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40.会話 声の話

本日もこんばんは。

声の話です。

たまにはこんな話も、と思って書きました。

「人は、誰かのことを忘れる時、声から忘れると言います」

「そうなんですか」

「つまり、声より先に姿形を忘れることはないということです」

「人によるんじゃないんですかね」

「勇者さんは姿形も声も関係なく同時に失うお人のようです」

「そもそも覚えようと思っていませんからね」

「そんなだから……、そんなだからお昼ごはんを買いに行ったぼくのことを数分で忘れて『どちら様ですか?』とか訊けるんですよ。泣いちゃいますよ! がちで!」

「うそうそ、冗談ですよ。さすがに数分で忘れたりしませんって」

「勇者さんは表情筋が死んでいるので冗談だと思えないんですよう……」

「そればかりは慣れてくださいとしか」

「ううう……。これ、お昼ごはんのサンドイッチです。飲み物もどうぞ」

「ありがとうございます。いただきます。ところで、今の話なんですけど」

「がちで泣く話ですか? ぼくは本気でしたよ」

「それじゃなくて。声から忘れる話です。ほんとうなんですか?」

「そう聞きましたけど……、実際はどうだかわかりません。ぼく自身も深いかかわりをもつ相手を持ちませんから」

「声から、ですか。うーん、私は今のところ声も覚えていますけどね」

「隣で喋っていますからね⁉ さすがに!」

「あ、いえ、あなたではなく」

「えっ、誰です? えっ? 勇者さん、ご友人がいらっしゃったんで――」

「食べないなら私がもらいますけど」

「た、食べます食べます。あの、勇者さんの記憶に残るお人がい――」

「飲まないなら私がもらいますけど」

「の、飲みます飲みます。……あの、勇者さん……」

「お気になさらず。昔の話ですし、今は魔王さんの相手でいっぱいいっぱいですから」

「う、ううん……? 今のは喜んでいいのか悪いのか……」

「声から忘れると言えば、私、思い出せない声があるんですけど」

「ほお。なんですか?」

「うさぎの声ってどんなんでしたっけ」

「うさ……? そもそもうさぎって鳴くんですか?」

「鳴きませんでしたっけ? おかしいですね、記憶が……」

「勇者さんの記憶はあてになりませんからね」

「ナチュラルディスりやめてください。私の海馬だって必死に動いているんですよ」

「では、犬の鳴き声はなんですか?」

「にゃーん」

「猫の鳴き声は?」

「わん」

「ぼくと勇者さんの生きる世界は違うようです……。流行りの異世界転生ですか」

「残念ながら純粋なこの世界の生まれです」

「もう少し記憶力を鍛えてくださいね。犬はわん、猫はにゃんですよ」

「うさぎはなんだっけなぁ……」

「聞いてます?」

「めんどうなので名前で鳴いてほしいですよね。犬ならいぬいぬ。猫ならねこねこ」

「この世界には使う言葉が違う種族もいますが……」

「それは、臨機応変に対応していただいて」

「うさぎはうさうさって言うんですか。かわいくないですよう」

「さぎさぎ説もありますよ」

「詐欺詐欺⁉」

「まあ、私たちの存在も詐欺みたいなものですからね。いや、詐欺だと響きが良くないですね。うさぎみたいなものにしましょう」

「存在がうさぎってなんですか。愛されキャラですか」

「息をして、ご飯食べて、寝て、そこにいるだけでかわいいと言われるうさぎ……。前世でいったいどんな徳を積んだんでしょうね」

「代わりと言ってはなんですが、彼らは会話をする声を持ちません。言葉を交わし、気持ちを共有し、言葉ひとつで世界を変えることができる。それは言葉を持つものの特権ではないでしょうか?」

「……そんなにいいものじゃないですよ、言葉なんて」

「でも、ぼくは勇者さんとのおしゃべり好きですよ。勇者さんのお声も好きです」

「魔王さんは魔王らしい声じゃないですよね。無駄に落ち着くんですよ」

「無駄に⁉ あれ、でも褒められている……?」

「聖女がいたらこういう声をしているんだろうと思ってしまいます。眠い時に喋られると混乱するので黙っていてほしいです」

「んな理不尽な⁉ って、なんかめちゃくちゃ褒められている? どうしたんです?」

「忘れたくても忘れられないきれいな声だと思……ふあ~~ぁ」

「あ、もしかして眠いんでしょうか。ハッ⁉ ご自分が何を言っているのか気付いていない⁉ 勇者さん、勇者さん、ぼくの声、好きですか?」

「訊く必要あります……? それ……。……すやあ」

「あ、眠ってしまいました。……落ち着く声、きれいな声、ですか。……えへへ。うれしいです。……ですが、不思議ですね。人間ではなく魔王であることがこんなにうれしいと思うだなんて。こんな日が来るなんて。人間ではないぼくは、きみのことを忘れなくていい。……いつか、いつの日か必ず、きみはぼくの前からいなくなるでしょう。そして、幕を下ろすのはぼくの手によるものです。けれど、ぼくはきみの声を決して忘れませんよ」

お読みいただきありがとうございました。

うさぎは「ぶうぶう」と鼻を鳴らします。とてもかわいいので聞いてみてください。


勇者「私の枕元にボイスレコーダーがあったんですが」

魔王「……いつの間に気づいたんです」

勇者「前に没収したやつ、私がまだ持っているんですけどね」

魔王「……え、えへへ~。あ、捨てずに持っていてくれているん――」

勇者「何個持ってんだおい。出せ、おら」

魔王「ひ、ひえぇえぇえええぇごめんなさぁぁぁあぁい‼」

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