439.会話 無駄遣いの話
本日もこんばんは。
無駄だと思わなければ無駄遣いなど発生しません。力こそパワーです。
「魔王さん、私に着せたい使いたい食べさせたいあれやこれやを買うのは無駄遣いです」
「無駄ではありません。これらは全て必要なものです」
「いつ使うかもわからない物が一体どれだけあるのですか」
「いつか使うかもしれないので問題ありません」
「そう言って使わなかった物がごまんとあるでしょう」
「今日使うかもしれません」
「今日はもう残り一時間ですよ」
「寝る時間ですねぇ」
「寝かせませんよ」
「ゆ、勇者さんったら大胆なことを……!」
「ポシェットから溢れ出した魔王さんの私物が片付くまでは絶対に寝かさない」
「どきどきしますね!」
「正座」
「はい」
「魔王さんがご自分のお金で何を買おうがあなたの自由です。でも、限度というものはありますよね。ご存知ですか? 限度という言葉を」
「圧がすごい」
「すでに衣食住が整っている私は、これ以上望んでいません」
「望んでください。ぼくはありとあらゆるものを与えたいです」
「……リボンはちょっとほしい」
「素直! はいどうぞ金貨――」
「とはいえ、服は数着あればじゅうぶんですし、食べ物も必要な時に買えば足りますよ」
「いろんな服を着てほしいんですよう。ポシェットに入れてあるのは基本的に保存食ですし、ある程度の期間は保ちます。ほら、何も問題ありませんよね!」
「保存食、食べたことありましたっけ」
「そりゃあ、もちろんあり――ましたっけ?」
「数回はありましたね」
「そうですね。数回……ですね」
「捨てた方が多いんじゃないですか?」
「期限が来る前に人々に配布していますよ」
「私の知らないところで勇者の善行を増やさないでください」
「たくさんの人に感謝されました。勇者さんが褒められてぼくも鼻が高いですよ」
「私は何もしていませんけどね」
「そういうわけで、保存食も無駄遣いではありませんね」
「この服とか靴とか装飾品とか、いつ買ったんですか」
「行く先々で気に入ったものをそぉいって買っています」
「いくら使ってきたんだろう……」
「値段を見たことはありません」
「すてきな笑顔でめちゃ腹立つこと言うじゃないですか」
「いやぁ、えへへ」
「一度も見たことのないものばかりです」
「買ってすぐ仕舞ったままですからねぇ」
「私に言う権利はありませんが、使わないともったいないのではないでしょうか」
「だいじょうぶですよ。いつか絶対に勇者さんに着せますから」
「え、いやだ……」
「こうしている間も勇者さんに似合いそうな服や靴やあれやそれやが増えていきます」
「ここ、宿の部屋ですけど」
「もうそろそろ――あ、来たようです」
「ノック?」
「待ってましたありがとうございます~。さてさて、来ましたよ、勇者さん!」
「なんですか、その箱。ていうか、何時だと思ってんですか」
「事前に注文しておいた服と服と服と服です」
「服ばかりじゃないですか」
「これは太陽の光が降り注ぐ夏の海、寄せ波に足首をぬらして笑う勇者さんにぴったりの服。これは春の木陰でお昼寝している時、ふと目を覚ました勇者さんが寝ぼけまなこのままぼくに微笑むお姿にふさわしい服。これは――」
「シチュエーションが細かいな?」
「願わくば、場面ごとに着替えていただきたいです」
「めんどくさっ」
「勇者さんと旅をしている時、ぼくは勝手に脳内で着せ替えたりしています」
「知らない方がよかった情報を得てしまった」
「きみが着なくとも、実物を得ることで妄想――じゃなくてイメージが鮮明になります」
「妄想の方が正しい表現じゃないですかね」
「つまり、こうして物をゲットすることは何も無駄ではないのですよ」
「……自分のものを買ってくださいよ」
「勇者さんに関わるものは全てぼくの幸せに帰結するのでつまるところ自分のものです」
「乱暴な考えですね」
「もし気になるようでしたら、ぜひこの服を着ていただきたく。夜も深まった頃、ふかふかのベッドに腰かけながら穏やかな時間を過ごしている勇者さんの服です」
「いま、私を見ながら言いましたよね?」
お読みいただきありがとうございました。
ポシェットの中を想像して考えることをやめた勇者さん。
魔王「勇者さんはなんでも似合うと思うので買い物が止まりません~」
勇者「総額がおそろしいことになっていそうです」
魔王「そうでもありません。まだ国が買える程度ですよ」
勇者「ならよかったです。……えっ?」