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396.物語 ⑦支えと誓い

本日もこんばんは。

今回のお話は『踏み出すあなたに光あれ』で特に書きたかったものです。楽しんでいただけたらうれしいです。

 キッチンで慌ただしく動き回るアナスタシアを眺めながら、私は絶賛反省会中でした。

なにを反省しているかって?

彼女から『答え』をもらうまえに料理をねだるとは何事……⁉ というわけです。

 言い訳をするならば、彼女があまりにも普段と同じように接してくれるから脳が混乱したのです。適度な距離を空けるべき時間なのにそれを忘れてしまう。

おばかですか? お間抜けですか? もうちょっと空気を読んでそれ相応の行動を取るべきですよ。優しいからといって甘えてはいけない。

そもそも、私にそんな権利はないという話をしたばかりでこの始末。擁護できません。ああああ~……、でも、いまさら作らなくていいというのも無責任ですし、見た感じは楽しそうですし……。

「あわ、あわわ……。卵が割れないんだけど……アッ殻が入っ――火が!」

 ……楽しそう?

「やばいまずい大変ピンチでもピンチはチャンスだから……ええいっ!」

 ……だいじょうぶ……でしょうか?

「きゃー! 火がぁぁぁぁぁ!」

 ……だいじょうぶじゃなさそう。フライパンから立ち昇った火柱を見て席を立った時、隣から「なにやってるんですか……」とかなり呆れた声が聞こえました。

「新手の魔法ですか? ぼくの知り限り、あの魔女っ子は風属性だったはずですが」

「あ、魔王さん」

「ただいま戻りました。お伝えしたいことがありますが、まずはあの魔女っ子をどうにかしないといけませんね」

 肩をすくめながらアナスタシアの方に向かった魔王さんは、「風で火を消そうとしない!」とか「きみの辞書には強火しかないんですか」とか言いながら鎮火させました。

「一時の賃貸ですが保険はばっちり入っていますよ」

 にこやかに言うコレットさん。そういう問題ではないと思います。穏やかでいいですが、少しは怒ってください。

「アナスタシア……料理をしたのかい……」

 もふもふの耳が床に垂れ下がっているラパンさん。何やら様子がおかしい。

「サ、サヨちゃんが食べてくれるって言ったから……」

「一応訊きますけど、何を作ったんですか?」

「過去最高にうまくできたと思う!」

 ガッツポーズをするアナスタシア。

「何を作ったか訊いているんですよ」

「やだなぁ、魔王ちゃん。オムライスだよ」

「ぼくの知らないオムライスがあるみたいですね」

「ちょっと燃えたけど……」

「辞書で『ちょっと』の意味を調べてきなさい」

「あああぁ~……」

 うなだれるアナスタシア。呆れを通り越して感心している魔王さん。

「よくもまあ、これだけカオスなものを作れますね……」

「できました?」

「う、うん。でもわたし、料理がちょっと苦手で……」

「アナスタシア、君は『ちょっと』の意味を間違えているようだね」

 震えるもふもふ。

「がんばりは認めるけど、もう少し練習してからの方が――」

「食べていいですか?」

 みなさんいろいろ言っていますが、めちゃ空腹なのです。腹ペコです。オムライスなのでしょう? いいじゃないですか。

「君は勇者なのかい⁉」

 ラパンさんがこんなに驚愕したのは初めて見ました。

「サヨちゃんは勇者ですよ、師匠」

「そういう意味ではなく……」

「アナスタシア、いただいていいですか?」

「もちろん! あ、でも、ちょっと焦げちゃったからそれはわたしが食べるよ……」

 どれどれ、とお皿を見る私とコレットさん。

「……オム……ライス?」

 オムライスを初めて見た人の感想ですか?

私はスプーンを持ち、一口すくいました。

「アッ! 勇者さんだめです死んでしまいます!」

「いくら勇者であろうとその行動はあまりに危険すぎる! やめるんだユウ!」

 かなり失礼なことを本気の形相で叫ぶ人外ズ。

「あわわ……あわわ……!」

 目を見開き、口を抑え、がたがた震えるコレットさん。

「…………」

 もはや言葉を失ったアナスタシア。

「いただきます」ぱくり。もぐもぐ。

「…………」

 誰もが固唾をのんで私を見ています。やめろ、そんなに見るでないよ。

もぐもぐ。もぐもぐ。ごくん。

「ゆ、勇者さん…………?」

 カフネの夢から醒めた時よりも心配そうな魔王さん。

「おいしいです」

「嘘だっ⁉」

 ぐんっと耳が伸びて天井にぶち当たるラパンさん。「嘘だ」なんて、そんなこと言わなくても。

ただでさえくりくりの目が飛び出そうなくらいまん丸になっています。きゅーと。

「ま、待ってください。勇者さんは毒草でも食べるタイプの人間です。無礼を覚悟で言いますが少々舌バカさんですので、食べられるものにはおいしいと言ってしまうのかもしれません!」

「めっちゃ失礼だなおい」

「サヨちゃん……気を遣わなくていいんだよ? わたしでも見たらわかるもん。あんまりおいしくなさそうだなって」

 カオスオムライスを回収しようとするアナスタシア。私はカオスオムラ……ええい、長いな。カムスにスプーンを入れ、また一口食べました。

「私の夕飯です」

「で、でも! サヨちゃんにはおいしいもの食べてほしい……! わたし、今から何か買ってくるから――」

「これがいいです」

「……っ!」

「言ったはずです。私は勇者としても人としても立派ではない。おいしくないものをわざわざ食べようとはしませんよ」

「ほ、ほんとにおいしい……? お腹壊さない?」

 私はもぐもぐしながら頷きました。うん、おいしいです。

「よ、よかったぁ……。でも、もっとがんばって練習するから! だから、また食べてくれる……?」

「また作ってくれるのですか?」

「う、うんっ!」

「楽しみにしています」

「えへへ~」

 カムスが減っていくにつれ、彼女の頬も緩んでいく。一方、そのうしろでは。

「これが勇者様のお力……?」

「こわい……! 明日がこわい……! どうか無事であれ、勇者さんのお腹!」

「アナスタシアの料理を……顔色ひとつ変えずに食べるなんて……彼女は一体何者だ……。僕は勇者のことを何も知らない……何も……」

「すごいです……」

「さすが勇者さん……」

「尊敬に値する……」

 知らないうちに拝まれていました。やめんかい。

 夕飯がまだだという魔王さんたちと共に、遅めの夕飯の時間。

魔王さんがさくっと人数分のオムライスを作り、テーブルに広げました。

「魔王ちゃん、料理上手なんだね」

「きみが規格外なだけです」

 カムスひとつ、オムライス四つ。……ラパンさんも食べるんだ。いえ、偏見はよくないですね。

食事をしながら私たちはお互いの情報を伝えることになりました。

ルゥのことは気になりますが、魔王さんたちに慌てる様子はありません。情報収集組から頼むと言われ、アナスタシアと一緒に聞いた話や見た出来事を話しました。

「ふむ……。やはり安易に飛ぶべきではなさそうだね」

「アナスタシアさんは風属性ですけど、私はあまり飛ぶのが得意ではないので……。五秒間あっても不安です」

「派手に魔法を使ってもいいならやりようはあるんだけど」

「派手にやるのは最終手段だよ、アナスタシア。マオもね」

「……わかっていますよ」

 器用にスプーンを持ちながらオムライスを食べるラパンさんは、「儀式の情報はコレットの調査通り。変更はないみたいだね」と鼻をひくひくさせました。……うさぎってオムライス食べても平気なんでしょうか。お腹壊さないのかな。

「午後五時。日の入り。なるほど、光の神が降臨するにはいいシチュエーションだ」

「太陽が沈み、世界から光が消えるってことですね」

「彼らの信仰をとやかく言う義理はないけど、ルーチェはリュミエンセルの出身ではない。騙されて殺されようとしているただの被害者だ。必ず助けるよ」

 頷く私たち。次に口を開いたのは魔王さんでした。

「経路調査組のぼくたちは、勇者さんから聞いた出口を確認し、ルーチェさんまでの道順を確立しようとしました。警備やクオンという人物についての情報も同時に入手できればよかったのですが、まず前提として、目的は達成できませんでした」

「ルーチェちゃんは発見できずってこと?」

「はい。確認できたのは出口のみです」

「なにかあったの?」

「大ありです」

 魔王さん曰く、出口から侵入しようとしたがすでに警備が三人いた。様子を窺っていると、短時間で警備員が何人も入ったり出たりを繰り返していたという。別の入り口を見つけたものの、そこも同じく警備が敷かれていた。

どうやら、一気に警戒態勢が強化されたようです。そんな中でもクオンを見つけることはできず、三にんは警備員に気づかれないよう退散するので精一杯だったと。

「大変だったんだね」

「儀式が近づいたからでしょうか……。これまではこんなことなかったんですが」

「あれだけ多いと五秒ではきつい。こちらの手の内がバレるのも避けたいからね」

「三日前に突然増やすのは違和感があります。少しずつ増やしていくとか、もっと余裕をもたせるのが普通です。増やさざるを得ない事情があったと考えるのが妥当かと」

 魔王さんの言葉にアナスタシアはあっと声をあげました。

「不法入国魔法使い?」

「その可能性はあるだろうね。ただ……」

 耳が片方下がります。

「騒ぎがあった時間と警備が増えた時間が少し合わないように思うんだ」

「元々増やそうとしていたところに魔法使い騒ぎがあったからドンっと増やしたってこともありますよね」

「そうだね。ともあれ、警備が増えたことに変わりはない。あれから減ることもないだろう」

「では、計画は変更。第二計画にするということでよろしいでしょうか」

「うん。食事を済ませたら説明しよう」

 しばらくの後、片づけが終わったテーブルに資料が数枚広げられました。

「第一計画が幽閉場所からの救出だとすれば、第二計画は儀式中の救出だよ」

「儀式で殺される前にかっさらうってことですか」

「その通り」

「そうなれば、魔法を使わずにいることは難しいですよ」

「もちろんわかっているよ。だから、魔法を使わずとも戦えて、かつルーチェに信頼されている人の力を借りる」

 みんなの視線が私に注がれているのに気づきます。

「危険すぎます」

「その時はマオが助けてあげればいい。魔法がなくてもできるだろう?」

「……そうですけど」

「もちろん、短期決戦での魔法の使用も許可するよ。では、詳しい説明をする。しっかり聞くように」

 そして、ラパンさんはルゥ救出作戦について語りました。

私はアナスタシアの『答え』を一旦片隅に置き、作戦に集中するように努めました。

「――以上だ。ここまでで質問はあるかな?」

「一か八かですけど、やるしかないんですよね」

「そうだ。みな、がんばっておくれ。実行は三日後、儀式にて。それまでは各自体を休めつつ儀式の情報収集にあたっておくれ。では、今日は解散としよう」

 そうして、せわしない一日が終わろうとしていました。貸してもらったお風呂で疲れを癒し、コレットさんが用意してくれた寝室で各自眠りにつくことになりました。

「私、今回あまりお役に立てていないので、改めて作戦を読み返します……」

 彼女はとぼとぼと自室に消え、「信用ならないのでこれはぼくが捕縛しておきます」とラパンさんの耳を持って去っていく魔王さん。

「僕は普通のうさぎよりも頑丈だけど、容赦ないね、マオ」

「魔王ですから」

 冷たい目をする魔王さんは、

「アナスタシアの心の揺らぎはきみに起因します。とてもとてもとっても不本意ですが、今日は許してあげるとしますので、くれぐれも気をつけてくださいね」

「何に気をつけるんですか?」

「……やっぱりぼくも一緒にいようかな」

「サヨちゃーん。はやくおいでよ~」

「いま行きます。では、おやすみなさい、魔王さん」

「……おやすみなさい、勇者さん」

 ものすんごく不満そうな不服そうな魔王さんは「ぐぬぅぁぁぁ……」とうめき声をあげながら部屋に消えていきます。

ラパンさんが振り回されている。物理的に。

 私たちにあてがわれた部屋には布団がふたつ敷かれていました。急遽参戦が決まったのでベッドの準備ができなかったと謝られましたが、じゅうぶんすぎますね。私は普通に床で寝るつもりだったので。

全員から反対されましたけど。

アナスタシアは「ひとりがいいならわたしはリビングで寝るから遠慮なく言ってね」と笑いましたが、全然笑えません。だめに決まっています。

野宿は慣れていると言ったアナスタシアですが、布団があるなら使うべきです。

 お互いに遠慮しまくりながら、結局折れて同室になったのでした。

「サヨちゃん、こっちこっち」

 促されるまま布団に座ると、アナスタシアは改まった様子で口を開きました。

「レストランで話した『答え』、いま言ってもいいかな?」

 ぴしっと背筋を伸ばしながらも顔は下に向いてしまう。必死に上げようと力を込め、小さく頷きました。

 静かな夜の時間。すぐに寝ると思ったので電気はつけていません。けれど、窓から差し込む月明かりが私たちを照らしていました。

「わたしは生きるために、認めてもらうために自分本位に生きてきた。あなたのことも最初からそのために利用して、勝手に生きる意味にしていた。突き放されても仕方のない人生を送ってきたのに、あなたは『アナスタシア』を肯定してくれたよね」

 アナスタシアはサイドテールに結ばれていた金色のリボンをするりと取り、私のてのひらに乗せました。

「わたしはあの時、ほんとうの意味で『わたし』になれたんだよ。だからね、あなたがどんな過去を持っていたとしても、どんな生き方をしているとしても、わたしは肯定する。生きる意味をくれた恩人だからってこともある。あなたの役に立ちたいからって欲望もある。でもね、サヨちゃん」

 アナスタシアは月にも負けないうつくしい金色の瞳で私を見つめました。

「わたしはいくつもの理由を捨ててもあなたの味方だよ」

「……どうしてそこまで、言えるんですか」

「とっても簡単なことだよ? わたしはサヨちゃんのことが大好きだから!」

 ……まただ。あのひとと同じように真っ直ぐ、一切の曇りなく私のことを好きだと言う。

……私はどうすればいいんですか? 釣り合わないと言ったのに、もったいないと言ったのに、一途に渡されたものをどうやって受け取れば正解なのでしょう。

どうすれば……私を大切にしてくれる彼女たちを傷つけずに済むのでしょう。

「ねえ、サヨちゃん」

「……はい」

「無理に受け取らなくてもいいよ。あなたが幸せならわたしも幸せだから」

 ……ほんとうに、あなたたちはよく似ていますね。

自分の幸せは二の次? そんなのだめです。これまでがんばった分、幸せになるべきです。私なんか放っておけばいいのに、青の目も金の目も澄んだ色で私を見る。

「わたしがわたしであるために、またリボンを結んで?」

 それが彼女の『答え』でした。

ここまで言われても迷っている私がいる。それはもうどうしようもないことかもしれません。でも、同じくらい手を伸ばしたいと望んでしまった私もいる。

また矛盾している。けれど、今はこの矛盾が悪いものには思えませんでした。

なぜなら、アナスタシアがその矛盾ごと肯定してくれたから。

 ……えぇ、わかりました。私にできることなら、喜んで。

目を閉じたアナスタシアの髪をすくい、ひとつにまとめていきます。

きれいな薄緑色の髪。夜空の月が霞むくらい、彼女の想いも力も秘める意思も強い。

たった一本のリボンでアナスタシアが生きられるのなら、私は何度でも結びましょう。決して解けないように、強く強く。

「……できました」

「ありがとう」

 大事そうにリボンに頬ずりするアナスタシアは、「次はわたしの番だね」と立ち上がり、両手を包むようにして戻って来ました。

そっと開かれた手の中には小さな箱。

「次に会えた時に渡そうと思ってたんだ。もちろん、受け取るかどうかはあなたの自由だから」

 しっかりと前置きし、彼女は大切そうに箱を開きました。

月光が反射してきらりと光り、私の目を一瞬くらませます。鮮明になっていく視界が捉えたのは銀の光沢を閉じこめた指輪でした。

「知ってる? 右手の中指にはめる指輪には魔除けの効果があるんだよ」

「魔除けの……」

「危ない目に遭ってほしくはないけど、サヨちゃんは勇者だから。きっとこれからも魔なるものたちと戦うはず。いつか、ひとりで闘わなきゃいけない時がくるかもしれない。でも、だいじょうぶ。あなたはひとりじゃないよ。魔王ちゃんもわたしも味方だから。……って、言葉で言うのは簡単だけど、どうにか形にしたかったんだ」

 それが指輪なのでしょうか。でも、こんな高価そうなものをもらうわけには……。

あ、そういえば、ラパンさんがお金を貯めていたって……。ど、どうしよう。指輪っていくらするんでしょうか。いや、これもう買ってしまったあとですよね。私の自由とはいえ、受け取らないのはさすがに……!

 狼狽える私をよそに、アナスタシアは指輪を見ながら話を続けます。

「この指輪にはね、わたしの魔法がこめられているんだよ。魔法道具って知ってる?」

「はい。間近で見るのは初めて……ですけど」

「魔法道具って一言でいっても種類があってね、これはわたしがサヨちゃんのためだけに作った世界でひとつの指輪なんだよ」

「世界でひとつ……」

「もうだめだ! って思った時に強く想って。わたしの魔法があなたのことを守るから」

 アナスタシアの魔法。それは彼女そのものでもある。

つまり、アナスタシアが守ってくれるのですね。

「どこにいても、どんな状況でも、必ずサヨちゃんのことを守ってみせるよ」

 優しい金色が私を包み込むように注がれました。

「受け取ってくれますか?」

 私はもう俯きませんでした。『私なんか』という気持ちが消えたわけではありません。

息を詰まらせるようなまとわりつく悪いものは心の底で燻っています。

 彼女の生きる意味がもうあるのならじゅうぶんです。これ以上、私の出る幕はない。

わかっているのに、うれしいと思う気持ちがあふれて止まらない。

優しい金色に甘えたくなってしまう。

こんな時もやっぱり手は震える。愚かしくも深く頷くことができない。

ごめんなさい。ごめんなさい。……ありがとう。

 私は消えそうな声で答えました。はい、と。

大きな声を出したら気づかれてしまう。……声が震えていることに。

でも、彼女はどんなに小さな声でも手を差し伸べてすくいあげてくれる。

いま、この時も。

「ありがとう、サヨちゃん」

 お礼を言うのは私の方です。でも、その言葉を言うことはできませんでした。

胸がいっぱいになって苦しい。息をするのが精一杯なのです。

「手、出して?」

 おずおずと差し出した手を見て、「触れてもいい?」と確認するアナスタシア。

こくり。ほんのわずかな反応ですが、彼女には伝わったようです。

手の振動がアナスタシアにも移ってしまったのでしょうか。指輪を持つ彼女の指も震えているように見えました。

 右手の中指。大切に大切に納まった指輪は月明かりにきらめいてとてもきれいでした。

どうしたって私にはふさわしくない。けれど、アナスタシアが私のために魔法をこめてくれたのなら、私以外の誰かに渡したくはない。

わがままでごめんなさい。そして、ありがとう、アナスタシア。

「とっても似合ってるよ、サヨちゃん」

「…………」

「どうしたの? も、もしかして好みじゃなかった?」

「ちが……違くて、あの……」

喉が詰まってうまく言葉が出ない。でも、ちゃんと言わないと。せめてこれだけは言わないと……!

「……っ、アナスタシア」

「なあに?」

「……ありがとう、ございます。……すごく、すごくうれしいです。ほんとうに……」

「えへっ、よかったぁ」

 彼女のすてきな笑顔に釣られて緩む頬。指輪があたたかく感じる。

指先から伝わる優しさが苦しくなるくらい私を安心させてくれるのです。

名残惜しそうに手を離したアナスタシアは、窓の外で光る月を見上げました。

「ルーチェちゃん、絶対助けようね。だいじょうぶ、わたしたちには……」

 彼女はリボンに触れました。私も指輪に指を添えました。

「……ふふっ、わたしたちならだいじょうぶ。だいじょうぶだよ、サヨちゃん」

 自分に言い聞かせるように、私を安心させるように、アナスタシアは繰り返しました。

「そろそろ寝よっか。きっと今日は優しい夢が見られるよ」

「……えぇ。おやすみなさい、アナスタシア」

「おやすみ、サヨちゃん」

 カーテンを閉め、月明かりに別れを告げました。暗い部屋でも明かりはいらない。

夢を見るためだけではなく、あたたかい光を得たから心配はいらなくなったのです。

 待っていてください、ルゥ。必ず救ってみせます。

だからもう少しだけがんばって。

 私は決意を新たに銀色が光る手を抱きしめました。

お読みいただきありがとうございました。

読者様の想像力をフル稼働させてロマンチックにしてください。

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