言いながら体調を崩すのが勇者さんというものです」

「いやぁ、それほどでも」

「褒めてませんよ」

 いつもと同じように、いつもとは違う道を歩きながら、私たちはいつも通りの旅を続けていました。相変わらずくだらない会話をしていますが、それももう落ち着くといいますか。

「勇者さん、マフラー巻きますか?」

「暑すぎるのもよくないと思います」

 過保護にも程がある魔王さんもいつものことで。

「カイロありますよ」

 若干、うざったいところも彼女らしいです。

「今日はあたたかい料理を作りましょうね。何が食べたいですか?」

「……なんでも」

「メニューを指定してもよいのですよ?」

「うーん……。魔王さんの作る料理はどれもおいしいので、なんでもいいのです」

「う、うれじい~~~ずばばばばあべべべ~~!」

「何か特別な隠し味でも使っているのですか?」

「そうですねぇ。使っていますよ」

「では、それを使えば私も料理上手に?」

「なれるかもしてませんねぇ」

 私はぐいっと顔を近づけて「教えてください」と詰め寄ります。突然の距離に顔を赤らめた魔王さんは、あたふたしながら人差し指を立てました。

「愛情ですよっ」

「今日は空が青いなぁ」

「聞いて」

「あ、鳥が飛んでる」

「勇者さん」

「眠たくなってきちゃった」

「勇者さん~~~……」

 ずべずべ泣き始める魔王さん。

「歩きながら泣くなんて、魔王さんにしては器用じゃないですか」

「いやぁ、それほどでも」

「褒めてませんよ」

 今日も今日とて、目的地はありません。あてもなく歩いている私たちですが、そろそろ休憩したいところ。何か甘いものでも食べたいですが。

「あれ、入れておいたお菓子がありません。確かに買ったはずなんですけど……。ぼく、買ってきます」

「お店なんてありましたっけ」

「近くにはないので、飛んで行ってきます」

「長距離走ですか」

「飛ぶというのは、まんま飛ぶ方の意味です。飛行です。フライ魔王です」

「カツアゲはだめですよ」

「揚げ物じゃなくてですね。というか勇者さんのそれは、非行の方ですよね」

「飛ぶ魔王さんですから、まさしく」

「よく回る頭と口ですねぇ。周囲に家屋もなければ人間の気配もありません。雑魚魔物が出てくる可能性がありますので、身を隠して待っていてくださいね」

 魔王さんはふわりと浮くと、少し心配そうに眉をひそめました。

「知らない人にはついていかないように。落ちているものを口に入れない。ぼくが戻るまでここから動かないこと。あと――」

「私は幼児ですか」

「ぼくから見れば赤ちゃんです」

「やかましいですね。はやく行ってきてください」

 風になびく白い服と髪が妙に神々しく、道行く人が見たら腰を抜かしかねません。私は大剣を地に置き、木陰に座りました。ほら、赤ちゃんはここで待機していますよ。

「では、すぐ戻りますので」

「はい」

 滑らかに空へと飛び立った魔王さん。その姿をなんとなく目で追い、見えなくなったところで視線を地に落としました。

 深呼吸が外へとこぼれ、膝を抱えた私は限りなく存在を消します。

 誰もいない道の途中。木々が揺れる音と、鳥の鳴き声と、風が過ぎていく感覚。じっと息を潜めれば、私は自然に溶けてなくなる。命の気配を細く小さくして、誰にも何にも気づかれないように努めました。

 ここは箱庭ではない。そんなこと、もちろんわかっています。ですが、ひとりの時、ふとした時、こうすることはもはや癖のようなもので。

 私も少しだけ、安心というものを得られるような気がするので。

「あ、そうだ」

 安心といえば、と小さく丸まった私は、鞄の中からミソラを取り出して抱きしめました。ぬいぐるみの柔らかな頭に自分の顎を乗せ、ぼうっと思考を曖昧にさせます。寝るわけではありませんよ。眠くはありますけど。

 雑多な脳内を不透明にすることで、おそらくは無用な考え事を減らそうという魂胆です。こんな穏やかな日なのですし、どうせならゆっくりした方がいいと思いまして。

 魔王さんが戻るまで数十分くらいでしょうか。しばらく家や町を見ていませんから、店までは多少時間がかかるはずです。自然が豊かすぎて、出てくるのは野生動物か魔なるもの、もしくは道に迷って死んだ人間の残骸といった具合でしょうか。どれもいやだな。

 のんびりと息をし、ミソラのふわふわを味わっていると、時間の流れが緩やかになる気がしました。本来の流れから自分だけ切り離され、少し違うところで回っているような感覚。平和……というものなのでしょうか。私が詳しく知らないものだと思います。

 まあそんなこと、どうでもいいのでちょっとばかしお昼寝を――。

「…………っ!」

 飛び起きた私は、ミソラを片手に木の背後に隠れました。しまった、大剣がわずかに届かない位置です。けれど、動くには少し……いえ、かなり危険な気がします。

「……この殺気、どこから」

「あら、意外とすばしっこいんですわね」

 声は背後から聞こえました。

「……⁉」

 驚いて振り向くと、そこには冷酷な色を閉じ込めた赤い瞳の少女が立っていました。クリームのような淡い色の髪が頭の後ろでひとつに結ばれ、少女がこちらを睨みつけるのに呼応して揺れました。

 背丈は魔王さんくらい。見た目はただの少女ですが、私にはわかります。このひとは魔族だ。強さは……、たぶん超級はある。強い。

 なにより、私に向けられる冷たく鋭い殺気。呆れることですが、久々の感覚に私の体はびっくりしてしまったようです。前までは当たり前に感じていたものなのに、今はすくんで動けない。ミソラを抱きしめる手に力がこもり、震えている。

 はやくしないと殺されてしまう。私を殺すのは魔王さんだけなのだから、なんとか切り抜けなくては……。

 焦る脳内と冷や汗が流れる私とは裏腹に、魔族は冷ややかな視線を向けるだけで動きません。……一体、何を考えているのでしょう?

「ぬいぐるみなんか抱えちゃって、お可愛い勇者ですわね」

「…………」返答に迷い、沈黙を選びました。

「こんな子が魔王様のお気に入りだなんて、断じて許せませんわ。人間で、ましてや勇者。魔王様のお隣に最もいてはならない存在のくせに、なぜ一緒にいるの?」

 魔族は怒気をこめた声で訊いてきました。なぜ一緒にいるの、ですか。私も知りたいですよ。なぜ魔王さんがこんなにも私を大事にしてくれるのか。毎日毎日、飽きもせず凝りもせず『大好き』だの『かわいい』だの言ってくる魔王さん。鉄板の上のたいやきもさぞびっくりでしょうね。

「その黒い髪と赤い目。まるで魔族みたいですわ。もしかして、妙な力で魔王様をたぶらかしたんですの? 人間でも勇者は神から力を授けられると聞いたことがありますし、ありえない話ではありませんわね」

「……違います」思わず反論していました。

「なんですの?」

 否定されたからでしょうか。魔族は怒りを強め、私を再度睨みつけました。さらに濃く、痛みまで感じる殺気に、喉の奥から悲鳴のようなものがせり上がります。けれど、それを力ずくで押し込み、私と同じ赤い目を捉えます。

「旅に誘ってきたのは魔王さんです」

「それがほんとうだとしても、ただの気まぐれですわ。人間なんて一瞬で死ぬ弱い生き物。しかも勇者ですもの、きっと、すぐ殺せるよう手元に置いているだけですわ」

 この状況で、私はくすりと笑ってしまいました。彼女の言うことが正しいからです。そう、魔王さんが私の隣にいるのはすぐ殺せるように。私と結んだ約束を果たせるように。

「何がおかしいんですの?」

「魔族は人間をすぐ殺せるのに、あなたがまだ殺していないからです」

「だからですわ。すぐ殺せるから、まだ殺していないだけ。ほんとうは今すぐにでもバラバラにしたいところですけれど、実は前から少しお話をしたいと思っていましたの」

「私と?」

「えぇ、そうですわ。一体どういう了見で誇り高き魔王様と一緒に旅をしているのか。お隣にいるだけの理由があるのなら、それを知りたいと思っていましたの」

 私は彼女から視線を外すことができません。わずかでも逸らしたら殺される。なんとなくですが、そう感じているのです。置いた剣の位置を再確認することはできませんが、どのみち剣を取りに行く間に殺されるでしょう。とすれば、もう……。

 私はなるべく時間を稼ごうと、ゆっくりと言葉を紡ぎます。

「知りたいことは知れましたか?」

「そうですわね。わたくしから発せられる失望を感じとっているのなら、お前もわかっているのではなくて?」

 焦らず息をしなさい。だいじょうぶ。ミソラがいます。てのひらから感じる感触は私に安心をもたらすものです。だいじょうぶ。

 言い聞かせるように心の中で唱え、準備を進めます。

「お言葉ですが、あなたは魔王さんのことをいたく慕っている様子。それならば、魔王さんのお気に入りを殺したら、怒られてしまうのではありませんか?」

 こんな言葉で彼女が揺らぐとは思えませんでしたが、反応は予想外のものでした。

「怒る? 魔王様がわたくしを? ……ふふふっ、あははははは! なんてすてきなのでしょう!」

「…………」

「すばらしいですわ。魔王様がわたくしに怒りを抱き、罵るお言葉をくださるなんて、ああ、なんて羨ましいっ! 想像しただけで喜びに震えますわ。そう、そうですわね、お前に感謝しなくていけませんわ。だってお前のおかげで、わたくしは魔王様から叱られることができるのだから! あの瞳にわたくしが映り、あのお声でわたくしを咎める言葉を発する。その瞬間は、あの方のすべてがわたくしに向けられている!」

「…………」

 うっとりと手を組み、感激している魔族。言っていることはただのやべえ奴ですが、超級としての力は本物。勇者の力がけたたましく警告し続けています。

 これはだめだ。たぶん、何を言っても通じない。私が勇者であり、魔王さんの隣にいる限り、この魔族の殺意は収まらない。

「わたくし、礼節のない魔族ではありませんから、ちゃんとお礼を申し上げますわ」

「……そうですか」

「とはいっても、やはりお前に言うのは癪ですから――」

 魔族は恍惚とした表情のまま、唇に指を添えました。優美な動きで私に近づき、殺気をまとったまま耳元で囁きます。

「ぐちゃぐちゃになったお前の死体に向けて言いますわね」

お読みいただきありがとうございました。

勇者さんピンチ。

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