45.会話 温泉の話
本日もこんばんは。
温泉行きたいなと思って書きました。ごゆっくりどうぞ。
ちなみにちゃんと健全です。ご安心を。
「こっ、これは……! 天然の温泉ですよー! わあああああい!」
「魔王さんのテンションの高さについていけない勇者です、こんばんは」
「誰に御挨拶しているんですか。温泉ですよ、温泉!」
「温泉ってなんですか」
「えーっと、温泉の説明……。とりあえず最高なんです。入ればわかります」
「なるほど。えいやっ」
「足湯じゃなくて、お風呂のように入るんですよ。全身で味わうんです」
「えっ、外ですよ。丸見えじゃないですか」
「他に人はいませんし、平気ですって」
「いや、魔王さんがいますし」
「いつも一緒にお風呂入っているじゃないですか」
「あなたが勝手に入ってくるだけです。私は決して認めていません」
「まあまあまあまあまあまあ、せっかくの温泉ですし。ね!」
「長い。仕切りっぽい岩があるので、そこで二分しましょう。奥が魔王さん、手前が私」
「む~。いいでしょう。れっつ、ニューヨーク!」
「……おお、かなりいいですね。外でお風呂というのも悪くないです」
「温度もちょうどいいですねぇ。これは溶けますぅ」
「湯気が姿を隠してくれるのもうれしいです。全年齢補正ぱぅわぁー……」
「勇者さーん。いまどんな顔していますか~?」
「なにを意図した質問なんです、それ」
「背中を向けているのでお顔が見えないんです。さみしいです~」
「どんな顔……。自分じゃわかりませんよ」
「見ていいですか?」
「いやです」
「こんにちはっ!」
「うわぁ! どっ、どこから……っていうか、仕切りをまたぐな!」
「いいじゃないですか、今さらですよ」
「うるせえんですよ。乙女の裸を見た罪は重いですよ」
「ええ~。温泉なんですし、それくらい――」
「見て気持ちのいいものじゃないでしょう」
「…………。勇者さんがいやなら、ぼくは戻りますよ」
「…………はあ。ま、今さらですね。お好きになさってください」
「では、お隣にいます」
「……そうですか。えいやっ」
「うわぷっ! おぼ、ぼぼぼぼぼ溺れる溺れます!」
「不老不死だからいいでしょう」
「ほんっ、ほんとにあの、温泉熱い! 水責めよりきつい。意外な発見」
「……ふふっ」
「なんでぼくを温泉に沈めるんですかぁ。勇者さんの情緒がわかりませんよう」
「はい、もういいですよ」
「なんですかも~。髪がぼさぼさ……というか、べしょべしょです。って、なんだかご機嫌ですね?」
「温泉が気持ちいいからです。他に理由はありません」
「気に入っていただけましたか。なによりです。あ、勇者さん。温泉といえばとびっきりのグルメがありますよ」
「聞きましょう」
「おお……。勇者さん自らぼくのそばに……じゃなくて、これです、じゃーん!」
「たまご……ですか?」
「温泉たまごを作りましょう。天然の温泉ですので、この辺に温度の高い場所が――っと、ありました。そこにたまごを設置して、しばらく待ちます」
「数分後」
「一秒も経っていませんよ。セルフ時間経過で温泉たまごは完成しません。のんびりしながら待ちましょう」
「むぅ……。なんというか、たまごも温泉に入るんですね」
「入るというか、強制温泉責めといいますか。さて、そろそろです。お皿に割って、はいどうぞ。熱いのでお気をつけて」
「なんというか、進化中にBボタンを押されたようなたまごですね」
「的確な例えですね。でも、味はおいしいですよ。塩、マヨネーズも準備してあります」
「……これは、また……。美味ですね……」
「そうでしょうそうでしょう~。口の中でとろけるたまごの半熟感がたまりません」
「温泉を舐めていました。謝らなくては」
「すっかり温泉のとりこですねぇ」
「……ちょっと物足りないですね」
「もっと食べますか? では追加で茹で――、あの、勇者さん」
「じい…………」
「なんでぼくを見ているんですか」
「さきほど、温泉責めをすると、とろとろになると知ったもので」
「たまごが、ですよ。間違っても人にやってはいけませんよ」
「魔王さんは人じゃないでしょうに」
「そうですけど。言葉の綾というものがありまして」
「これ、持ってください」
「生卵ですね」
「れっつ、ニューヨークです」
「温泉魔王にする気ですか」
「とろとろになったら完成です」
「のぼせろってことですか?」
「とろとろになってもおいしくない魔王さんって、つまりたまご以下ですか」
「たまご以下」
「たまごのこと、先輩って呼んだ方がいいんじゃないですか」
「たまご先輩」
「先輩に挨拶する感じで」
「こんにちは、たまご先ぱ――むぐあ!」
「お、お辞儀で温泉に顔を突っ込んで……ふふっ……」
「してやられました。さすが勇者さん、策士ですね……」
「これしきのことで策士とは、孔明も泣きますよ。呆れて」
「泣いちゃう人には温泉たまごをプレゼントしましょう。おいしくてどうでもよくなりますよ」
「脳までとろけるくらいですからね」
「そうなんですか?」
「ご自分の行動を振り返ってみてください」
「振り返る……」
「後ろをではなくて」
「ああ、いけません。頭が働いていない気配がします……」
「脳みその機能を停止している私ですらそう思います。だいじょうぶですか?」
「うーん、温泉があったかいことしかわかりません」
「まさかこのお湯、なにかアブナイものが溶け込んでいるんじゃないでしょうね」
「だいじょうぶですよ~。そんなアブナイ温泉なら、人は寄って来ませんから」
「だから貸し切りなんですか」
「へっ?」
「……まあ、いいや。あと、魔王さんがポンコツ化した理由わかりましたよ」
「なんですか? あ、温泉たまごできましたよ~。どうぞ」
「ありがとうございます。原因はこれですね」
「温泉たまご……ですか?」
「温泉たまごを作るには、ある程度の温度が必要なんですよね」
「はい。だいたい七十度くらいがいいそうです」
「なるほど、とろとろになるわけです」
お読みいただきありがとうございました。
野湯には危険な場所もあるのでお気を付けください。硫化水素ガスとか。
魔王「一応、言っておきますが、ぼくがいない時に勝手に野湯に入っちゃダメですからね」
勇者「混浴過激派ですか?」
魔王「ち、違います。危険な物質が混入している場合もあるからです。って、なにしてるんです?」
勇者「毒を入れようかと。皮膚から吸収させれば少しは効くかなーって」
魔王「自分が入ったまま入れるなー‼ せめてぼくだけの時にしてくださいよ‼」
勇者「叱りながら出る気配のない魔王さん、おもしろいなぁ」




