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374.物語 ⑤ノコスケさんの恩返し

本日もこんばんは。

これは勇者が魔物の村でくつろぐ物語です。

 たけのこ料理を目一杯味わった私は、「次のおもてなしは夜っす。それまではのんびりしていてほしいっすよ」と、魔物さんの村を散歩することになりました。

「勇者どのー」

「勇者どのだー。魔王さまもいる」

「勇者どの、木の実食べる?」

 わらわら、わらわら。無数のもふもふが蜜におびき寄せられるかの如く寄ってきます。

「この魔物、イタチとフェレットとカワウソとうさぎを足して二で割って四でかけて七を引いたような見た目をしていますね」

「うさぎしかわかりませんでした。いたち……?」

「今度、見せてあげますね」

「ふわふわですか?」

「うーん、そうですねぇ。その中だとうさぎさんが一番ふわふわですかね」

「ふふっ、やっぱりうさぎってことですね」

 ふわもふは正義なのです。きっとミソラも喜んでいることでしょう。

私は足元に群がるふわふわを撫でようと手を伸ばしました。けれど。

「ま、待ってください」

「まだ警戒しているんですか? ちょっとだけですので」

「いえ、そうではなく」

「イタチフェレットカワウソうさぎを撫でるのは千歩譲って許可します」

「名称も考えましょうね」

「彼らを撫でる前に、ひとつお願いがあります」

「なんですか?」

 魔王さんは真剣な顔で私を見つめました。

「ぼくを撫でてください」

「…………」

 私はくすりと微笑んで言いました。

「プライドを持たんかい」



 イタチフェレットカワウソうさぎ魔物。ちょっと長すぎるし、私はうさぎしかわからないので名前を考えることにしました。個々の名前ではなく、彼らをまとめて呼ぶ名前です。

「ウチャレット、です」

「色々混ざっている感じがしますね」

「どうでしょうか?」

「いいと思いますよ。……せっかく勇者さんが名前を考えたというのに、ぼくの脳内は魔物への関心が死に絶えているので心の底から喜べない自分がいます。ですが、ぼくはきみのすべてを肯定したいのです。とはいえ魔物はまじで滅べばいい……。あぁぁぁ~~、ぼくはどうすればぁぁぁああぁ~」

めんどくさそうな魔王さんが頭を抱えている横で、私はウチャレットのこどもたちを撫でていました。ふわふわ~。よき~。

ノコスケさんのリボン耳を聞きつけ、お願いしてくるひとたちもたくさんいました。なるべく被らないように結びましたが、あいにくレパートリーが少なくて……。今度、練習しましょう。

「勇者どのー」

「どのー」

「はい、順番ですよ」

「わーいわーい」

「ウチャレットわーい」

私が考えた名称は彼らにあっという間に広がりました。魔王さん曰く、名称であれば魔法の心配もないとのことです。私のことを『人間』と呼ぶのに近いのだとか。

ふわふわの中にいる私を輪の外から眺める魔王さんは、相変わらず不満そうな色を隠しません。ぷくりと頬を膨らませ、しゃがんだまま肘をついています。

勇者である私が魔物と仲良くしているから?

ウチャレットのみなさんが私にまとわりついているから?

魔物のくせに魔王より勇者に懐いているようだから?

すべて否。

「今日はあんまり勇者さんに構ってもらえていません……」

安定ですね。プライドは以下略。

さて、そんなこんなで、夜になりました。

「もふもふしているだけで夜になってしまいました」

「撫ですぎです。きみたちずるいんですよう……」

「まだ言ってる」

 ウチャレットさんの村は山頂のひらけた場所に作られています。標高はそこまで高くありませんが、町よりも空が近いような気がしました。

……いつもより星がきれいに見られるかもしれませんね。

腰の懐中時計に触れ、星のぬくもりを感じていた時。

「勇者どの、そろそろわたすたちの……いえ、ウチャレットのおもてなしタイムっす。広場に来てくださいっす」

 こどもたちに連れてこられたのは村の中心。といっても、小さな村なのですぐそこです。大人のウチャレットさんたちがせっせと料理を運び、こどもたちはきゃっきゃと遊んでいます。促されるまま席につくと、魔王さんも隣に座りました。

 みるみるうちに並べられていくかわいらしい料理の数々。あ、これはたけのこですね。お昼ごはんに食べた時においしさは知りました。また食べられるのはうれしいです。こっちは魚の塩焼きですね。向こうには木の実を使ったケーキ……? どんな味がするのでしょう。

「全部毒見するのはしんどいですね……」

「またやるんですか?」

「勇者さんが食べるものだけ直前に毒見するので言ってください」

「まじすか」

 魔王さんのお腹が心配になる決意も知らず、ウチャレットさんたちの準備が終了したようです。たくさんの純粋無垢な瞳が私たちに注がれます。

うっ……、めちゃくちゃ深くフードを被りたい……。

 私の隣の席から立ち上がったのはノコスケさん。ぺこりと一礼し、ミニマムおててでグラスを掲げます。乾杯の音頭をとるようですね。

「わたすたちはとても弱い魔物っす。けれど、助けを得てここまできたっすね。そして今日、魔物を助ける慈悲深き勇者どのがわたすたちの村に来てくれたっす!」

 周囲から「ぴぇえ!」と声が上がりました。あ、それ、もしかして鳴き声なんですか。ていうか、あまりそういうことを言わないで……。むり……。私に慈悲とかない……。

「勇者どのに恩返しをしたい。わたすたちの心は一つになったっす。なぜだか魔王さまも一緒にいるのでうれしいっすね!」

「ついでみたいな言い方をされました」

「今回ばかりはついでですからね」

「勇者さんがいるところに我ありです」

「相変わらずですね」

 小声で話す私たちをよそに、ウチャレットさんはみなグラスを持ちました。私も倣います。

「それでは、勇者どのと魔王さまに感謝をこめて、カンパーイっす!」

 あちこちからカンパーイ、カンパーイと声があがりました。やはりわらわらと集まるウチャレットさんたちに乾杯を求められ、カチカチとガラスを傾けます。

乾杯、カチ。乾杯、カチ。乾杯、カチ。乾杯……。

少し疲れてきた私は、ふと視線をグラスから離しました。すると。

「勇者どのー」

「どのー」

 長蛇の列を作るウチャレットの姿が。

え、嘘でしょ。まさか全員と乾杯するんですか? 本気?

 唖然としていると、魔王さんがぺしぺしと散らしてくれました。助かった……。

「代表してノコスケさんだけ乾杯すればいいのです」

「っす? では、勇者どの」

「あ……、ええと、乾杯」

 カチリ。高い音が鳴り、豪華な夕食がスタートしました。

「いっぱい食べてくださいっす」

「ありがとうございます」

 彼らの体は小さいので、料理もお皿も人間サイズとは異なります。それが一層微笑ましさを引き立てるものになっていました。

 品数は多いですが、その分大きくないので色々な料理を楽しめますね。あ、この魚料理おいしい。

 山を生活区域にしているようですが、お米も山で収穫できるのでしょうか。料理道具の揃えもよく、一体どこから調達しているのやら。人間が不要になった物を使っているとか?

「食材は山でとれるにしても、調味料はそうもいきません。町から盗んでいるとなれば、いくら勇者さんに好意的な魔物でも倒さなくてはいけませんよ」

「……もぐもぐ」

「彼らは少しアホですから、人間に直接訊いた方がいいでしょう」

「……もぐもぐ」

「やりにくいようでしたらぼくがやります。その時は言ってくださいね」

「…………」

「さて、勇者の話はここまで。おもてなしの間は楽しむのですよ」

「……難しいことを言う」

 私は僅かに眉をひそめて木の実サラダを一口食べました。



 夕食の時間が盛り上がるにつれ、ウチャレットさんたちは歌ったり踊ったりし始めました。花で作った飾りをつけ、たいまつを持って回り、ふわふわの手を繋いで輪になって。まるで、幼いこどもが無邪気に遊んでいるようでした。

かなり賑やかですが、山の上なので町には届いていないでしょう。人間たちはすぐそばの山で行われていることを知っているのでしょうか。

「弱い魔物は群れることで身を守ります。彼らもそのひとつでしょう」

「群れれば強くなるんですか?」

「いえ、なりませんよ。ただ、生存率が多少上がる程度です。とはいえ、魔物は魔物。低級といえど群れれば人間にとって脅威になりえます」

 魔なるものが嫌いな魔王さんは淡々としていました。

「人間と同じですね」

「えっ?」

「すぐ死んでしまうくらい弱い人間も群れて生きています。彼らと同じです」

「そう、ですね……。そう……ですけどぉ……」

 肯定しつつも、なんだかものすごく納得したくなさそうでした。

「勇者どの、楽しんでいただけてるっすか?」

 追加の料理を運んできたノコスケさんが問いました。

「はい。どれもおいしいものばかりでうれしいです」

「よかったっす。わたすたち、この山を見つけるまでは放浪の旅をしていたんすよ」

 座ったノコスケさんはグラスを傾けて語り出しました。……中身、泡立っていますけど、ビールじゃないですよね? まさかね?

「この辺りは強い魔物も出ないっすし、木の実も魚もとれる最高の場所なんす」

「すぐ近くに人間の住む町がありますが、それはどう思いますか?」

 なんてことないように魔王さんが訊きます。探っていますね。

「その点も最高ポイントの一つっすよ! まじでありがたいっす! へへっす!」

「へえ、なぜです?」

「この料理を見ればわかるっすよ、魔王さま」

 バチンとウインクするノコスケさん。魔王さんは、一瞬『は?』という顔をしましたが、それ以上は訊きませんでした。人間に訊く方がはやい。改めてそう思ったのでしょう。

 どんちゃん騒ぎの山頂は刻々と夜になっていきます。空が藍色に染まった頃、

「勇者どの」

 ノコスケさんが町方面の空を指しました。案内に続き、丸太で作られた椅子に座ります。私と魔王さんが腰かけると、ちょうどぴったりです。

「これが恩返しのフィナーレっす」

「これって――」

 言いかけた私の声が消えたのは、空でまばゆい光が弾けたからです。ほんの少し遅れてドンっと大きな音が鳴りました。

あれは……。

「花火ですね」

「ご存知っすか、魔王さま。そうっす。花火っす!」

「……時間ぴったり。ふむ、晴れてよかったです」

 驚きもせず椅子に寄りかかる魔王さん。まるで初めから知っているような――。

「あ、もしかして、五日間の滞在要請ってこのためですか」

「はい。毎年行われる町のイベントだそうで、勇者にサプライズしたくて黙っていたみたいですね」

 調べた際に花火だと知り、危険はないと判断した。それなら言ってくれてもよかったのに。

「サプライズだと言ったでしょう?」

 魔王さんは微笑んで言いました。

町の人たちが望んだのは『勇者へのサプライズ』。だから、魔王さんは私に言わなかった。彼らは魔王さんを勇者だと思っていますが、魔王さんはほんとうの勇者が誰か知っている。なるほど、夜空に咲いた花への驚きは、秘密にされなくては抱けなかったものです。

 目が眩むような輝きは好きではありません。星が見えなくなってしまうから。

でも、空にあるはずのない花は、きっとあの子も驚いて喜ぶでしょう。

たまには。そう、たまにはこういうきらめきもいいのです。

 笛を吹くような音に合わせて回るウチャレット。弾けた花火のように輪になるウチャレット。流れ星のように空に溶けて消える光の粒に歓声をあげるウチャレット。彼らはみな、思い思いに花火を楽しみ、全身を使って喜んでいました。

「この時期になると花火という現象が起こるっす。きれいなので、勇者どのにも見せたかったっすよ」

「ありがとうございます」

「ここら一帯じゃ、わたすたちの住む山が一番高いっす。おかげでカンペキな花火を見ることができるっすよ」

「そうみたいですね」

 遮るものなど何もない。見上げれば絶え間なく瞬く光の花々。花火を見る特等席でした。

この椅子も、花火のために用意してくれたのでしょう。彼らには少し大きいはずです。人間サイズですね。

「きれいですね、魔王さん」

「そうですね……」

 あまり嬉しそうではない声に横を見ると、死んだ魚の目をした魔王さんが空を見上げていました。

「どうしました?」

「花火きれい……。だからこそ、勇者さんとふたりで見たかった……! ぐぬぅ、ぬぬぬぬぬ……! おのれ魔物!」

 ただのめんどくさいひとだったので視線を空に戻しました。

 周囲から聞こえるお祭り騒ぎも、花火の音があるからでしょうか。耳障りだとは思いませんでした。こどもたちの楽しそうな声がそこかしこで弾けています。

赤、青、黄、緑、紫……。こんなに色鮮やかな花火があるのですね。

見えていますか、とてのひらの上に懐中時計を開いて置きました。

――空に咲く花です。星とは違う、一瞬の瞬きですよ。

届くように願いながら、咲き続けては消える花を眺めました。

お読みいただきありがとうございました。

花火のシーンがありますが、まだ夏みたいなものなのでセーフです。

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