486.会話 ロウソクの話
本日もこんばんは。
ロウソクもあるし電気もあるしマッチもあるしライターもある、そんな世界。
「あまり顔を近づけると危ないですよ」
「そういうあなたはどこから顔を出しているのですか」
「ぼくは魔王なので、この程度の火はなんともなあちちちちちちち」
「燃え移っているじゃないですか」
「ぼくの髪がきめ細やかすぎてですね!」
「うるせえんですよ」
「勇者さんは一定の距離を保つようにしてください。火は強力ですよ」
「そうですね。今しがた目の前で強さを見たところですし」
「ロウソクをつけるような状況ではないと思いますが、気分ですか?」
「そんなところです」
「勇者さん、焚き火がお好きですもんね。まだ明るいですが、外で火を起こしますか?」
「いえ、火のゆらめきを見ているだけなので、ロウソクでだいじょうぶですよ」
「ぼくもゆらめきましょうか?」
「聞き間違いだとうれしいです」
「滑らかなダンスを披露しますよ」
「腰痛に悩む聖女様に見えます」
「最近、何をしていても腰が痛くて――って、違いますよ」
「ぎこちない動きですね。火を見習ってください」
「ここまで滑らかだと、もう生クリームになるしかありませんよ」
「そうですか。がんばってください」
「心がこもっていない声ですねぇ」
「私が心をこめて言った時がありましたか?」
「数回はあったと思いますが」
「そうでしたっけ? ところで魔王さん、私にすてきな案があるのですが、訊いてみませんか? それはそれはすてきな案ですよ。すてきなね」
「圧が凄まじいですね。聞きましょう」
「ロウソクで魔王さんのアホ毛を燃やしてもいいですか?」
「だめに決まってるじゃないですか」
「えー、ちょっとでいいから」
「ちょっと燃やすってなんですか?」
「お願いします。昔からの夢だったんです」
「昔っていつの話ですか」
「責任をもって供養しますから」
「供養」
「お願いしますよ。いますごく暇なんです」
「本音が」
「魔王さんのアホ毛を燃やして高笑いしたいんです!」
「こんなところで心をこめないでください」
「絶対おもしろいのに……」
「本気で残念がっているじゃないですか」
「たまには本気になった方が感情にいいかなって」
「たまの感情をここで使わないでください。もったいないです」
「はやくしないとロウソクが燃え尽きてしまいます」
「それに呼応して勇者さんのぐーたらレベルも上がっていますね」
「これが燃え尽き症候群」
「勇者さんにはそもそも燃えるような意欲も熱意もないでしょう」
「たったいまやる気が出てきましたよ。殺意の」
「勇者たるもの、魔王に殺意を抱くのは当然のことですよ」
「呼吸をしたら疲れました。もう何の感情もありません」
「貧弱ですねぇ。これだから人間は」
「私が言っていいものかわかりませんが、私と他の人間を一緒にしない方がいいかと」
「そうでしょうか? 人間の命は火のゆらめきのごとく儚いものですよ」
「ふー」
「なんで消すのですか?」
「命なんてこんなもんです」
「あまりに儚い……」
「ライターカチッとな」
「あまりに簡単な命ですね」
「替えはいくらでもいるんですよ」
「ずいぶん暗いですね。電気つけましょうか」
「おのれ文明の利器。ロウソクのプライドも知らないで」
「勇者さんは知っているのですか?」
「知りませんよ」
「あ、電気つけた」
「まんべんなく明るくできるので」
「あ、ロウソク消した」
「次にとっておこうと思いまして」
「情緒の欠片もありませんね」
「いつものことですよ」
「いつものことですね」
お読みいただきありがとうございました。
ロウソクのゆらめきダンス(腰痛付き)。
魔王「かわいいキャンドルホルダーを買いましょうか」
勇者「結構です。魔王さんに持ってもらえば不要ですから」
魔王「ぼくのことをなんだと思って」
勇者「魔王さん」
魔王「そうですけど」