398.物語 ➈儀式
本日もこんばんは。
ファンタジーワールドの儀式ってどきどきしますね。
翌日。儀式までの時間、私たちはさらなる情報収集を目的に外出したり作戦を詰めたり魔法の練習をしたりと各自過ごしていました。
朝食を済ませたのち、私は買いたい物があるからと外出の許可を得て町にやってきました。単独行動はいざという時に危険だということで、今回は魔王さんが一緒にいます。
大剣を家に置き、旅行鞄だけ持って朝の町をぶらぶら。
その辺にいる人たちの会話に耳を傾けながら歩いていると。
「…………じいっ」
ものすごい形相で私の手を見る魔王さん。
「なんですか?」
「朝食の時は幻覚だと思って訊かなかったんですけど、それ何ですか?」
「あ、これですか。指輪だそうです」
「見りゃわかりますよっ‼」
いま、何ですかって訊いたじゃないですか。
「ぼくが訊きたいのは! なんでそんなものつけているのかってことですよ! いつの間に⁉ そんなの持ってましたっけ‼」
「アナスタシアにもらったんです」
「あの魔女ーーー‼」
叫んだ魔王さんは慌てて口を塞ぎました。この国で魔女と叫ぶのは危険すぎます。
「ぼくがうさぎモドキをこてんぱんにしている間にそんなことをしていたとは……! 隅に置けない魔女ですね。というか勇者さん、指輪の意味わかってるんですか?」
「魔除けだと言っていました。魔王さんには効果ないでしょうけど」
「別の意味では効果てきめん……」
心底嫌そうに指輪を睨む魔王さんは、「きみは人間が嫌いなんじゃないんですかぁ~?」と口をへの字に曲げました。
「嫌いですよ」
苦手でもあり、怖い。なるべく近寄りたくない、近寄ってほしくない。けれど……。
「平気……だと思うひともいます」
「……アナスタシアさんの手は、きみが安心して握れるものになれたのですか」
「…………」
まだ、自分から手を握りにいくことはできないかもしれません。それでも、私を傷つける手ではないとわかっているから、差し出されてもこわくはない。
「……昨日、私の過去をアナスタシアに話したんです」
「……。彼女はなんと?」
「どんな私でも肯定する。味方でいる……と」
「そうですか。そっか……ぼくじゃないどこかにも居場所がうまれたんですね」
嬉しそうに微笑んでいる横顔はどこかさみしそうでもありました。
「というか、ぼくと言ってることが被るのでだめです! 二番煎じなんですよ!」
「アナスタシアがいたらカマイタチで三枚おろしにされていますよ」
「ほんっとに風属性って厄介ですね……」
こぶしを握り締める魔王さんをよそに、私は目的の物を買うと町を散策しながら情報収集にあたりました。
ラパンさん曰く、『勇者』という存在も秘匿するべきとのことです。魔法使いよりは差別されないでしょうが、閉鎖的な国かつ信仰の頂点がいる場合、特異な存在である勇者も危険である可能性が高いのだとか。
そのため、見た目が聖なるひとである魔王さんもローブで姿を隠し、「ただの美少女ですよ」と笑顔を振りまいていました。振りまくな。目立つ。
スマイルゼロ円な魔王さんは蓄えたスキルでお年寄りに近寄り、それとなく儀式や光の神についての情報を集めます。私は儀式の広場を眺めて警備員や人々の様子、処刑台の作りを頭に刻みつけました。
ここが勝負の場所となる。チャンスは一度。失敗したらあの子は光の神とやらにされるために殺される。
「そんなことさせない……」
行き交う人々。そびえる処刑台。晴れ渡る青空。
天気はいいのにどうしても落ち着かない感じがします。換気をしていない部屋に何時間もいるような、頭を振りたくなる嫌な感じです。
考え事に集中し過ぎて呼吸が浅くなっていたのかと思い、深呼吸をしました。
「…………あれ?」
何かの匂いがした気がしました。
通り過ぎていく人の香水でしょうか。でも、今のはたしか、前にもどこかで……。
思い出そうと脳の引き出しを開けようとしても、うまく思考が働かない。見つめる先が靄で埋もれている。どうにか目を凝らそうとすると、その靄が呼吸を止めようとしてくるような……。
――……!
「…………うわっ! び、びっくりした……。なに、いまの」
目の前で光が弾けた気がしました。パチパチとしてみても何もありません。
何かが反射した光を見たか、気のせいか。
ともあれ、光で思考が鮮明になりました。記憶を調べると私の感覚が合っていたことがわかります。
「水路を出た時に嗅いだ匂い、でしょうか。なんの匂いなんだろう……」
宿によって匂いが違うように、国独自の匂いというものがあるのでしょうか。知らないうちに服にしみ込んでいれば、自分から香ることもありますよね。
でも、水路から出た時に匂ったから、水路でついた?
ふうむ……と考えていると、「あんまり収穫はありませんねぇ」と近くで話を聞いていた魔王さんが帰ってきました。
「魔王さん、ちょっと」
「はい?」
「ちょっと来てください」
「はいはい?」
私は魔王さんの周りをぐるぐるし、服に顔を近づけたり離したりしながら考えました。
……匂いはしないなぁ。
「あ、あの、勇者さん……?」
「ううん……、なんの匂いなんだろう……」
「勇者さん、今日はなんだか大胆ですね! きゃー!」
「なんの話ですか?」
〇
そしてやってきた儀式の日、当日。
私たちは朝から任務内容を改めて確認し、最終準備をしていました。
大剣の出番があるだろうということで、アナスタシアとコレットさんがカモフラージュできるように袋を作ってくれました。
コレットさんは布や裁縫道具の準備をし、主に針を使ったのはアナスタシアです。
「器用なんですね」
「杖も自作したらしいし、難度の高い魔法道具をほぼ知識なしで作る才能もある。とても器用なのは間違いないよ。料理以外はね……」
遠い目のラパンさん。私の指を見て、もふもふの口を動かします。
「受け取ってくれて感謝するよ。彼女、いらないと言われた時のことを考えて一週間くらい訓練に身が入らなかったから」
「独特なメンタルですね」
「君がいることで彼女は類稀な天才魔女になれる。魔力量、技量、素質、安定性、すべてにおいて右に出る者がいないような魔女に」
アナスタシアが敬語を使うラパンさんがそう言うなんて。
私はまだ彼女のほんとうの力を知らないのかもしれませんね。
鞘から大剣を抜き、状態を確認します。ここのところ使っていなかったので久しぶりな感じです。まあ、普段から手入れなんてしていませんからどうでもいいのですけど。相変わらず重いなぁと辟易しながら床に置きました。
ガキンと重苦しい音がします。
「おや? なんだか音が悪いね」
「そうですか? いつもと同じような気がしますが……」
「ちょっと叩いてみておくれ」
言われた通り、ノックするように叩きます。長い耳を伸ばして音を聴いたラパンさんは、「やはり少し変だね」と私を見ました。
「この国で武器を調達するのは避けたいところだが、他に武器は持っているかい?」
「短剣か毒くらいです」
「……。まあ、もう少しなら保つかな。それにしても、見たことのない剣だね。近くで見てもいいかい?」
「構いませんよ」
ラパンさんはまん丸おめめをきらきらさせて大剣にすり寄りました。
「手入れなしでこの光沢はなんとも……」とか「これが勇者の武器か。初めて見た……」ともふもふの体を震わせています。もふもふ度百二十パーセント増加。
耳で大剣を包む様子に、うさぎ肉にならないか心配しつつも、
「…………もふもふ……」
つい動いてしまう手。伸ばして引いてを繰り返していると、
「あっ……。ご、ごめんなさい」
ふわふわに当たってしまいました。手を引っ込めた私に、ラパンさんは「僕でよければどうぞ」ともふもふ背中を差し出します。も、もふもふから許可が……!
「で、では、失礼して……」
弾む胸をそのままに、私はおずおずと伸ばした手でもふもふをもふもふしもふもふのもふもふが……。
「勇者さんがとても幸せそう! 写真撮ってもいいですか⁉」
通りかかった魔王さんに見られました。やめろ。
「あ、わたしもその写真ほしい!」
通りかかったアナスタシアが敵になりました。やめろ。
「あら、先生が大人しく撫でられるなんて珍しいこともあるのですねぇ」
通りかかったコレットさんが穏やかに笑いました。やめろ。
てしてしと彼女たちを散らし、なんやかんやと過ごすことしばらく。
「さて、そろそろ紛れるとしよう」
目立たぬようそれぞれローブを着用し、準備を整えた私たち。
時刻は午後二時。儀式まで三時間です。
ここからはすでに集まっているであろう人ごみに紛れながら様子を窺い、作戦を実行に移していきます。
「各自、内容は頭に入っているね?」
四つの頷き。
「作戦通りに行くことが理想だが、ハプニングはつきものだ。焦らず対処するように」
「はい、師匠」
「では、行こう」
全員で固まって行動すると目立つため、三つの組に分かれ広場まで向かいます。
第一組、コレットさん、魔王さん。
「では、のちほど」
第二組、私、アナスタシア。
「行こうか、サヨちゃん」
「はい」
第三組はラパンさんです。このひとはどうしたって目立ちます。ゆえに、別行動を取ることになっているのです。
家を出るとすぐに人の流れにぶつかりました。続々と広場の方に向かっているようです。儀式の場はかなり広い場所でしたが、三時間前でこれだと一体何人の国民が集まるのやら。
見られているわけではありませんが、人混みに頭がふらふらします。フードを深く被り俯きながら歩く私は人に当たりそうになる。その度にびくりと止まってそそくさとアナスタシアの近くに避難してしまう。
……こわい。……いえ、これからルゥを助けに行くのです。私に対して悪意を抱いているわけじゃない。気にしなければいいのです。
指輪のはまった指を握りしめ、遅れないように足を進めていると、
「サヨちゃん」
アナスタシアが手を伸ばしました。
「人がすごいから迷子にならないように。あ、もちろん、あなたが嫌じゃなければだよ?」
「……迷子に」
「うん。わたしも、あなたも」
「……ありがとうございます、アナスタシア」
「感謝されるほどのことじゃないよ」
彼女はそう言って笑いました。……いいえ、感謝することです。
私が握るまで指を絡めようとはしない。たったそれだけのことと言えばそれまでです。けれど、私にとってはとても大きなこと。
優しくも強い握る力は人々への恐怖を和らげていってくれました。
あっという間に周囲の人間のことは思考から薄れていく。ルゥのことだけを考えることができる。
騒がしい広場には数えきれないほどの人々がいました。処刑台の周囲は警備隊が取り囲み、民衆とは一定の距離を空けています。
「ユウさん、アナスタシアさん!」
手を振るコレットさんたちと合流し、民衆に合わせて顔を上げます。
「普通に考えたらあそこですよね」
「光の神を降臨させる儀式といいながら完全に処刑じゃないですか」
「……魔王ちゃんは魔王なのにこういうの苦手な感じ?」
眉をひそめる魔王さんに、少し意外そうに小声で問うアナスタシア。
「典型的な魔王のイメージはお捨てなさいな。ぼくは人間は好きですが、妄信的な思考による他者への危害は嫌いです。とはいえ、こうした贄の慣習が世界に深く残っているのも事実ですよ。ですが、絶対にそうしなければならないこと以外、抵抗してもいいのです」
「つまり、どゆこと?」
「ルーチェさんは助けます」
「最初からそう言えばいいのに」
変な魔王さんに肩をすくめるアナスタシア。私はその様子を見ていましたが、「助ける」と言ったわりに微妙な顔をする魔王さんが気になりました。
心配事でもあるのでしょうか?
時間が経つにつれて見物人はますます増加し、辺りに張り詰めた空気が漂い始めます。
……あれ。またあの匂いだ。気のせいじゃない。今まで一番強く感じました。
きょろきょろと見回しますが、誰も気にしている様子はありません。
ぼうっと処刑台を見つめています。
みな、緊張しながらも喜びを隠せていないようです。
もうすぐ現れる光の神への想いが溢れて止まらない人はすでに泣いていました。
「……緊張します」
深呼吸を繰り返すコレットさん。今回、彼女の魔法がとても重要です。五秒間の時間停止。それがルゥの、そして私たちの命運を分ける。
「……クロノス家の人でもあんなに緊張するんだねぇ」
アナスタシアが小声で話しかけます。
「有名な人なのですか?」
「独学で魔法を学んできた私ですら知ってるようなおうちの人なの。時のクロノス一族っていってね、操作魔法の時間カテゴリの人がたくさん生まれる家系なんだって」
「そんな家があるんですね」
「うん。ノスタルジア魔法学院で教鞭を執っている人もいるし、クロノス家の魔法使いは若くして優秀な人ばっかりらしいよ。二十歳でハイドアウトの任務を単独でしている時点で超優秀!」
「へえ……」
すごいなぁ。二十歳でそんなに……。
私とは天と地の差があるのでしょうね。優秀な家に生まれ、優秀な人生を歩む。輝かしく思いますが、彼女にも苦悩がある……かもしれませんよね。
でも、今日はがんばってもらわなくては。
感情をコントロールするコレットさんの邪魔をしないように口をつぐみながら、私たちはさらに混雑を増す広場で時間が過ぎるのを待ちました。
何度も何度も作戦を反芻し、脳内でシミュレーションをします。
アクシデントが起きた時も想像し、取るべき対応の数を増やしていく。
だいじょうぶ。必ず、必ず……。
「だいじょうぶだよ、サヨちゃん」
「だいじょうぶですよ、勇者さん」
両隣からかけられる優しい声。
「…………あっ、わ、私も、だいじょうぶよ、ユウさん!」
なぜか参加するコレットさん。
「……ふふっ」
それがなんだかおかしくて、こんな状況なのに笑ってしまいました。
「……はい。がんばりましょう、みなさん。必ずルーチェさんを助けましょう」
「うん!」
「はい!」
「承知しました!」
そして、高かった太陽が傾き、城壁の向こうへ消えた時。
午後四時五十分。開いたまま何度も確認した懐中時計が時を告げる。――もうすぐだよ、と。
お読みいただきありがとうございました。
次回、クライマックスです。