463.会話 クレパスの話
本日もこんばんは。
一度はやったことがあるであろう、あの遊びのお話です。
「勇者さんにすてきなものをプレゼントします。これをどうぞ」
「正真正銘のダークマターだ」
「だいじょうぶですよ。ただの画用紙です」
「真っ黒」
「だいじょうぶですよ。クレパスで塗っただけです」
「私の目がおかしいのでしょうか。全面真っ黒なんですけど」
「ぼくの目にも真っ黒に見えます」
「よかったです。よくないですけど」
「つまようじをどうぞ」
「意味がわからない。全然わからない」
「お好きなようにひっかいてくださいな」
「魔王さんを?」
「猫ちゃんかな。違います。画用紙を、です」
「絵を描けばいいのですか?」
「そうですねぇ。お好きなようにやってみてくださいな」
「うさぎさんを描こう」
「いいと思います」
「こうして……、んん? 色が出てきました」
「ふふん」
「あ、すごいです。虹色ですよ、魔王さん」
「ふふん!」
「魔法ですか?」
「いいえ、黒スクラッチというものです。いろんな色で塗ったあと、上から黒色を被せ、つまようじなどの尖ったものでひっかくと、最初に塗った色が出てくるのですよ」
「へえ……。おもしろいですね」
「塗りつぶすだけならぼくにもできますから」
「そうですね。そうですね」
「二回言った」
「いよいよ魔王さんの気がちゃんと狂ったのかと思いましたよ」
「ちゃんとってなんですか、ちゃんとって」
「全面真っ黒な画用紙を見せて『勇者さんです』と言われたらどうしようかと」
「ほんとうは一緒にクレパスでお絵描きをしようと思ったのですが、てへ」
「最後の一言で計画がなぜ変更されたのか、よくわかりました」
「ぼくもびっくりの暗黒物質ができあがりましてね」
「これ以上の?」
「それはもう深淵を切り取ったかのような」
「こわい」
「ぼくも自分が魔王であることを再確認しました」
「そんなことで再確認されても」
「背筋を走る悪寒、流れる冷や汗、止まらない震え。こうして『見ると呪われる絵』が生まれていくのだろうと理解しましたよ」
「ご自分で描いておいて」
「ああいったものは、描いたひとも死ぬから噂ばかり広まるのですよ」
「なんだろうな、この妙な納得感は」
「ぼくは死にませんけどね」
「こうして呪いの絵が量産されていくのでしょう」
「そうですね。そうじゃないんですよ。泣いちゃいますよ」
「完成しました。大きな鳥に乗って空を飛ぶうさぎさんです」
「すてき過ぎて涙が止まらない~~~~~‼」
「見ると泣く絵になってしまった」
「虹色なのがまた、希望を感じられて、ぼくはもう、感動しちゃってぇぇぇ」
「この世界に希望などありません」
「発言には気をつけてください」
「何か問題でも?」
「きみ、勇者なんですよ」
「勇者たる者、正しく世界の在り方を説くべきです」
「時には吐くべき嘘もあると思いますよ」
「あまりに絵が壊滅的だったので塗りつぶして誤魔化しましたって?」
「それは嘘ではなく、ただの事実ですね」
「暗闇の中にも希望はある」
「あ、いいですよ。その調子です」
「でも、わずかに見えた光も、その周りには絶えず闇が潜んでいる」
「ぼくが全部ひっかきますからぁ!」
「つまようじでは無理があるかと」
「こちらに百本セットが」
「そんなにあったんだ」
「これを輪ゴムでまとめ、おりゃおりゃおりゃおりゃーっとすれば闇は消えます」
「私が描いたうさぎさんも消えますが」
「それは額縁に入れるので、もう一枚闇画用紙を作ってきますね」
「目的が変わっていますよ」
お読みいただきありがとうございました。
黒スクラッチという名前、このSSを書かなければ知ることはありませんでした。これが人生。
魔王「真っ黒画用紙、何枚でも作りますから言ってくださいね」
勇者「水を得た魚のようですね」
魔王「芸術系でぼくが役に立つことなんてありませんから!」
勇者「目を輝かせて言うことではない」