399.物語 ⑩少女たちに光あれ
本日もこんばんは。
本編ラストです。ぜひ最後までお楽しみくださいませ。
もはや密集状態になった広場は、ノイズのように入り混じっていた声が次第に消え、誰もが息をのんで『その時』を待っていました。
午後四時五十五分。処刑台の奥から誰かが歩いてきました。
広場がハッと背筋を伸ばす気配。
歩いてきたのは……一人と、布?
「仮面……、あの人がクオン?」
アナスタシアの問いに小さく頷きました。
「布で覆われているのがルーチェちゃん……なのかな」
「おそらく……」
白い布で隠されたルゥの姿は見えません。その隣でクオンがきらりと輝くものを掲げました。細く鋭い剣でした。
心臓の鼓動が速くなる。今すぐにでも飛び出したい気持ちを抑え、作った呼吸を繰り返します。
ある人は祈るように手を合わせ、ある人はとめどなく流れる涙をそのままに、ある人は目を見開いて白い布を凝視しています。すべての人の視線がルゥに注がれている。
チャンスは一度。失敗は許されない。
「コレットさん」
深呼吸をしていたはずの彼女の名を呼ぶ。応答はない。
「コレットさん?」
「……あっ、ご、ごめんなさい」
「そろそろです。お願いします」
「えぇ、わかったわ。では、私の合図で一斉に」
クオンが民衆に剣を高く見せつける。白い布に向き直り、振りかざす。その瞬間、コレットさんのわずかに開いた口が発した言葉。
「……クロックワイズ。――ストップ」
「サヨちゃん!」
「はい!」
一秒。ほうきにまたがったアナスタシアと私は一気に飛び上がります。
二秒。民衆の上を通って処刑台へ向かって行きます。
三秒。ほうきから飛び降りながら叫ぶ私。
「ルゥ!」
「……王子様?」
白い布の中から小さな声が聞こえました。やっぱりルゥだ。
警備隊もクオンも止まっているいまがチャンス。
アナスタシアがクオンの持っている剣を吹き飛ばそうとカマイタチを発動する。
私が布を取り払ってルゥを保護。隣で待つアナスタシアのほうきに乗って空へ脱出する。
作戦の遂行はあと少し――のはずでした。
止まっているはずのクオンの口がぐにゃりと歪みました。
四秒。
「サヨちゃん!」
警告を示すアナスタシアの声が響く。
ハッとした時には異変をはっきりと感じていました。
クオンが笑っている。仮面の向こうで私を見て勝利の笑みを浮かべている。
どうして。あなたの時間は止まっているはずなのに。まだ一秒あるはずなのに!
五秒。
……まずい。五秒経過した。ルゥを抱きしめてほうきに飛ぶには時間がない。ゆらりと動き出した警備隊が私たちを抑えるでしょう。クオンの剣が私を突き刺すでしょう。
それなら……!
私は背負っていた剣を取ろうと手を伸ばし――。
…………。
…………。
「えっ……?」
視界で捉えていたクオンがいない。ていうか、なんで空が見え――。
「うそ…………」
私は処刑台から落下していました。体にかかる重力が現実を見ろと急かしてくる。
どうして。なんで。アナスタシアは無事⁉ ルゥは――。
「ああぁっ……!」
為す術なく落ちた私は、隙間なく敷き詰められた民衆が運よくクッションになり助かりました。数人が一緒に地に倒れましたが、不満や文句を言ってくることはありません。
「……なに?」
彼らはぼうっとした様子で処刑台を眺め、口々に「神よ!」、「神よ!」と叫んでいました。クッションになった人たちですら、私を一切見ずに、まるでいないかのように立ち上がると「神よ!」と手を挙げます。
声は大きくなり、広場に集まったすべての人たちが同じ行動を取っていました。
まさしく異様。落下の衝撃と困惑で動けずにいた私は、次第に処刑台に集まろうとする民衆に押しつぶされました。
彼らは理性を失った様子で処刑台を押しています。この人数で押し続ければ、いずれ崩壊するでしょう。すでにギシギシと嫌な音を立てています。
「や、やめてください!」
そんなことしたら、ルゥが……!
「勇者さん!」
遠くで魔王さんが叫びました。民衆の上に浮き上がり、魔法で抑えつけんとしているようです。リミッターが外れた人間たちは自分すらも殺す勢いで押していきます。このままでは死者が出る。けれど、広場や広場の外に集まった人を抑えようにも数が多すぎる。
このままじゃパニックでは済みません。
「きみはルーチェさんを!」
はやくしないとクオンがあの子を殺す。絶対に阻止しなくては……!
「うっ……!」
大人よりも身長のない私は人の圧で潰され、呼吸すらできなくなっていきます。
……いやだ。死なせたくない。助けたい。外の世界へ……。
あの子にできなかったことを、ここで……!
「待たせてすまないね」
近くで聞こえた声が誰のものか理解する前に、私の頬に柔らかい毛並みの感触がしました。
「ラパンさん……」
「彼らは僕とマオに任せてくれ。君はルーチェを頼むよ」
どうするのかと訊く前に、ラパンさんは高く飛び上がると、
「――『ラビサス』発動。第四形態」
人々の上で小さな体が徐々に大きくなっていき、
「……まじですか」
処刑台と同じ高さまで大きくなりました。
おもちゃのようだった羽は神々しさを携えた見事な翼となり、暴れる人々を優しく抑え込んでいます。
もふもふの身体と羽で民衆を押さえつけ、長い耳で壊れそうな処刑台を支えるラパンさん。
「ユウ、今のうちに!」
私は血が滴るくらいに指輪を握りしめ、力の限りに叫びました。
「アナスタシア‼」
その瞬間、強く優しい風が私を包む。
「舞い上がれ、ツジカゼ‼」
遠くで響いたアナスタシアの声。瞬間、私の足元からつむじ風が力強く天を突き刺すように巻き起こりました。
「……っ!」
すべてを包み込みながら空へと飛ぶ私。体をまとうように吹き荒れる風は上昇し、処刑台のはるか上まで私を連れていきます。地平線が見えた。光が消えていく世界で、あの子の命も消えようとしている。
させない、絶対に!
私は袋を取り払った大剣を振りかざしながら処刑台に落下していきます。にやりと笑ったクオンが剣を構える。空中では避けられない。着地した瞬間にクオンは私を殺しにくるでしょう。けれど、黙って殺されてはルゥを救えない。
クオンの位置。ルゥの位置。すべてを一瞬で判断し、私は風を斬りながら処刑台へ一直線。
高笑いとともに剣先を私に向けるクオン。
落下と同時に横向きに放たれた斬撃。
それはクオンの剣をはるか彼方へ吹き飛ばし、必死にもがいていたルゥの布をも空へと舞い上げました。
露になるうつくしき青の目。彼女の瞳は私を捉えて離しません。
「助けに来ました、ルゥ!」
「王子様っ……‼」
衝撃が伝わり、よろめいたクオンは震える手で顔を抑えました。
見向きもせずにルゥのもとへ向かった私は、縛られている両手の紐を斬ると彼女を抱きかかえます。
よし……! あとは逃げるだけです。
「許さない……! 絶対に許さない……! 私の計画を邪魔するなぁぁぁぁぁ‼」
私たちを睨みつけるクオンの顔からは仮面が消え、素顔をさらけ出していました。
「…………あれは」
憎しみに支配されたクオンの顔は焼けただれ、思わず目を背けたくなる痛々しさがありました。
何もかもを拒絶するような形相で、クオンは私に手を向けます。
「許すものか……、この国も、人も、そいつも、お前たちもっ!」
浮かび上がる赤い魔法陣。
後ずさりますが、すでに処刑台ぎりぎり。わずかでも動けば地上に落下します。
さきほどと同じように人々がクッションになるとは限らない。正気を失った様子の彼らの中に落ちたら、こども二人など踏みつぶされて死んでしまう。
ここまできてそんな終わりは認めません。ルゥだけでも助けてみせる。
魔法陣の先は私たち。ルゥには当たらないようにしなくては――。
炎のような魔法陣が光り、クオンの魔法が発動する。私はルゥに覆いかぶさる形で彼女を守ります。
どんな攻撃かはわかりませんが、少しは耐えられるはず……。
その時、あの匂いがしました。
……あれ、これって……。もしかして、あの匂いはクオンの魔法?
気づいたとしても遅い。
歪みきったクオンがわずかに嬉々とした色を浮かべた瞬間。
「…………え?」
私たちを包みこんだのはまばゆい白い光。あたたかくて優しいあの子の光。
どうして……?
懐中時計からあふれ出した光は赤い魔法を消し去り、魔法陣を破壊しました。
粉々になる魔法陣を見つめ、呆然とするクオン。と思うと、ただれた顔に深い憎悪を刻んでいきます。
「そいつも、お前も、どうして私の幻惑が効かないの⁉」
怒り狂うクオン。私は彼女を視界に捉えたまま、『合図』を確認して準備を整えます。
処刑台の上にいた警備隊は白い光を受けたあと、虚ろな目をしたまま動きを止めていました。よくわかりませんが、気にするべきはクオンひとりに絞られた。
もう少し。もう少し。
位置を確認しようとわずかに視線を外した時。
「きゃあぁっ! や、やめて!」
クオンがルゥの三つ編みを掴んで引っ張りました。
少女が王子様のためにがんばって編んだ拙い三つ編み。それを掴んで離そうとしない魔女、クオン。
渡しまいと必死に抱きしめる私に、ルゥも力の限り抱きつきます。
「離しなさい!」
「こいつさえいれば……こいつさえいれば私はまだ勝てるの……! この国への復讐が果たされるの……! だからお前が離せ‼」
ぐにゃりと顔を歪めて笑うクオン。
相手の方が力が強い。ルゥを抱きしめているから大剣を持てない。魔法は……準備がいる。
……いえ、だいじょうぶ。まだ私には――。
「王子様、切って!」叫ぶルゥ。
「でも、あなたの髪は王子様のために……!」
「もういいの。ルゥの王子様はここにいるから」
透明に光る青い目。彼女は髪を掴まれている苦しみを感じさせない笑顔で私を見ました。
……わかりました。えぇ、だいじょうぶですよ。私は三つ編みがなくてもあなたに会いに来る。彼女の風に乗って!
「アナスタシア‼」
「任せて。切り裂け、カマイタチ‼」
どこからから降り注いだ彼女の声。
「なにっ――」
上空を見上げたクオンの目に映るは鋭く研ぎ澄まされた鋭利な風。
それは一直線に降下し、クオンが掴んでいる三つ編みを切り裂きました。
「きゃっ!」
「しっかり掴まっていてください、ルゥ!」
反動で跳ね飛ばされた私は踏みとどまることができず、そのまま処刑台を落下していきます。彼女の頭を手で支え、抱きしめる。
二度目の重力に耐えていると、ふっと体が軽くなる感覚がしました。
「間に合った!」
私たちを捕まえたのは風の魔女アナスタシア。
上空からカマイタチを発動した彼女は、そのまま私たちを回収するためにほうきで旋回していました。
「遅くなってごめんね。二人ともケガはない?」
「はい。ルゥ、平気ですか?」
「だいじょうぶだよ」
クオンに突き落とされたアナスタシアは私から離れたところに落下し、次のチャンスを待っていたようです。
彼女からの合図。それは、二人で広場に行った時に考えたことの実行サイン。私が指輪を通して彼女の名を呼ぶ。近くにいればそれだけでも感じられるそうです。
何らかの理由で私とアナスタシアが離された時、飛べない私が処刑台まで上がる魔法、ツジカゼ。
今回のために彼女が新たに創った魔法です。
「練習しておいてよかった。もう二度と私の魔法でサヨちゃんにケガなんかさせないんだから」
「完璧でしたよ、アナスタシア」
「えへへっ」
二度目の合図は単純に脱出のためのものです。視界の端で彼女の魔力を示す淡い緑色が光ったから安心することができた。
最後に、アナスタシアは上空に向けて風を飛ばしました。
それに気づいたラパンさんと魔王さんが空へと飛び立ちます。
ラパンさんの背にはぐったりとしたコレットさんが乗っていました。
「…………」
いろいろ疑問はありますが、まずはリュミエンセルを脱出しなくては。
ある程度の高度に達した時、
「攻撃! 気をつけて!」
アナスタシアがほうきを揺らして飛んできた攻撃を避けました。城壁の撃墜部隊です。
すいすいと攻撃を避けるアナスタシアとは裏腹に、的が大きいゆえに集中攻撃を受けるラパンさん。
「師匠!」
「いてて……。めんどうだね。マオ、頼んでいいかい?」
「まったく……。魔王だと知りながら当然のように言うんですから。貸しですよ」
「魔王に貸しを作れるとは光栄だね」
「うさぎモドキのくせにいっちょ前なんですから」
魔王さんは面白くなさそうに城壁へ手を向け、大きな光の魔法陣を作ります。
「どきなさい。邪魔です」
そう告げた瞬間、魔法陣から放たれた光の剣が城壁へと飛んでいきました。
一分のズレもなく着弾した剣は撃墜部隊を撃破。
瞬く間の出来事でした。
「魔王ちゃん、つよ~……」
「ぼくも魔法の名前とか考えようかなぁ」
「無言で攻撃されたらこわいもんね」
「技名叫んでもこわい人はこわいですよ。きみとか」
「なにそれ失礼」
安全地帯となった上空で言い合うふたり。
私とアナスタシアの間に挟まれているルゥは視線を下に向けて悲しそうな顔をしていました。
「どうしましたか?」
「あのね、あの人たちはだいじょうぶかなぁと思って……」
依然暴徒と化している民衆を見つめ、青い目を揺らがせるルゥ。
その視線は次第に、処刑台の上で頭をかきむしるクオンに向かっていきました。
「クオン……」
名を呼ぶルゥから憎しみや恨みの色は感じられません。幼いながらに悲しみを抱く少女の声でした。
「王子様、鏡もってない?」
「鏡ですか? えっと……」
身軽でいるべきだと言われ、旅行鞄はラパンさんに預けてあるのでした。
ていうか、鞄の中に鏡なんて入っていましたっけ……。
「わたし持ってるよ。これでいいかな?」
アナスタシアが小さな手鏡を渡しました。
「うん、ありがとう」
受け取ったルゥは、もう一度民衆とクオンを見つめ、
「…………すぅ」
息を吸い込み、
「…………」
鏡に向かって力を集中させ始めました。
まばゆい光です。目を開けていられないくらい強く輝く光。
「なに、この魔力……」
驚くアナスタシアはじっと少女を見つめました。けれど、金色の目に宿った驚きは次第に消え、何かを納得したように小さく頷きました。
弾け飛びそうな魔力を鏡に込めたルゥは、無言でそれを処刑台に向けました。
一瞬見えた光の道。やがて、処刑台に降臨したのは――。
「すごい……。神様みたい」
素直に口を開けるアナスタシア。寄ってきたラパンさんと魔王さんは黙って処刑台を眺めます。
浮かび上がったのはひとりの少女。光によって輪郭のみしか見えませんが、その身からは目もくらむようなうつくしい輝きが放たれています。
その輝きを見るたびにずきりと痛みを感じる。
「サヨちゃん?」
「…………っ」
「だいじょうぶ? どこか痛い?」
私はゆるゆると首を横に振り、ぎゅっと胸を押さえました。
処刑台に降り立った金色の光の少女。
私にはそれが、それがあの子に……ステラさんに見えてしまったのです。
彼女にできなかったことができた。それをあの子が見ているような気がして胸が苦しい。
私は、そっくりな少女を利用して自分の後悔を癒そうとしているのではないか。
勝手に抱いた罪悪感を和らげようとしているのではないか。
ステラさんとルゥは違う。そんなことわかっています。わかっているけど……!
思わず触れた懐中時計から、また白い光が溢れました。
光は一直線に処刑台に向かい、
「…………あれ、は」
ひとりの少女の形になって降り立ちました。
幽玄に靡く長い髪は、なぜだか金髪だと感じました。なんとなくです。理由なんてない。ない、けれど……。
満月のごとく輝く金色の少女。
いつか見た星と同じ輝きを持つ白色の少女。
二人の少女はゆっくり歩み寄り、そっと手を繋ぎました。
形しかわからないのに、なぜかうれしそうに笑っているように思いました。
「…………」
あたたかな光の少女たちを見ていると、ずきずきと響く痛みが薄らいでいく気がしました。
「王子様、だいじょうぶ。ルゥたちは幸せだよ」
幼い笑顔に触れ、私は愚かにも許された気がしてしまったのです。
幸せだと言う少女の言葉を信じたい。
処刑台を団欒の場にして手を繋ぐ少女たちを信じたい。
「ねえ、王子様?」
私は王子様のようにかっこいい人ではない。でも、ルゥがそう言ってくれる間は王子様でいたいと思いました。
だって、こんなにすてきな笑顔を向けられているのですから。
この笑顔から目を背けることはしたくない。
「なんですか?」
「ルゥ、王子様のことずっと待ってた。髪は短くなっちゃったけど……、それでも、外の世界に行きたいんだ。連れて行ってくれますか?」
私は風に揺れる短い金髪にそっと触れ、頷きました。
「はい、お姫様」
アナスタシアがほうきを動かし、さらに高い場所へと飛んでいきます。
小さくなっていく人々は処刑台の少女たちを見て鎮まり、霧が晴れるように陰鬱とした空気が消えていくのがわかりました。
処刑台の上でうなだれるクオン。彼女はじっとうずくまったまま動くことはありませんでした。
城壁を超えた私たちの目に飛び込んできたのは夜を深めていく藍色の空。
ひとつ、またひとつと星が輝きます。
「わぁっ……! すごい、すごいっ……!」
星に手を伸ばし歓声をあげるルゥ。
「初めて見た……! 空も、星も、外の世界も! うれしい、ありがとう、王子様!」
「これからもっともっといろんなものを見られます。楽しみにしていてくださいね」
「うんっ!」
彼女が旅立つ先はきっとすてきな世界でしょう。理不尽な運命に縛られた人生はここでおしまい。新たな希望を胸に踏み出す時です。
リュミエンセルの城壁が遠くに見える場所までやってきた私たちは、地に降り立ってかの国を見つめました。
いろいろありました。けれど、ルゥを救うことができた。
上出来……ですよね?
ふよふよと浮くほうきに座るルゥの足枷を破壊したのは魔王さんです。
「わぁぁ~……すごい、足がかるーい!」
無邪気に足をぶらぶらさせるルゥ。
これで、クオンの呪縛からも解放されるでしょう。
さて、残るは……。
私はラパンさんのもふもふに絡まる鞄からある物を取り出してルゥの元へ戻りました。彼女の足元にそれを置きます。
「ガラスの靴は見つかりませんでした」
これは少し冗談ですけどね。
「これ、靴? ルゥの?」
「はい。外の世界は裸足だとケガをしてしまいますから」
「うれしい!」
「わっ……! ふふっ」
ほうきから飛びついてきたルゥの足元に跪き、丁寧に靴を履かせてあげます。
靴屋で買ったなんの変哲もないこども靴ですが、彼女は頬を赤らめて淑やかに待っています。
これから新しい世界があなたを待っている。
美しくても寂しい地下から芽を出し、光の当たる地上で花を咲かせる小さな命。
きっと、絵本の中の王子様のような……いえ、それよりもすてきな人と出会えると信じています。
シンデレラにガラスの靴を与えた魔法使いはサポートだけ。幸せを掴めたのはシンデレラの行動があってこそ。
だから私は、彼女の幸せを祈っていよう。
だいじょうぶ。希望に満ち溢れるあなたの行く先に光はある。
手を差し出す。小さな手が重なり、一歩地面を踏むルゥ。
二歩、三歩、四歩……。歩むたびに幸せを噛みしめる少女はどんなお姫様よりもすてきだと思いました。
輝きを強める星空も、あなたを助けようと必死になった魔王さんたちも、ルゥと瓜二つのあの子も、あなたの旅立ちを祝福している。
振り返らずに進んでください、ルゥ。
あなたが足を踏み出す道は明るい。
夜空にきらめく一番星の光が彼女の歩む先を照らしているように見えました。
お読みいただきありがとうございました。
おとぎ話のようなお話になっていればうれしいです。光の国とルーチェの物語、お付き合いいただきありがとうございました。
魔王「勇者さんが勇者していましたね」
勇者「たまにはね」
魔王「ですが、今回は王子様ということで」
勇者「私もおとぎ話は好きですから」