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375.物語 ⑥たけのこが繋ぐ絆

本日もこんばんは。

もふもふウチャレットたちとの時間が終わる時間です。最後までお楽しみくださいね。

 やがて、空に静寂が訪れました。それは、恩返しの終わりでもありました。

「ノコスケさん、ウチャレットのみなさん、おもてなし、ありがとうございました」

「わたすたちも楽しかったっすよ。またのお越しをお待ちしているっす」

 ノコスケさんは短い手をぶんぶん振りました。それは伝染し、すべてのウチャレットさんたちに広がりました。

「勇者どのー」

「どのー」

「魔王さまー」

「さまー」

 あちこちから聞こえてくるお別れの声。ノコスケさんがトコトコ歩み寄り、

「お土産っす。ぜひ持って行ってくださいっす」

 竹の籠に入ったたけのこでした。ちらりと魔王さんを見ると、とっても小さなため息をはきながら頷いていました。

「ありがとうございます。いただきます」

「へへっす!」

 私は彼らに手を振り、魔王さんとふたりで山を下りました。コテージに戻ると、静かな部屋に耳鳴りがするようです。まだ彼らの賑やかな声が耳から離れません。

もふもふ……。とてもよかったです。ご飯も全部おいしかったですし。

「今日の勇者さん、いつもよりナチュラルに接していましたね」

 もらったたけのこを冷蔵庫に入れ、飲み物を持って来た魔王さんが言いました。

「やはり、相手がもふもふなので警戒心が消えちゃったのでしょう」

「私はいつもあんな感じですよ」

「人間と話す時を思い出してくださいな」

「…………」

 ぽくぽく、ぽくぽく、ちーん。

「……あんな感じですよ」

「その間が答えですよ」

 水を手渡しながら、「罠にかかった魔物を助けた時も、恩返ししたいから村に来てくれと言われた時も、きみはもふもふしか見ていませんでしたね」と私を見つめます。

「そんなことはありません。勇者としての行動を念頭に置いています」

 私は目を逸らしながら言いました。魔王さんは場所を動いてしつこく目線を合わせます。

「この際だからはっきり言います」

「……なんですか」

「勇者さん、もふもふが絡むと判断能力が低下するんですよ!」

「そ、そんなことありません。魔王さんの気のせいです」

「違いません。動物は好きじゃないとか強いて言うならうさぎが好きとか言っていますけどね、全部バレてるんですよ! きみ、動物めっちゃ好きでしょう!」

「うっ…………」

 私は鞄からミソラを取り出してガードしました。

魔王さんが強い……! このままじゃ負けてしまいます……!

「べ、別に好きじゃないです」

「その路線でいくのは構いませんが、相手が魔物である場合は安全最優先の行動を取ってくださいね?」

「それはつまり……」

「もふもふだろうと気を緩めない」

「あうっ……」

 ミソラ、助けてぇ……。

「勇者さんにとっての強敵は超級魔族なんかではなく、もふもふ魔族なのかもしれませんね……」

 神妙な顔をした魔王さんは、私に手を伸ばしました。

「どんな敵にも等しく対応しなくては。特訓として、まずはミソラさんを渡してください」

「えっ…………」

 慌ててミソラを抱きしめ、小さく首を横に振りました。

「……いやです」

「だめです。勇者さんにもふもふ耐性を作らないと」

「……い、いやです。ミソラは私の……です!」

 ぎゅーっと抱き、魔王さんの要求を頑なに拒みました。何か言ってくるかと思いましたが、しばらく待っても何も起きません。恐る恐る魔王さんを見ると、

「……なにそれかわいい……。むり……。勇者さんからミソラさんを取り上げるなんて愚行、ぼくにはできないっ……!」

 胸を抑えて床に落ちていました。……なんだこのひと。まあ、ミソラを没収されないのなら何でもいいです。

 そうして、賑やかだった五日目はゆっくりと終わりを迎えました。



 町を出る日。もらったたけのこを使った朝ごはんを食べ、私たちは町にやって来ていました。『確認』をしなければここを去ることはできないと魔王さんが言うのです。

 何人か捕まえて話を聞こうとしていると、通りすがりのご婦人が近づいてきました。

「こんにちは、勇者様」

 もちろん、魔王さんに向けて言っています。

「こんにちは」

「昨夜、コテージに伺ったのだけれど不在だったのよ。どこかお出かけなさっていたの?」

「えぇ、少しだけ」

「花火は見られたかしら?」

「はい、とってもきれいでしたよ。ありがとうございました」

「お礼を言うのはこちらの方よ。花火を見てほしいあまり、無理を言って滞在してもらったんですもの。楽しんでいただけてよかったわぁ」

 ご婦人は優雅に微笑みます。魔王さんも柔らかな笑みを浮かべ、「少々訊きたいことがあるのですが」と切り出します。

「なにかしら?」

「町のすぐそこにある山のことなのですが」

「えぇ、なんでも訊いてちょうだい」

 魔王さんは青い目に鋭い光を秘めて口を開きます。

「あそこに魔物が住み着いているのはご存知ですか?」

「魔物…………」

 ご婦人は口元に手を当て、

「もちろん、知っているわぁ」

 すてきな笑顔を浮かべました。……ん? なんですか、この反応。

「イタチみたいな子のことよね? あの子たちねぇ、とーってもおいしいたけのこを持ってきてくれるのよ」

「たけ……のこ……?」

 魔王さんがぽかんと口を開けます。

「木の実とか、お魚とか、山菜とか。その代わりと言ってはなんだけど、山ではとれない調味料をあげているのよ。あの子たち、料理が得意みたいでねぇ。うふふ」

「ほ、ほぁ……? 脅されているとかではなく?」

「脅すだなんてとんでもない。とても丁寧に接してくれるわぁ。この間も、『先日はありがとうございました。これはお礼のケーキです。腰痛に訊く木の実を使っているので、ぜひ一度食べてみてください』って」

 腰痛に訊く木の実ってなに。

「では、被害はないと?」

「えぇ。むしろ、あの子たちがいてくれると助かることの方が多いわねぇ。優しい子たちですもの。町の人たちはみんなわかっているわ。ただ、とても弱い魔物らしくて、人間があまり介入しない方が穏やかに暮らせると思ってね。町中で話し合い、いつからか人間はなるべく山に入らないようになったのよ」

「なるほど……」

「山に入らずとも食材が手に入るようになったし、あの子たちは定住地を得て、持ちつ持たれつの関係というわけよぉ」

「では、勇者の出番は」

「ありがとう。だいじょうぶよ」

感謝を述べたご婦人に、お礼も兼ねて彼らの名前を伝えます。

「ウチャレット……。うふふ、かわいい名前ね。覚えておくわ」

ご婦人と別れ、別の人を捕まえても「あぁ、あの細長イタチ! あいつらが持ってくるたけのこがまじ旨くてよぉ」とか、「この間、タルタルソースをあげてみたの。そしたら家族でお礼に来たわぁ。初めて食べて嬉しかったんですって」とか。

「どう思います、魔王さん?」

「まるで共存しているようですが……、まだ罠の可能性も……。ハッ、たけのこに幻覚作用でもあるんじゃ⁉」

「そうなんですか?」

「ないです……。魔力でどうこうしようにも、あれらの魔力では到底できませんし……」

 頭を抱えて唸る魔王さんとは裏腹に、私は少しだけ安堵していました。

ウチャレットさんたち、倒さなくていいですよね。弱いですし、もふもふですし、弱いですし。

 数撃ちゃ当たる、と何人も捕まえましたが、結果は同じ。あっちこっち行っては話を聞くので、お腹がすいてきてしまいました。もうじきお昼ごはんの時間ですね。そろそろ町を出ないと、また泊まることになります。

「最後にひとりだけ!」

 ほぼ自棄になった魔王さんが捕まえたのは買い物帰りの女性。魔物について一通り訊きますが、ここでも答えは変わりません。

「降参です……」

 何と戦っていたのやら。

「お話、ありがとうございました。くれぐれも魔物には気をつけて、仲良くお過ごしください……」

 よぼよぼと歩き出そうとする魔王さんを、女性は「待ってちょうだい」と呼び留めました。

「これから出発するのよね。お昼ごはんは食べたかしら?」

「いえ、まだですよ」

「だったら家に寄って行って。とっておきをあげるわ」

 それから数十分後。町を出た私たちはのどかな道を歩き、ひらけたところで昼食を摂ることにしました。

「どうぞ、勇者さん」

「ありがとうございます」

 受け取ったのは大きなおにぎりです。真っ白い色ではなく、茶色いお米でできています。歯ごたえのよさを感じるものが入っています。

「なんだかどっと疲れましたぁ……」

「ありもしない被害を訊き出そうと必死でしたもんね」

「ありもしない、ねぇ……。いえ、被害はありましたよ」

 おにぎりを食べながら、魔王さんは私を見つめます。

「魔物が持ってくるたけのこがおいしすぎてご飯が止まらない」

 私も女性からいただいたたけのこご飯おにぎりを見て小さく笑いました。

「たしかに、それは重大な被害ですね」

『魔物さんの恩返し』お読みいただきありがとうございました。

楽しんでいただけたでしょうか? またもふもふウチャレットたちに会いに来てくださいね。


魔王「もふもふが絡む時はぼくがしっかりしなくては……!」

勇者「その言い方だと私がへっぽこみたいじゃないですか」

魔王「実際、その通りなんですよ。へっぽこ勇者さんもかわいいですけどね!」

勇者「うれしくない」

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