41.会話 花見の話
本日もこんばんは。
季節を間違えました。心の目で桜を想像しながらお読みくださいませ。
「おお~! 満開ですよ、勇者さん!」
「桃色の花をつけた木々が連なっていますね」
「いやに説明口調ですね。勇者さん、あの花の名前はご存じですか?」
「染井吉野さんです」
「いや、誰ですか。めちゃくちゃ渋そうなおじさまの名前みたいな」
「染井おじさまをご存じでない⁉ 魔王さんともあろう方が、なんてことを……」
「すみません、どなたですか?」
「さあ、知りません。人間に興味ないので」
「切り替えの早さが異常なんですよね」
「失礼しました。ソメイヨシノですね。さっき通りすがりの親子連れが言っていました」
「その言い方ですと、桜を見るのは初めてですか? 春の風物詩ですよ」
「こうも辺り一面桃色に埋め尽くされていると、青色や灰色が恋しくなりますね」
「勇者さんの好きな色ではありませんもんね。でも、きれいでしょう?」
「まあ……、そうですね。こういうのをきれいと言うのでしょう」
「勇者さんにいい事教えてあげましょうか。花がきれいに咲くと、お花見という行事をするんですよ」
「お花見、ですか。花を見るならいつでもできそうですが」
「いえいえ、お花を見ながらご馳走を食べるんですよ!」
「なんですって⁉」
「食いつきがすごい」
「詳しくお聞かせください」
「そのまんまですよ。せっかくですし、ぼくたちもお花見しましょうか」
「というわけで、買ってきました。ご馳走です。ご馳走ですよ、魔王さん!」
「うれしそうですねぇ。ぼくもうれしいです。桜の下にシートを広げて、ご馳走を置いて、完璧です! れっつぱーてぃーです~」
「むごもごごもががもぐまぐぐも」
「なんて? 食べながら……というより、口に入れたまま喋ってもわかりませんよ」
「………………」
「飲み込んだら喋ってもいいんですよ?」
「お花見最高ですね。毎日お花見したいです」
「花より団子ですねぇ」
「食べているのは焼き鳥ですが」
「ふふふ。あ、これおいしいです。にしてもここ、いいですね。他に人もいなくて静かですし」
「お花見というのはメジャーな行事なんですね。人の数がすごいです。魔王さんがこの場所を見つけてくれなかったら、ご馳走だけ買って退散していました」
「ぼくたちは人混みに行きにくいですからね。ところで勇者さん」
「ふぁい? なんれふか?」
「有名な噂があるんですが、ご存じでしょうか。『桜の木の下には死体が埋まっている』という、こわーい噂」
「死体ですか。わざわざ人の来る桜の木の下に埋める理由がわかりません。人気のない山奥に埋めるべきでは?」
「犯人の思考に助言しなくていいんですよ。この噂はですね、桜の木は死体から栄養を吸って花を咲かせるという都市伝説からきているんですよ」
「死体から栄養ですか。それこそ、生きた人間の方が栄養があると思うんですけど」
「たしかにそうですけど、死体の方がホラーチックでしょう?」
「人を殺めて埋める労力と花見の恩恵が釣り合わない気がします」
「現実的なことおっしゃる」
「それより、お花見に来た生き人間からエネルギーを吸い取った方が効率的ですよ」
「生き人間て」
「私が桜ならそうしますね。花が咲けば勝手に人間が寄ってくるんでしょう? 動かずとも冬眠用の木の実が集まってくるようなものです」
「勇者さんって人間ですよね?」
「様々な視点を持つことは大切です」
「うまくまとめた……。そしていつの間にかご馳走が消えた……」
「ご馳走は買ってこないと勝手に増えません……。はあ、買ってきますね」
「まだ食べるんですか」
「たくさん食べて生気を蓄え、桜の木に吸わせるんですよ」
「吸わせちゃうんですか」
「さらに華やかに咲いていただき、さらに豪華なご馳走を買うのです。それを繰り返し、いつか一面ご馳走の山にするのです……。ふふふふふふ」
「花より団子レベルMAXみたいな思考ですね」
「それじゃ、私は追加分を買ってくるので少し待っていてください」
「いえ、ぼくも行きますよ」
「自分で持てる分しか買いませんよ?」
「ここは桜の名所。つまり、勇者さんの論で言えば生気を吸われる場所です」
「私の論は感想みたいなものですけどね」
「勇者さんをひとりで行かせたら、帰ってこないかもしれませんから」
「まさか迷子の心配ですか」
「いいえ、きみが桜になってしまう心配ですよ」
お読みいただきありがとうございました。
桜の木を見ると掘り起こしたくなりますよね。
勇者「ずっと咲いていればいいのに。エブリイお花見できます」
魔王「花を咲かせている時間が限られているからこそ、儚くて美しいのですよ」
勇者「食べたらなくなってしまうごちそうも儚い……」
魔王「それはちょっと……違うような」




