400.物語 エピローグ
本日もこんばんは。
ほぼ会話しているだけのエピローグです。のんびりどうぞ。
リュミエンセルから最も近いハイドアウトにて。
私たちの前には床に頭をこすりつけて謝罪するのはコレットさんがいます。かれこれ一時間ほどこの状態でした。
「ほんどうにごめんなざいぃぃぃぃぃぃ! 私、まんまと敵の魔法にかかって、みなさんを危険な目に遭わせ、遭わせぇぇぇぇぇ!」
「みんな無事だったのですから、もうだいじょうぶですよ」
「勇者様ぁぁぁぁぁぁ!」
「そろそろ泣き止んでくださいね……」
ぎゃんぎゃん泣くコレットさんをどうしようかと考えていると、私の背後からひょこっと顔を出したルゥ。
「だいじょうぶ?」
「ルーチェさんもご無事でなによりですぅぅぅぅ! 私、今回役立たずで、役立たずでっ……!」
「絵本でも読んだことないシーンだった! ルゥ、ちょっとどきどきしちゃったよ」
「い、いい子……! いい子ですねぇぇぇぇぇぇ!」
もはや何にでも泣くコレットさんを見て、かわいらしく小首を傾げるルゥ。
彼女はリュミエンセルを出てからずっと私のそばを離れようとしません。
遠慮がちに服を掴み、新鮮な外の世界に興奮しつつも警戒しているようでした。
「王子様……」
少し不安そうなルゥに「だいじょうぶですよ」と微笑みかけます。
「サヨちゃんのこと『王子様』って呼ぶんだねぇ」
「……うん。ルゥの王子様なの」
「サヨちゃんのこと好き?」
「うんっ!」
「わたしも! いえーい!」
「いえーい!」
パッと表情を明るくしてアナスタシアとハイタッチするルゥ。
おや、これはいい二人ですね。ルゥの世界が広がること。それは人の繋がりという意味もあるはずです。
同じ魔女同士、わかることもあるでしょう。
「すっかり勇者さんに懐いているようですが、ルーチェさんの今後はどうするつもりですか」
「彼女は我々ノスタルジア魔法学院が保護する予定だ。もちろん、安全は保障するよ」
「だいじょうぶですか? だって彼女は五――ええと、かなり素質のある人です。周囲と馴染めない可能性も考えられますが」
「あ、それはわたしも思いました」
手を挙げて賛同するアナスタシア。
「ルーチェちゃん、今まで出会った魔法使いとはちょっと違うっていうか、なんていうか、とにかく配慮してあげるべきだと思うんです」
「もちろんそのつもりだよ。だいじょうぶ。彼女の自由を縛るようなことはしない。生きる力をつけ、技術を高め、彼女の望む未来のためにサポートするだけさ。とはいえ、彼女がイエスと言えばだけど」
ぴょんぴょんと近寄ってきたラパンさんにびっくりしたルゥは、慌てて私の背中に隠れました。
もふもふの手で差し出されたのは一通の手紙。
「これはノスタルジア魔法学院への招待状だ。受け取ればあとは僕たちが責任をもって彼女を学院まで連れていき、相応の教育の場を約束しよう」
「がくいん……?」
「お勉強をするところですよ。ええと……私も詳しくはわからないのですけど」
「王子様も一緒?」
「私は……」
頷くことはできませんでした。私は一緒に行くことができない。目的地のない旅ゆえ、ノスタルジアまでついていくことは可能かもしれませんが、私は……。
「君にはこれを」
もふもふの手は何やらきらりと光る物を手渡しました。
「バッジだよ。ハイドアウト認証バッジ。それがあれば、ハイドアウトの利用もできるしノスタルジア魔法学院へ入ることもできる。君は今日からハイドアウト構成員のひとりということだね」
いうことだねって……。なんですか、突然。
たしかに私は魔法が使えますが魔女ではありませんよ。たいして強くもないのに認証されても困ります。
「勇者よ、改めて君にお願いがある」
「なんですか?」
「勇者として、世界の迷える魔法使いや魔女、そして何らかの理由で迫害され生きる場所のない人たちを学院に招待してほしい」
「招待……」
「君たちはいつも通り旅をして、出会った人が居場所を求めていたら招待状を渡してほしいんだ。どうだろう、引き受けてくれるかい?」
旅の道中で出会う人々。彼らに招待状を渡すだけなら私でもできますよね。
たった一通の招待状で誰かが救われるなら……。
ルゥのような子をひとりでも減らせるのなら、私は……。
「……はい。私でよければ」
「ありがとう。では、バッジを受け取っておくれ」
小さくもうつくしいバッジ。どこに仕舞うか迷いましたが、懐中時計の中に入れることにしました。
バッジは魔王さんにも渡され、「いいんですかね、これ」と訝しげにそれを眺めていました。
「きみのご主人様に怒られても知りませんよ」
「構わない。その主が渡すように言ってきたのだから」
「なんとまあ。……おもしろそうな人じゃないですか」
「いずれ会いにおいで。主も会いたがっていたからね」
「気が向いたらお伺いしますよ」
ラパンさんはルゥに向き直り、
「これで勇者――王子様はいつでも君に会いに来ることができる。もちろん、年齢や事情を考慮して専属の教育係をつけるから、ひとりぼっちで寂しいようにはさせないよ」
「……うん」
まだ不安そうなルゥは、私とラパンさんを交互に見て、
「……わかった。ルゥ、お勉強する」
ひとり、ぽつんと離れて立ちました。
「いっぱいお勉強して王子様を守れるくらいに強くなるね!」
「ルゥ……」
彼女に声をかけようとした時。
「私も学院で学び直しますっ!」
勢いよく手を挙げたのは傷心していたコレットさん。
「今回の件でわかりました。私はまだまだ未熟者……。もっと知識を蓄え、人々を救う魔女になれるよう、学院でビシバシ鍛えてもらいます!」
「そうかい。ルーチェ、このお姉さんも一緒に来るそうだよ」
「王子様ではありませんが仲良くしましょう!」
「今は変なテンションだけど、普段は穏やかな子だから安心しておくれ」
「……?」
よくわかっていない様子で微笑むルゥ。
「私、自分を律するために近くの魔物でも倒してこようかな……」
うなだれるコレットさんの言葉を聞いて、ふと思い出しました。
そういえば、魔族も魔物も全然出てきませんでしたね。いえ、いいことなんですけど、思い返せば夜も人間たちが普通に外出していました。あれぇ……?
私の疑問を察したのか、魔王さんは「調査するべきことは多いですね」とつぶやきます。
私の困惑をよそに、ルゥの今後が決まったところで、ずっと消化不良という顔をしていたアナスタシアが口を開きました。
ルゥはコレットさんに連れられて学院の説明を受けに別室に行っています。
「ひとつ質問があるんですが」
「なんだい?」
「今回のルーチェちゃん救出任務、たしかに大変でしたけど、師匠ならひとりでも完遂できましたよね? ラビサスの形態を駆使すれば余裕だと思うんです」
「ふむ」
「それに、サヨちゃんとセットでいるこのなんちゃって魔王も」
「なんですかその呼び方。指をささない」
「城壁の撃墜部隊を攻撃した時とかさ、完全に魔王の力じゃん。あなたなら儀式を待たずとも地下水路の時点でルーチェちゃんを助けられたと思うんだよね」
「…………」
「それは肯定ってことでいいの?」
「……ぼくにもいろいろ事情はありますが、今回に関してはきみの言う通りですよ」
魔王さんは私に向かって頭を下げました。
「黙っていてごめんなさい」
「なにをです?」
「ルーチェさん救出任務はただの任務ではなかったのです」
そして語られたのは、任務の裏に隠されたほんとうの目的でした。
魔王さん曰く、今回の任務は勇者……つまり私の力を試す試験だったらしいのです。
それを計画したのはアナスタシアの師匠、ラパンさん。
彼は、アナスタシアが入れ込む『サヨ』にどれだけの力があるか知りたかったのだそうです。加えて、彼女から事前に聞いていた私の性格に懸念を抱き、いくつかの考えに決断を下すための判断材料を得たかった。
魔王さんはこのことを事前に訊き、私に過度な危険が及ばない範囲で協力することに同意したそうです。
ちなみに、処刑台から落ちた時のことはこの後で散々謝られました。
サヨの力になることを目的に世界を見ることや学院で学ぶことを求めるアナスタシア。彼女を指導するうえで精神の安定をもたらすサヨがどのような人物であるか、アナスタシアの手綱に相応しいかどうか、それを見極めたかった。
コレットさんには裏の目的は知らされていなかったようです。
知り合ったばかりの人と協力できるか否か。
アナスタシアとの関係。
任務に対する姿勢。これは勇者としての姿勢を見るためにも利用したそうです。
最後に、ルーチェを救うことにどれだけ力を注げられるか。
勇者の姿勢と似通う部分はありますが、こちらは『最も重要なこと』だとラパンさんは言いました。
「これはね、ユウ。感情や意思を持つ者としてのことを言っているんだよ」
勇者も魔王も魔女も関係なく、見ず知らずの誰かを助けようと必死になれるか否か。
それが何よりも大切なことであると真っ直ぐに言ったのです。
以上のことを踏まえ、結果はあのバッジ。
私はラパンさんに認められたのでした。
けれど、そうであるならばこのバッジは持っているべきではない。
私はラパンさんが認めたような人ではないのだから。
結局、ルゥが助かったからすべて丸く収まったように感じられますが、私はむしろ迷惑をかけた方です。アナスタシアがいなければルゥは救えなかった。
彼女も「ちょっと行き当たりばったり過ぎない?」と眉をひそめました。
「人の命がかかってたんですよ? それを試験にするのは不謹慎だと思います、師匠」
「うん。君の言うことは最もだ。それについては謝罪する。すまなかった」
「ルーチェちゃんが無事だからいいものの、もしケガしたり傷を負ったりしたら意味がありません」
「ほんとうにその通りだよ」
「魔王ちゃんも知ってて黙ってたんだよね。なんで賛同したの?」
「すみません、今は事情があったとしか」
目を伏せつつもそれ以上言おうとしない魔王さんに、アナスタシアはむっとした表情で私のそばにやってきました。
……なんぞや?
「魔王ちゃんが言えないことって、地下水路でサヨちゃんがいなくなった時に師匠が『心配いらない』って言った理由と何か関係ある?」
アナスタシアはさらに頬を膨らませました。
「師匠、結局理由を説明してくれなかったし」
「いやはや、すまないね」
「話したくないことや話すと色々支障が出ることがあるのは理解できます。つまり、ふたりが隠していることはわたしかサヨちゃん、もしくは両方に関係があるってことですよね」
「私にも……?」
こくりと頷いた彼女は、私を守るようにふたりの前に立ちました。
「わたしはいいよ。でも、サヨちゃんに危険が及ぶようなことは許さない」
「勘違いしないでください。そんなこと、ぼくが一番許しませんよ」
「一番はわたし!」
「ぼくです!」
あ、また始まった。私は長くなりそうな気配を察知し、おずおずと手を挙げました。
「今じゃなくても構わないので、あなた方が口をつぐむことをいつか教えてください」
「勇者さん……」
「もしそれがアナスタシアに関係のあることなら、私も知っておきたいと思……って、あ、あの変な意味ではなく、それでアナスタシアが傷つくのは嫌だと思っただけで、私のことはどうでもいいので……」
「サヨちゃんは大事!」
「でも、私は……」
「大事だよ、すっごく!」
「…………わかり、ました」
私たちをじっと見ていたラパンさんは「懸念事項はまだあるようだね」と耳を伸ばし、「ともあれ、任務は成功。みんな、お疲れ様」と、きゅーとな仕草で労ってくれました。
「化けの皮を剝がしましょうか」
「やめておくれよ」
魔王さんに耳を掴まれるラパンさん。なんだかんだで仲が良さそうですよね、このふたり。
その後のこともお話しましょう。
私たちは二日間、ハイドアウトにて旅支度を整えたりルゥとの時間を過ごしたりしました。
その間に別のハイドアウトから派遣された事後処理部隊により、リュミエンセルの全貌が明らかになりました。
構成員がリュミエンセルに向かったのは私たちが脱出した一時間後。
「やけに早いですね。まるで最初から準備してあったみたいに」
魔王さんが冷ややかに言ったのでよく覚えています。
もとより別計画が動いていたのですから、その速さにも頷けてしまいますが。
「ルーチェを九年間地下神殿に閉じ込めていた仮面の女クオンは、ルーチェを利用してリュミエンセルの征服を企んだ。理由は復讐だそうだ」
彼女はリュミエンセル出身であり、かつて魔女であることを理由にひどい迫害を受け、処刑されそうになったところを命からがら逃げ出したのだと。
彼女に行われた迫害の内容は伏せられましたが、ただれた顔を考えるにひどいことをされたのでしょう。
逃げた彼女は名前を棄て、放浪し、やがてある計画を立てた。それこそがリュミエンセル征服計画。
彼らが信仰する光の神とやらを自らの手で降臨させ、国を操る存在になろうとした。
「ルーチェちゃんってリュミエンセル出身じゃないんですよね。どこから来たんですか?」
アナスタシアの問いに、ラパンさんは首を横に振りました。
「遠い国から攫ってきたらしい。光の神を偽れる何かを探していたクオンはある時訪れた国で騒ぎに遭遇したそうでね。その騒ぎに紛れて見つけた赤子が光属性の魔女だと気づき、その子を攫って国を出た」
「ひどい話……」
つぶやきつつも、アナスタシアは驚いた様子もなくラパンさんの話を聞いています。
「……あの、その国の名前ってわかりますか」
「いや、クオンも覚えていなかった」
「そうですか……」
思わず訊いてしまった。けれど、結局可能性が残るだけでした。
「ルーチェを手に入れたクオンは彼女を光の神にすべく行動に移った。時間をかけてクオンの魔法を国中に浸透させ、すべての人間の用意が整ったところで儀式と称しルーチェを民衆の前で殺す。その行動により、彼女の幻惑は確定的なものになる予定だったみたいだね」
幻惑。それはクオンの魔法。
ハイドアウト構成員による調査の結果、彼女は火属性の魔女であり、操作魔法カテゴリ精神だと判明したそうです。
魔力量の多くない彼女が国全体に幻惑を広げるには時間がかかり、準備が整ったのが九年後、つまり私たちが訪れた時だったと。
水路を出た時に嗅いだ匂いは幻惑の魔法だろうとラパンさんは言いました。あれを吸うことでじわりじわりと侵されていき、自分でもわからないうちに思考が惑わされていく。
とても強く、抵抗できない魔法のように思いますが弱点はあるそうです。
まず、術者より格上の相手には効果が薄い場合や効かない場合があること。
次に、それが幻惑だと気づかれると解かれたり効果が薄まったりすること。
完全に幻惑に堕ちる前に何らかの強い事象があると魔法が解ける可能性があること。
術者の魔力量や素質によって効果が出るまで時間がかかること。
他にもまだまだあると挙げてくれたラパンさんは、「とはいえ、かかると怖い魔法であることは確かだよ」と閉まる扉を見ました。
あの向こうにはコレットさんとルゥがいます。コレットさんはルゥに学院のことを丁寧に教え、不安を少しでも減らそうとしてくれているようでした。優しい人でよかった。
「自分が弱くても強い相手を幻惑に堕として命令すれば、それは強いことになるだろう? 現に、処刑台の上で君たちはコレットの魔法で危機に瀕したわけだから」
「ほんっと、時間停止なんて反則だよぅ……」
「ぼくからしたらきみの方が反則みたいなものですよ」
「どーゆー意味~? ていうか、魔王ちゃんにだけは言われたくないんだけど」
「胸に手を当てて考えてみてください」
「その絶壁に?」
「ご自分の! 胸!」
すぐケンカを始めるふたりをよそにラパンさんは話を続けました。
クオンは地下水路調査を行うコレットさんに気づいたようですが、固有魔法が時間停止であることを見抜き放置。どうせ幻惑にかかると思っていたら仲間を増やしてきたので対応を考えることになりましたが、コレットさんに幻惑が浸透していることを感じてさらに放置。狙いがルーチェであることはわかっていたので、儀式の際に民衆を操り、コレットさんを操り、数と魔法で一気に潰す予定だったそうです。
事実、コレットさんを利用した作戦は成功しましたが、アナスタシアやラパンさん、魔王さんに幻惑の効果がなかったことや私への幻惑が防がれたこと、各々の能力がクオンを上回ったことで計画は崩壊。
ルゥの殺害も阻止され、彼女の征服計画は破られたのでした。
ハイドアウト構成員からの報告によると、リュミエンセルを侵していた幻惑は消え、人々は普段の生活に戻ったとのこと。確保されたクオンはハイドアウトからノスタルジアに移送され、魔法使いにより然るべき処罰が下されるそうです。
魔法による罪は魔法を使う者によって、ですか。
「リュミエンセルの件は魔法使いへの差別や偏見によって引き起こされたものと言っていいだろう。クオンもまた、被害者のひとりということだね。もちろん、犯した罪は許されないものだが、彼女にも更生の権利はある」
ただ魔力を持って生まれたというだけですべてを否定され、命すら当然のように奪われる世界。深い悲しみや苦しみが怒りに代わり、彼女を復讐へと走らせた。
否定された魔法を使って遂げようとした国と人への行動は、魔法によって阻止された。
「…………復讐……」
クオンのことを聞いてから、アナスタシアはぽつりと言葉をこぼしました。
彼女とクオンの境遇は似ている部分があります。
話を聞き、何か思うことがあっても不思議ではありません。
「わたし、生まれた故郷や殺そうとしてきた両親や村人のこと、今でも大嫌い。二度と帰りたくないし、今どうなってるかなんて知りたくもない。ひどく荒んでた時は滅びちゃえばいいと思ってたよ」
アナスタシアの目に暗い色が落ちる。淀んだ金色が痛々しい。
……あなたにはそんな目をしてほしくない。どうかきれいな金色でいてほしい。
そう思った時、彼女の目と私の目が合いました。
どこまでも澄んだうつくしい金色。私を認識するたびに輝きが増していく。
「でも、わたしにはサヨちゃんがいた。だから、今日までアナスタシアでいられたんだ。わたしがクオンにならなかったのはあなたのおかげ」
その言葉は、私にはとても得難いものでした。
アナスタシアとクオンの違いはほんの一歩でしょう。けれど、その一歩があまりにも大きすぎた。
クオンが弱いとは思いません。彼女の悲しみは当然のことだと思います。
犯した罪は消えない。ならば私は、クオンのような人が出てこないために行動するしかない。それがひとつの贖罪になるのですから。
旅行鞄に入れた何通かの招待状。これが誰かの人生を変えるかもしれない。
「さて、話はまだまだあるけれど、僕たちも君たちもやることがあるだろう?」
「やること……。あ、魔王ちゃんとの勝負?」
「げっ⁉」
本気で嫌そうな声をあげ、全力で断るポーズをとる魔王さん。
「うそうそ、冗談だよ。まだ修行は終わってないからね。勝負はわたしがもっと強くなってから」
「修行のし過ぎで勇者さんのことをすっかりぽっかりうっかり忘れて世界の果てまで行っちゃえばいいんです!」
「相変わらずなに言ってるのかわかんないや」
「んなー⁉」
ぷんすか文句を言いまくる魔王さんをガン無視し、アナスタシアは私に微笑みました。
「学院の入学準備がもうすぐできるの。そしたら学院で魔法を学んで、もっともっと力になれるようにがんばるから。もう少しだけ魔王ちゃんのふたり旅をよろしくね」
「えぇ。がんばってください、アナスタシア」
「うん。あ、でも、ハイドアウトバッジもらってるからいつでも会いに来てね。ルーチェちゃんも会いたいだろうし、わたしもサヨちゃんに会えたらうれしくて天まで飛んでいけそうだから」
くすっと笑うアナスタシア。天までとはあれですよね、ええと、空高くってことですよね。それとも昇天するって言ってます?
くすくす笑みをこぼす彼女から言葉の意味は判断できかねました。
この人なら本気でやりかねない。目がまじですもの。
コレットさんとお話しする機会もありました。ラパンさんに熱い視線を送り、もふる許可を得て堪能していた私は、妙に熱い視線を感じましてね。見ると、どうやらコレットさんのようでした。
「あの……?」
「あっ! ごめんなさい。ええと、ユウさんに訊きたいことがあるのだけれど」
「なんでしょう?」
「その懐中時計、どこで買ったの⁉」
勢い凄まじくやってきた彼女は、「これ、エトワテールの懐中時計よね⁉ しかも限られた人だけが持つとされる伝説の! こ、これをどこで⁉」と鼻息を荒くします。
私としては、彼女から『エトワテール』の名が出たことの方が驚きなのですが。
「エトワテールに行った時に、ある人から譲り受けたんです」
「ゆ、譲り受けた……。そうなのね……」
買ったわけではないことがわかり、彼女はわかりやすく肩を落としました。
「コレットさんもエトワテールに行ったことがあるのですか?」
「えぇ。私、時計を集めるのが趣味なのよ。固有魔法が時間操作だから、イメージしやすくするために時計を魔法道具として使っているの」
そういえば、彼女は懐中時計を開いて魔法を発動していましたね。
「世界各国、様々な時計を見たり調べたりしてきたけど、中でもエトワテールに存在するといわれる『守り人の懐中時計』が好きで……。国を訪れた時に探し回ったけれど、見つけられなかったわ」
彼女は「それをここで見ることになるとは!」と目を輝かせました。私は慌てて、
「ご、ごめんなさい。これは差し上げられないんです」
「あっ、私こそごめんなさいね! そういう意味で言ったんじゃないの。見られただけでうれしいから」
コレットさんは温かな目で私と懐中時計を見ます。
「それに、あなたにとってとても大事なものなのでしょう?」
「……はい」
「大切してちょうだいね。モノとて愛された記憶は残る……と、私は思っているから」
優しげな笑みを浮かべ去ろうとする彼女に、懐中時計の代わりにと伝えたいことがありました。
「コレットさん、エトワテールに行った時、星はありましたか?」
「なんにもなかったわ。遥か昔は星空が美しかったと聞いたけれど……」
「お時間がある時に、またエトワテールを訪れてみてください。次は息を吞むような星空を見られると思いますから」
「あら! ほんとう? ありがとう、ユウさん。必ず行くわ」
……さて、そんなこんなで、二日後。
私と魔王さんの旅を再開する日がやってきました。
「王子様!」
飛びついてきたルゥを抱きしめて、小さな体のぬくもりを感じます。
「会いに来てね! 絶対だよ!」
「はい、もちろんですよ、ルゥ」
「ルゥ、お勉強がんばるから!」
「えぇ」
「だから、またね、王子様」
「はい、また会いましょう、小さなお姫様」
彼女のほんとうの『王子様』が見つかったら、私はもう彼女のことを『お姫様』と呼べなくなる。でもそれは、私にとって幸せなことです。
今は幼いこの子の支えですが、きっとすぐに必要なくなるでしょう。これから広い世界を見に行くのです。あっという間に絵本を飛び出してページを増やしていくはず。
それまでは王子様でいよう。それが終わったら、役目を終えた魔法使いと同じように遠くから見守っていよう。
「お元気で、ユウさん」
「はい。コレットさんも。どうかルゥをよろしくお願いします」
「任せてちょうだい。すてきなスクールライフを約束するわ」
ルゥと手を繋ぎ、優しく微笑んだコレットさん。
彼女もいろいろありましたが、総じて『いい人』という印象を抱いています。
学院にも詳しいでしょうからルゥのことを任せられる。
「達者でね、ユウ、マオ」
「ありがとうございます」
「いつでもノスタルジアに来るといい。歓迎するよ」
「魔王を歓迎しちゃだめだと思いますけど」
ラパンさんにはどうにもツンケンしている魔王さん。どしたの。
「ただもふりにくるだけでもいいよ」
「まじですか。行きます」
「ぼくだって変化できるのに!」
あんぐりと口を開けた魔王さんは、すっと表情を戻すとラパンさんに向き直ります。
「ぼくも近いうちに訪れるかもしれません。なぜ彼女がそうだと知っていたのか……、まだ訊かなければならないことがたくさんあるようですので」
「うん。ぜひおいで。僕の主もきみたちを待っているよ」
彼はそう言うと、耳と手の両方を振って別れを告げました。
「サヨちゃん」
いつもの魔女姿に戻ったアナスタシアは私に近寄り、すぐ前までやってきました。
「ぎゅってしてもいい……?」
躊躇いがちに訊きつつも、彼女の頬は桃色に染まっています。
「どうぞ」
ちゃんと訊いてくれるから安心できる。身構える必要がないとわかっているから体の力を抜くことができるのです。
「ありがとう。……ねえ、サヨちゃん」
「はい?」
「わたし、サヨちゃんを苦しめて魔法使いを苦しめるこんな世界は大嫌い」
「……」
「でも、サヨちゃんがいるからこの世界は大好きだよ」
抱きしめる力が強くなった気がしました。
どこまでもどこまでも強くまっすぐに言ってくれるアナスタシア。
一点の曇りもない金色の輝きは、私には眩し過ぎるけれど……。
私はそうっと背中に手を回し、抱きしめ返しました。
あなたが輝くために私が必要ならば、いくらでも。
「わたし、世界で一番強い魔女になる」
「アナスタシア……」
「誰にも負けない、消せない風になるよ。だから、がんばるね」
私を離した彼女はちらりと指輪を見ると自分の気持ちを再確認したように頷きました。
「それじゃあ、またね、サヨちゃん」
「はい、アナスタシア」
私たちは彼女たちに手を振り、ハイドアウトを後にしました。
なんだかとても名残惜しい。けれど、また会えると思えばこの気持ちもいいものに思えるのです。
再会を楽しみに思うなんて私らしくない。
一分、一秒ごとに変わっていける彼女たちと、変わることを拒絶する私。
次に会った時、もう今日の彼女たちとは違うかもしれない。
それでもいいのです。彼女たちが変わっていく先は明るい場所だと思うから。
闇に向かって行く私とは違う。
きらり。動かした指で輝くもの。
「…………」
あぁ、暗い場所でも輝くものが……。
私の歩む先を照らしてくれるものがここに……。
「非常に不服ですが、指輪自体はきみにとてもよく似合っていますよ。指輪自体は」
めちゃくちゃ嫌そうな顔でそう言いました。強調するな。
「魔除けは勇者であるきみにほとんど効果ないでしょうけどね。雑魚の中の雑魚の中の雑魚の中の雑魚には効くかもしれません」
「どんな雑魚ですか」
「その辺のゴミくらいの雑魚です」
「ゴミて」
魔王さんはため息をつき、「ごめんなさい」と謝りました。
「私はゴミほど雑魚じゃないです」
「いえ、そういうことではなく。……今回の件についてです。きみに話していないことがありますから」
「あぁ、あの時のですか。構いませんよ」
「ずいぶんあっさり言うのですね」
「魔王が勇者にかくしごとをするのは当然だと思いますけど」
「そ、そうは言っても、ぼくはなるべく開けっ広げていたいんです!」
胸の前で扉を開くジェスチャー。なんですか、開胸手術?
「あなたがそう言うからだいじょうぶなんですよ」
「どゆこと……?」
訝しげな魔王さんに無言で口角を上げ、歩みを進めます。
かくしごとはしたくないと言う彼女が黙っている。それだけでわかることがあるのです。アナスタシアも言っていたように、おそらくそれは私に関わることなのでしょう。
そして、場合によっては私が傷つくおそれがあるのでしょう。
だからあなたは口をつぐむ。秘密にしていられるなら言わないでいたい。そう思っているはずです。
ゆえに、いずれ知る時がきても心の準備ができる。時間というものは必要な時に限ってないものですからね。
言いたくないのなら言わなくていい。魔王さんもアナスタシアもそう言ってくれる。
その一言がどんなにほっとするか、ふたりは知らないでしょう。
私もこのことを教えない代わりに同じことを思うのです。
言いたくないことは言わなくていいのですよ、と。
……でも、アナスタシアに危険が及ぶのなら知っておかなくてはいけない。
だから、私はいつか訊くことになるでしょう。でもそれは今じゃない。
大切だから知りたいけれど、大切だから知りたくない。
私は今日も矛盾を抱えたまま生きていくのです。
『踏み出すあなたに光あれ』最後までお読みいただきありがとうございました。
解明されていない謎がたくさんありますが、それはいずれ別の物語パートで。
アナスタシア、ルーチェ、コレット、ラパン……。愉快な仲間たちにまた会いに来てくださいね。