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392.物語 ③地下の秘め光

本日もこんばんは。

新キャラがたくさんです。

 ため息をついてしまいそうな気持ち悪さが消えないまま、私は少し重い体に鞭打って立ち上がりました。

魔なるものの気配は……なさそうですね。人間も同様。

懐中時計と短剣はある。よし、行きましょう。

 水嵩は三十センチくらいでしょうか。そんなに高くないように思いますが、それでも足を取られます。よいしょ、よいしょと歩き、歩道らしき場所に上がります。服が水を吸って重い……。

 雑巾のように絞りながら水を恨めしく見ると、おや? と思うことがありました。

水がすごくきれいなのです。淡く光っているようにも見える。

さっきまでの地下水路と雰囲気が違う。別世界に来てしまったようでした。

壁はコンクリートではなくレンガを積み重ねて作ってあるようです。そこに、何個もの口が開き、目を見張るようなうつくしい水が流れ落ちてきています。

ここには水を感じる音がありますね。おかげで変に落ち着いてくる。

いけない。はやくここから出なくては。

 きょろきょろと辺りを観察し、奥へと続くアーチ状の道を見つけました。

他は壁に開いた小さな穴だけ。人間が通れる大きさではない。

仕方ありません。選択肢はひとつだけ。行くしかないようですね。

何度も魔法を確認しながら、短剣に手を添えて歩いて行きます。すぐ隣を流れていく水はやはりとても透き通っています。

 誘われるように壁に沿って足を進めていると、前方にひらけた場所があることを確認しました。直前で止まり、先を見ます。

……誰もいない? よし、進みましょう。

 足を踏み入れたそこは、別世界に来たことを確信させるくらい幻想的な雰囲気を漂わせていました。

淡い緑色のような青色のような……見ていると安らいでしまう色で統一された空間。

レンガで作られた道は水路の上を縦横無尽に枝分かれ、またいくつもの道へと続いているようでした。太い大きな柱は水の中に鎮座しています。細やかな装飾や広々とした空間は荘厳。

きれいだとは思いますが、同時に少し恐ろしい。底知れぬ力がこの場にあるようです。

ずっといられるような場所ではない。

 広大な地下空間を歩いて行くと、水の流れが一か所に集まる先に何かがある――。

「……っ。……人?」

 慌てて謎の台座に隠れます。

気づかなかった。まるで気配がしなかった。人間か、魔なるものか。

……魔の気配はない。やっぱり人間でしょうか。

 床にぺたりと座っているようです。その後ろ姿は小さく、淡い金髪は結っているのでしょうが長くて床に垂れています。汚れてしまうことも気にしている様子はなく、その人は俯いたまま動きません。

じっと息を潜めていると、紙をめくる音が聞こえました。本を読んでいるのでしょうか。人間ならばまだ幼いはず。年齢は二桁いっているかどうか。

「…………?」

 ふと、視界に少女の姿が重なりました。ぐるんぐるん転がった影響が出ているのでしょうか。目をこすり、脳裏で微笑むあの子を押し込みます。

いま思い出しているヒマはありません。

 少女らしき人間を避けて道に行けるか……? とりあえず、謎の台座やら石像やらなんやらに隠れながら進みましょう。

 そう思い、膝を曲げつつ別の台座に移ろうとした時。

水に濡れている靴が滑り、咄嗟に台座についているよくわからない装飾を掴みました。

ところが。

「まじですかっ……⁉」

 取れました。よくわからんやつ、あっさり取れちゃいました。

勢いそのまますっ転ぶ私。めちゃくちゃ恥ずかしいですし、絶対バレた。

ええい! と短剣を構えた私は、地に手をつきながらそれっぽい体勢を取ります。

 視線の先、少女が振り向いてこちらを見ていました。

「えっ……」

 魔王さんとは違う青い目。けれど、私はこの色を知っている。

……いや、そんなわけが。どうして。え、なんで? 一体なぜ……。

「ステラさん……?」

 思わずこぼれた名前。

困惑と驚愕が入り混じり、思考がまとまらない。

何を言っているのです、私。彼女はもう……。でも、目の前の少女はステラさんと瓜二つ。うつくしい金の髪も穏やかな深い青も同じ。

幻覚を見ているのでしょうか。でなければ、説明がつきません。

 衝撃で動けずにいる私に、少女も同じように目を見開いていました。

けれど、青い目にあるのは恐怖でも警戒でも不審でもなく。

あの子がかつて私に向けてくれたきらきらした瞳と同じものでした。

そのことにさらに困惑した私に、少女は一言。

「……王子様っ⁉」

 ……。……。……。……はい?



 コレット・クロノス。歳は二十。操作魔法の使い手でカテゴリは時間。

それを聞いた時、勇者さんは「そうなんですね」くらいにしか思っていないようでしたが、ぼくは内心で関心を示していました。

 操作魔法は人間に多い魔法ですが、その対象は実に様々です。カテゴリ『時間』はかなり珍しく、重宝されるものでしょう。

少し自慢げに語るコレットさんは、自身の固有魔法『クロックワイズ』について説明してくれました。

 本来、固有魔法の内容や性質は簡単に話すものではありません。当然ですよね。こういう魔法を使うと知っていれば対策できてしまうのだから。

任務に必要になるから話すというのは理解できますが、彼女の魔法は話しても対策しにくいという特殊な事情がありました。

 クロックワイズ。それは時間を停止する魔法。

それを聞いた時、勇者さんは「まじか」という顔をしていました。

とはいえ、自由自在に止めることはできません。あまりに強すぎる効果は世界に影響を与えかねない。神様が許さないでしょうね。

彼女にできるのは『任意のタイミングで五秒間の時を止めること』。

たった五秒。されど五秒。

五秒あれば殺せますからね。

彼女の魔法はとても強力であることはたしかです。

五秒間の時間停止が解除されてから五分間のクールタイムを要する。

たった五分。されど五分。

彼女の魔法がどのような影響を及ぼすのか、ぼくはまだ知りません。

 正直、コレットさんの魔法よりも気になることがありましてね。

地下水路を歩いている時も、勇者さんの様子を見つつもそのことばかり考えていました。それはうさぎモドキことラパンさんから聞いた話です。

各々資料を読んでいる時のこと、ぼくは個別に彼もしくは彼女に呼ばれて席を離れました。

勇者さんたちが見える位置。けれども話は聞こえない位置です。

律儀に椅子に座り、ぼくをまっすぐ見るうさぎモドキ。

「なんの用です?」

「そんなに警戒しないでおくれ。少し君に……魔王としての君に訊きたいことがあってね」

「そんなこと言われたら余計に警戒するのですが」

「君が大切にしているという勇者にも関係することだ。嘘はナシで答えてもらいたい」

「……内容によります」

 このうさぎ、まだ信用できません。ぼくたちのテーブルに乱入してきた時から人間の視線とは異なる動きで勇者さんのことを見ている。つぶらな瞳に秘める真意が掴みきれない。

「単刀直入に訊こう」と開いたうさぎの口から飛び出した言葉は――。

「魔王ちゃん!」

 そう、魔王ちゃん……って、はい?

ふと気がつくと、アナスタシアさんが必死の形相でぼくの肩を掴んでいました。

「なんですか?」

「なんですかじゃないよ! サヨちゃんはどこ⁉」

「勇者さんなら斜め右の分かれ道に飛び込むのを見ましたよ」

「だから、いないんだってば!」

 いない? そんなまさか。だってぼくはあの子が隠れるのを確認して別の分かれ道を選んだのです。急いでそこに向かうと、狭い窪みに大剣と旅行鞄が置かれているだけで勇者さんの姿はありません。

……嘘。一体どこに? あの短時間で別の分かれ道に移動した? いえ、それならばぼくが気づいたはずです。

「うさぎモドキ、あの子の音はありますか」

「……。……。いや、ないようだ。警備員の足音ももう聞こえない」

「……どういうことです。勇者さん……」

 焦りと不安がふつふつと湧いてきますが、それに囚われて短絡的な行動を取ることはしませんでした。

 なぜなら、ぼく以上に慌てふためく人がいたから。

「ど、どうしよう、どうしよう! わたしが守るって言ったのに、これじゃまた……! サヨちゃんどこ⁉ サヨちゃ――」

「静かに。安心しなさい、アナスタシア」

 震えるアナスタシアをもふもふに耳で捕まえるうさぎモドキ。口を覆われ、彼女は抵抗するように手で掴みました。

「彼女なら心配いらない」

「なんでそんなことっ!」

「あとで教えてあげるから、今は静かにしなさい。僕たちが見つかれば、彼女にも危険が及ぶことになる」

「……っ! で、でも、どこにいるかもわからないのに安心なんてできません。ケガしているかもしれないじゃない……!」

「必ず合流できる。必ずだ。いいね?」

「…………今、師匠のことちょっと信用できなくなりました」

「構わない。君が冷静になることで彼女の安全は保障されるのだから」

「…………」

 魔法を発動せんと魔力を集めていたアナスタシアから緑色のオーラが消えていきました。

目に暗い色を落とし、無理やり深呼吸を繰り返します。

 きらりと輝く金色のリボンを握りしめながら、彼女は探るような目でぼくを見ました。

「……魔王ちゃんは心配じゃないの?」

「あの子が生きていることはわかります。それに……」

 うさぎモドキを一瞥します。それは自信ありと言いたげな目をしていました。

「ラパンさんが言っている意味もわかりますからね」

「……今、魔王ちゃんのことも信用できなくなったかも」

「おや、今まで信用してくれていたのですか?」

「あ、やな言い方~……。一応だよ、一応。あなたもあなたなりにサヨちゃんのことを大事にしているみたいだから。まあ、一気に不信感が増したけどね」

「わかっていませんねぇ。あの子も経験は積んできています。これは無関心ではなく信頼ですよ」

 微笑みを浮かべ、ぼくは勇者さんの持ち物を回収しました。合流した時に渡さなくてはいけませんからね。

「別に、わたしだって信頼してるし、サヨちゃんの力はわかってるし……」

 もごもごと言い訳のように口ごもるアナスタシアに余裕の笑みを浮かべるぼく。

「さあ、行きましょう。勇者さんと合流できる場所まで移動しなくては」

 悠々と歩き出したぼくに、アナスタシアさんはぽつり。

「そっち行き止まりだよ」

「痛ぁ⁉ は、はやく言ってくださいよ……」

 壁に額をぶつけました。じんじんするぅ……。

「信用ゲージが下がったから言いたくなかった」

「めんどくさい魔女ですね……」

「自分の方が彼女のことをわかってますアピールも腹立ったから好感度も下がったの」

「まっじでめんどくさいですね」

 額を押さえるぼくに、アナスタシアは呆れた様子で、けれど少し笑って「魔王ちゃんも心配してるじゃん」とつぶやきました。

 そうですよ! ぼくだって心配で心配で仕方ありませんよ! 今すぐにこの地下水路ぶっ壊して探したいですけど! それをしないのにいくつかの理由がありましてね……。

 そのうちの一つにうさぎモドキが『心配いらない』と断言するに至った理由があるのです。

「よろしいのですか?」

「うん。僕たちは先に進もう」

 歩き出したコレットさん、うさぎモドキにぼくも続きます。少し遅れてアナスタシアも歩き始めました。何度も後ろを振り返っている気配を背に感じながら、ぼくはうさぎモドキの耳を掴みます。

「おや、うさぎの耳を持つとは」

「きみはモドキでしょう」

「まあ、その程度の力なら痛くはないけどね。何か用かな?」

 ぼくたちは小声で会話します。コレットさんにもアナスタシアさんにも聴こえないわずかな声です。

「きみの自信はあのことが理由ですね」

「その通り。君も同じだと思うが、どうだろう?」

「……えぇ。あの子は勇者として引き寄せられたのでしょう。それなら、多少は安心できます」

「幸か不幸かって感じだね」

「よく言いますよ。きみは最初から幸のつもりあの子を利用したくせに」

 不満を露わにするぼくを気にすることなく、うさぎモドキは羽をぱたぱたさせました。

「すまないね。僕は主の命が最優先だから」

「構いません。誰にでも優先すべきことはあります。だから、ぼくもきみのことを利用させてもらいますよ」

「いいだろう。好きに使っておくれ。……耳は離してくれるかな?」

 パッと手を離すと、うさぎモドキはそそくさと先頭に戻っていきました。

聞こえるようにため息をつきながら、ぼくは脳内で反芻する話を思い返しました。

 そう、単刀直入に訊こう、の後です。

「君は『五芒星』についての情報をどのくらい知っている?」

 うさぎモドキはなんてことないようにそれを口にしました。

「…………」

 何も言わず、ぼくは潜めていた警戒を露わにしました。『なぜそれを訊く?』と圧をかけます。

「ノスタルジア魔法学院から派遣しているハイドアウト。彼らの目的は魔法使いたちの保護だが、世界に散らばる私のような魔法使いはちょっと事情が違う。学院長直々に命を受けた数名の魔法使いの目的、それは、五芒星の発見なんだよ」

「見つけてどうするのです」

「第一に保護」

「第二は?」

「今まで第二の事項を実行したことはないから省略させてもらうよ」

 ぼくはそれ以上問い詰めませんでしたが、『第二の事項』とやらはわかっていました。きっと、今までぼくが魔王として行ってきたことでしょう。

それすなわち、殺害。

うさぎモドキの言葉を信じるのなら、まだやったことはないようですが。

「勇者の存在の有無はリュミエンセル任務において中枢を担うものだ。いい意味で、計画が大いに狂ったよ」

「……勇者さんをどうするつもりですか」

「どうもしない。来てくれるだけでいい。それで僕たちの計画は一気に良い方向に進むだろう。保護対象である魔法使いも発見できる可能性が高くなったからね」

 ぼくは持っていた資料をテーブルに広げます。うさぎモドキは見もしません。

「この資料、ずいぶん情報が少ないですし、雑です。わざとですよね」

「そうだね」

「最優先事項である魔法使いの性別、年齢、外見の情報もなければ、どこにいるかもわかっていない。ノスタルジア魔法学院は本当に魔法使いを救う気があるんですか? それとも、あのコレットとかいう魔女はそんなに低レベルなのです?」

「君の言うことはごもっともだ。そうだね、僕たちの当初の計画は今と違った。目的はひとつではないのだよ。マオには伝えておこうと思っているけど、またあとでね」

「……モドキのくせに意味深なことを。新しい計画は勇者さんありき。ずいぶん博打的なことをするじゃないですか」

「こうでもしないと救出が難しい相手なんだ」

 ぼくは鋭い目でうさぎモドキを見つめます。当の本人……本うさぎは気にすることなく耳を動かしました。

 ここまで聞いた話でぼくは確信を得ていました。

ため息が出る。うさぎモドキの計画に、めんどくさそうな国に、のんびり旅に降りかかる厄介事に。――ではなく。

ぼくが引き起こした罪の深さに。あの子が背負った運命に。まとわりつく因果の糸に。

「……逃げられないのですね」

 こぼさずにはいられない。目を逸らしたくても、もう遅い。

「リュミエンセルにおける保護対象、それが何者か。もうわかっただろう」

「えぇ。儀式の前に勇者さんがここに来たことも、もはや必然だったように感じてきましたよ」

 そんなことあってたまるか、と言いたいところですけれど。

あぁ……、運命が回る。吉と出るか凶と出るか。……どうか、吉であれと願います。

 うさぎモドキは鼻をひくひくさせて言いました。

「リュミエンセルに囚われている者。それは五芒星がひとり、『光』を司る魔法使いだよ」

お読みいただきありがとうございました。

「五芒星ってなんだっけ?」と思った方、すごくてやばい魔法使いだと思っていればだいじょうぶです。240話『誰もが知ってるあのひとの話』で多少詳しく描かれているので気になった方はぜひ。

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