390.物語 ①再会
本日もこんばんは。
気になるサブタイ。
パラソルのついたいくつものテーブル。飲み物を運ぶ店員が行ったり来たり。
がやがやと騒がしく、たくさんの人々が行き交うここはビアガーデンと呼ばれる場所だそうです。主に旅人をターゲットにしているらしく、ちらりと見ても旅装に身を包んだ人間が何人も確認できました。
中には魔法使いらしき装いの人もいますね。
実に多種多様ですが、私たちには負けるでしょう。
初めて会ったばかりでもお酒の力であっさり握手を交わし、私たちといい勝負のくだらない会話に花を咲かせています。
彼らは旅の情報共有や世間話、自身の目的に関する情報収集などを行っているようです。
そんな賑やかなテーブル席から少し外れた場所に私たちは座っていました。
「このジュースおいしいです!」
「何味ですか?」
「飲みます? いいですよ。ぜひ! ほらほら~」
「酔っぱらってます? まあ、ふりでしょうけど」
「気持ちが大事なんですよう、気持ちが」
昼間からジョッキを傾ける魔王さん。中身はオレンジジュースです。注文の時に聞いていました。
私はオムライスを一口頬張り、もぐもぐしながら旅人たちを横目で見ます。
なぜビアガーデンにいるのか、ですか?
見てわかりませんか。お昼ごはん食べているんですよ。
…………。
と、まあ、そんなことはよくて。
私たちの旅は目的地がありません。ゆえに、聞いた話や噂からなんとなくの行先を決めることもしばしばあり、その際は情報が乱雑に雑じり合う場所で掠め取るのが手っ取り早いというわけです。
無造作に飛んでくる情報からこれまたなんとなく選び、さらになんとなく次の目的地にする。また、旅人や地元住民の話を聞けば、訪れた方がいい場所以外にも訪れない方がいい場所も知ることができます。
あそこは危険な国だ、とか。この先の道は土砂崩れで通れない、とか。
こういう見た目の旅人には気をつけろ、とか。いろいろです。
魔王さんが隣にいるせいでほとんどまったく少ししか気にしていない私でも、流れ込んでくる情報はそれとなく聞いてしまうものです。
……たまーに、お金になりますし。
ほんのわずかな情報でも命取りになるのが旅です。魔王さんは人間が好きなので、旅人に出会うと簡単な情報を提供することがあります。その際、相手が有益だと思った場合は情報料をくれることがあるのですよ。
それを目当てに嘘の情報を言う者もいますから、そこは性格とか内容とか状況とかで判断するしかありません。何事も経験ですね。
そういう旅人事情があり、こうしたビアガーデンのような場所は重宝されるそうです。
自分の持っている情報がかなり有益かつ自分しか知らない場合は売ることもできますからね。いくらとんでもない情報を持っていても、売る相手がいなければ宝の持ち腐れです。
つまり、ウィンウィンってことです。
「耳に入ってきた情報によれば、この近くに大きな国があるそうですね」
「魔王さんも知らない国ですか?」
「なんでも知っているわけではありませんから。行ってみたら思い出すってことはあるかもですが」
「記憶力が哀れですもんね」
「てへへ……。それで、どうしますか? 行ってみます?」
魔王さんは黄金色の液体にスプーンをくぐらせます。かぼちゃスープだそうです。おいしそう。
「もうすぐ国を挙げてのお祭りが開催されるようですし、おいしいものがたくさんあるかもしれませんよ」
「国とお祭りって聞くとどうにもね……」
まだ何もしていないのに疲労を感じる気がしました。大変だったなぁ、あの時。
腰につけた懐中時計に触れるのも癖になってきた頃です。
指に伝わる感覚が思い出を鮮明に呼び起こしてくれる。
「お祭りなら人も多いでしょうし、結構です」
「おや、残念。ですが、エトワテールと違ってこの国は『光の国』と呼ばれて――」
魔王さんがぴたりと言葉を止めました。眉を変な形にし、口も変な形にし、変な雰囲気をまとい、私の横を指さして叫びます。
「勇者さんの隣に変なのが!」
魔王さんが言うならよっぽどでしょうね。気になって目を向けると、そこには。
つぶらな瞳で私を見上げるうさぎ……いや、なんだ? 背中に羽……いや、耳が、え?
いわゆる一般的なうさぎのようですが、耳がロリポップ、いわゆるペロペロキャンディーのようにくるくる巻かれています。かなり長さがあるようですね。
そして、柔らかさそうな毛並みをした背中には、まるでおもちゃのようにかわいらしい小さな羽がついています。
絶対飛べない羽ですが、かわいいのでいっか。
例えるなら、八割うさぎ、一割鳥、一割わからん、という謎生物ってとこでしょうか。
とにかく変なのです。変なのとしか言いようがありません。
それはちょこんと椅子に座り、ふわふわの手を挙げて挨拶してきました。
「やあ、初めまして」
「は、初めまして……」
つい返事をしてしまいました。だいじょうぶかな。
ていうか、いつからいました? 全然気づきませんでしたよ。気配もなくて……。
こんな動物いるんですね。しゃべれるんだ。すごいなぁ。
「そんなわけないでしょー!」
すごい剣幕で魔王さんが立ち上がりました。
あ、違うんだ。もふもふでかわいいのに。
「誰ですか、きみ! 勇……その子から離れてください!」
「驚かせてすまないね。僕はラパン。見ての通り魔法使いさ」
「見ての通らないです!」
「こんなにもふもふなのにかい?」
「もふもふと魔法使いは関係ないでしょう!」
「悲しいことを言うね」
「悲しくないですよ! って、きみはほんとに誰なんです⁉ 流暢に言葉を話すうさぎモドキなんかこの世に存在しません。いるとしたら魔物ですよ」
「じゃあ、僕は魔物かい?」
「違いますよ。きみから魔なるものの気配は感じない――」
ハッとして口をつぐむ魔王さん。私も『あっ』と思いましたが、もう遅いですね。
「なぜ魔なるものの気配がわかるんだい?」
「ぼ、ぼくは見ての通り聖女ですから」
めちゃくちゃ嘘です。
「なるほど。聖女なら勘付いて当然だね」
「……でしょう? それで、まじでほんとにいよいよきみは何者ですか」
警戒を露わにする魔王さん。それを受け止める謎のもふもふラパンさん。
「…………もぐもぐ」
オムライスを食べる私。
「この状況でよく食べられますね」
「この状況でよく食べられるね」
同時に言われました。だって冷めちゃうし……。
魔なるものの気配がしないので、動物の突然変異とかそういうのでしょう。知らないだけでありますよ、きっと、うん。襲ってくる気配もありませんし、魔王さんがちゃっかり光魔法で壁を作ってくれましたし、私にはオムライスを食べるくらいしかすることありません。
「そんなに警戒しないでほしい。僕は敵ではないよ」
「証拠を示してください」
「確固たる証拠は今ここにはなくてね。少し待ってくれるかな? それより、僕は君たちに依頼があって来たんだ」
「では、証拠を持ってまた来てください。そうしたら、話くらいは聞いてあげましょう」
「いい対応だ。旅人として正しいね」
「ずいぶん上からじゃないですか」
「おや、気に障ったかな。すまない。職業柄、こういう対応をしてしまう癖があってね」
もふもふは私を見つめて小首を傾げます。
「君は全然話さないね。どうしたのかな?」
「…………どうもしません」
「黒い髪と赤い目。それが理由かい?」
「……そういう、わけでは」
もふもふはフードの下をさらに覗きこもうとしました。思わず顔を背け、フードを深くします。
「魔族なのかい?」
「……違います」
「じゃあ、勇者かな?」
「…………っ」
一瞬、息を止めてしまいました。その流れでそうくると思わなかった。
なんで勇者という選択肢があるんですか。まさか、かまをかけた……?
だとしたら、やらかした。反応してしまった。
案の定、ラパンさんは鼻をひくひくさせました。……どういう感情なの、それ?
「やっぱり勇者か。それなら、なおさら僕の話を聞いてくれないかな」
「…………」
「ともかく、きみはちょっと怪し過ぎます。敵ではないと言いましたが、味方とも言っていません。いまはさっき言った証拠とやらを持ってきてください」
「あ、味方だよ」
「いま言っても遅いです!」
ラパンさんは小さな羽をぱたぱたさせ、少し考えているようでした。やがて、くるくるに巻いてあった耳を伸ばし、くるんっと戻しました。
……どういう、その、あれなんですかね?
「いやぁ、いろいろすまなかったね。あの子が来る前に君たちと話をしてみたくて」
「あの子?」
「そうさ。ほら、向こうから来るだろう。おーい、こっちだよ」
ラパンさんは耳を伸ばし、場所を伝えました。
遠くから走ってくる足音がします。
「師匠ー! 情報を集めて来いって言っておいていなくなるとは何事ですか!」
不満そうな少女の声。……あれ、この声って……。
俯いていた私は、聞き覚えのある声に驚いて勢いよく顔を上げました。
そのはずみでフードが脱げ、顔が露わになりました。
「心配しましたよ~……。捕まって研究所送りにされちゃったかと思っ――えっ」
重なる視線。少女は口を開けて目を見開きました。
「うそ……。サ、サヨちゃん……?」
少女――アナスタシアは、みるみるうちに金色の瞳に涙をため、
「サヨちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ‼」
両手を広げて駆け寄ってきました。
持っていた資料らしき紙束を投げ捨て、猛スピードで突っ込んでくるアナスタシア。
この勢いで抱きつかれたら私が危険なので、それとなく受け止める体勢を取ります。
彼女はぽろぽろ涙を流しながら私に突撃――。
「ぐぬぬぅっ!」
しませんでした。直前でブレーキをかけ、体を震わせて止まっています。
敵の攻撃ですか?
「ど、どうしました?」
「サヨちゃんは人間嫌いで触れられるのが得意じゃないって聞いたのを思い出して……。前は知らなくて突然抱きついちゃったから、今度会った時は気をつけようって……あと、前のことも謝ろうって……」
行き場を失った両手を挙げたまま、アナスタシアはぷるぷる小刻みに震えていました。
なるほど。律儀な人ですね。
私は少し躊躇いつつも手を伸ばしました。
「……構いませんよ」
「……っ! サ、サヨちゃん!」
途端、私を包むぬくもり。懐かしさを覚える彼女の雰囲気。
私よりも背の高いアナスタシアの背中に手を添え、おずおずと抱きしめ返しました。
「お久しぶりです、アナスタシア」
「うんっ! うん! 久しぶり、サヨちゃん!」
彼女はうれしさのあまり、でしょうか。私に頬ずりしながら「愛~~」と言って自分の世界に入ってしまったようです。
それにガマンの限界がきたのは魔王さん。私たちをべりっと剥がすと、
「久々の再会なので許しましたが、もうだめです! くっついている時間が長い! 距離が近い! 勇者さんが許可したのはハグだけです。頬ずりは無許可ですよ!」
「わっ、ご、ごめんねサヨちゃん。嫌だったら殴り飛ばしていいんだよ」
そんなことしませんけど……。
「魔王ちゃんも久しぶり。元気にしてた? サヨちゃんもらってもいい?」
「お久しぶりです、アナスタシアさん。絶対だめです何言ってんですかこのやろめ」
「ちょっと、離してよ。サヨちゃんが遠い~……」
「落ち着きを持ってくれたら離しますよ」
「わたしはいつでも正気で冷静で愛情たっぷりだよ?」
くるりと手に持った杖を一振り。淡い緑色の鳥が出現し、私の肩に止まりました。
この魔法はたしか、トキツカゼでしたっけ。優しくあたたかな風を感じます。
私、この魔法好きですよ。
「はあ、きみはいるだけでやかましいですね。というか、こんなところで何を……あれ? なんの話でしたっけ」
アナスタシアにペースを乱された魔王さんは本気で首を傾げました。
お読みいただきありがとうございました。
最初に二度目の登場を果たしたのは魔女っ子アナスタシアです。みなさま拍手でお迎えください。