39.会話 服の話
本日もこんばんは。
健全な服の話です。
「大変でしたねぇ。まさか突然豪雨に降られるとは」
「おかげでてっぺんからつま先まで水浸しです。いっそ川に落ちた方がはやいです」
「わざわざ落ちなくても。このままにしておくわけにもいきません。着替えはありますか?」
「……着替え、ですか」
「旅をしているんですし、一着くらい予備があるでしょう?」
「ないんだな、これが」
「誰ですか。って、ないんですか。ほんとに?」
「そもそも服を買うお金もありませんし、買うお金があったら食べ物を買います」
「生活必需品ですよ。せめて二着は持っているべきです」
「この服でじゅうぶんですよ」
「お気に入りですか?」
「趣味じゃないです。今すぐ脱ぎたい」
「でも着るんですね」
「無料なので」
「洗濯中はどうしているんですか。まさかありのままですか?」
「ローブを羽織っています。宿に泊まっている時は、備え付けのルームウェアとか。なければタオルかはぎ取ったシーツ」
「山賊みたいですね。もうちょっと恥じらいを持ってくれてもいいのでは……」
「見られて減るものでもありませんし。見て得になることありますか?」
「世の中にはいろんなひとがいるんですよ。絶対にありのままでいてはいけませんからね、勇者さん」
「優しい口調なのに圧がすごい」
「それに、着ていないと寒いでしょう」
「少しも寒くな――」
「せっかくの機会です。服を買いに行きましょう」
「えー、いいですよ。私はいらないです。魔王さんの装備品だけ増やしましょう」
「RPGみたいに言うのやめてください。向こうに呉服屋さんがありますよ。行ってみましょう。ごめんくださーい」
「ちょっと魔王さん、私はあまり人と関わるのは――って、誰もいませんね」
「代金を置いて商品を勝手に持っていくスタイルのようです。無人販売ですね」
「セキュリティはだいじょうぶなのやら。まあ、誰もいないならいいです」
「勇者さん、勇者さん! これどうですか? 勇者さんにとっても似合いそうです」
「うーん……? このひらひら必要ですか?」
「かわいいでしょう? ちなみに、勇者さんはお好きな服ってあるんですか? タイトなのがいいとか、ゆったりしたのがいいとか」
「動きやすくて肌触りがいいやつですね。睡眠時に最適です。そして地味なやつ」
「寝る時もその服ですもんね。神様ももう少し考えてあげればいいのに」
「配慮の欠片もありませんからね」
「これとかどうです? 足首まで隠れるスカートです。ゆったりふんわりですよ~」
「裾を踏みそうです」
「では、この花柄のワンピースはどうでしょう。きゅっと引き締めた腰がポイントです」
「かわいい……んでしょうけど、私には似合いませんよ」
「そんなことないですよう! 勇者さんにはどれも似合います。……あっ」
「なにか見つけました?」
「これ、どうですか? 真っ白なワンピース!」
「あの、私に白はちょっと……」
「えー、どうしてです? 絶対似合うのに」
「せめて寒色系の色でお願いします」
「うーん……、ハッ! 勇者さん! 勇者さん!」
「叫ばなくても横にいるんだから聞こえますよ。なんですか?」
「見てください、きれいな空色のワンピースですよ! こういう色、お好きでしたよね?」
「まあ、そうですね。好きですよ」
「しかもこれ、同時に二着買うと割引になるそうです。お得です!」
「同じものふたつもいりませんよ」
「お洗濯の時に困るでしょう。もしもの時用のもう一着ですよ」
「……。わかりました。それにしましょう」
「今の間はなんですか?」
「いえ、お気になさらず」
「代金をここにっと。はい、勇者さん。新しい装備ですよ」
「ありがとうございます。では、魔王さんにこれを」
「買った一着をぼくに? 勇者さんに買ったんですよ?」
「私には一着あればじゅうぶんです。それに、この色はあなたの方がよく似合います」
「勇者さん……。あの、ひとついいですか?」
「なんですか」
「きっとこれは言わない方がいいんでしょうけど……」
「構いませんよ」
「おそろいですね、勇者さんっ!」
「返してくださいその服!」
お読みいただきありがとうございました。
服は返してもらえなかった勇者さん。
魔王「気に入った服があれば随時追加していきましょうね」
勇者「そんなにいらないです。邪魔ですかさばります」
魔王「なんなら毎日衣装違いで」
勇者「めんどくさっ」




