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373.物語 ④魔物の村

本日もこんばんは。

ついもふもふを書きたくなります。

 勇者である私を恐れることなく、彼らは楽しげに、物珍しげに、嬉しげにわらわらと集まってきました。みな、細長い体と長々とした耳を持っています。わ、私の周りにもふもふが……。

「散れーい!」

 魔王さんがてしてしと両手を広げますが、魔物さんたちは「なんぞや?」、「なんぞ?」、「魔王さまが遊んでくれるって」と気にしていない様子。というか、理解していない様子。私はどさくさに紛れ、すり寄ってきたこどもであろう小さな魔物さんを撫でました。ふわふわ~……。

「勇者どの、わたすの家に来てくださいっす」

「お邪魔します」

「はやい! もっと警戒心を――」

「魔王さまー」

「さまー!」

「ああぁぁぁやめんかいこらぁぁぁぁ勇者さぁぁぁぁああぁん~~~」

 魔物さんたちにもみくちゃにされながら、魔王さんも家に放り込まれました。家といっても、竹を組み合わせて作ったドーム状の小屋です。人間サイズではないため、ふたり入るとギリギリですね。入口も小さく、大剣は通らなかったので立てかけてあります。

「おふたりとも、ようこそっす」

「お招きいただきありがとうございます」

「こ、腰打った……」

 丁寧に座布団まで用意されています。竹製ですけど。

腰をさする魔王さんは、入口から覗く無数の目に「みょっ⁉」と変な声をあげていました。

「気になるー」

「勇者だ、勇者」

「魔王さま~」

「たけのこ食べる? 木の実もあるよ」

 などなど。興味津々な彼らがこちらを窺っています。

「みんな、全員でのおもてなしは夜にやるっすよ。昼食はわたすの恩返しタイムっす」

「わかってるよー」

「またあとで、勇者どの」

 おそらく大人であろう魔物さんたちが存外あっさり引いていきます。「気になるー」、「なるー」と引っ付いて離れないこどもたちは大人に首根っこを咥えられて「ああー」と消えていきました。なにあれかわいい。

「すみませんっす。わたすたちの村に人間が来ることは珍しくて、みんなドキドキしているんす」

「山を下りればすぐ人間の町があるのに?」

「昔はこの山も活動範囲だったみたいっすけど、今では誰も来ないんす」

「そうなんですか」

 何か理由があるのでしょうか。そう思っていると、魔王さんが「きみたちが居座っているからじゃないんですか」と厳しい顔をします。

「そういうわけではないっすよう。人間たちに訊いてもらえればわかるはずっす」

「どうだか」

 ふいと視線を逸らす魔王さん。まったくもう。

「ケンカはだめですよ。町の人たちから『魔物に山を占領されて困っている』と相談されたわけではないんでしょう?」

「それはそうですけど……」

「戻ったら訊いて、被害があればその時に考えればいいんです」

「勇者さんがすごくそれっぽいことを言っている……」

「失礼だな?」

 抗議の目から逃れるため、魔王さんはさらに首を動かしました。動かしすぎて「ぐぇっ」と言っています。なにやってんの。

「それでは改めて、勇者どの、先日は大変ありがとうございましたっす」

「ケガはありませんでしたか?」

「持っていたたけのこを失ったくらいっす」

 このひとたちにとってのたけのこの価値がわかりません。返答に迷う。

「わたすは感動したんす。魔物であるわたすを、勇者どのは迷わず助けてくれた」

「いやぁ……」

 魔物だと気づかず、うさぎだと思ったとはとても言えませんね。

「わたすはこの話を、村のみんなに語ったっす。みんな、勇者どのに感謝の気持ちを抱いて拍手したっすよ」

「知らないところで盛り上がっていますね」

「お礼を言おうにもすでに勇者どのはいなくなってたっす。でも、わたすたちの住む山の近くに勇者どのが来たと聞いたっす。これはもう恩返ししろとのお告げっす!」

 元気いっぱいの魔物さんは、「そこで」と布を取り払いました。

「わたす特製のたけのこ料理をたくさん召し上がってほしいっす!」

 布の下から出てきたのはたくさんのたけのこでした。すごい。

「出来立てを食べてほしいので、少し待っていてくださいっすー!」

 そうして、魔物さんは私たちの前で料理を開始しました。もうすぐお昼ごはんの時間ですし、ちょうどいいですね。

 彼らは基本、短い手足を使った四足歩行のようですが、魔物さんは二足歩行になってキッチンに立っています。必死な様子ではないので、用途に応じて使い分けるスタイルなのでしょう。

 立ってもなお、長い耳は地面についてしまっています。汚れてしまわないか、踏んで転ばないかと心配になります。

 あの短いふわもふの手で料理ができるのか疑問もありましたが、意外にも手際よく進めていくので驚きました。私の何十倍も上手です。負けた。

 魔物さんの料理タイムを感心しながら眺める私に対し、魔王さんはやや睨みながら目で追いかけています。

「変なものを入れようとしたら一瞬で殺してやります」

 非常に物騒なセリフもつぶやいています。聴こえちゃいますよ。

魔王さんがピリピリしているので、私は邪魔にならないよう、さり気なく魔物さんに話しかけることにしました。

「魔物さん、あなたのお名前は?」

「わたす? 名前はないっすよ。弱い魔物っすからね」

「他の方たちもですか」

「そうっす。つよーい魔族以外は、基本的に名前はないっす」

 魔物さんはおたまを掲げながら答えました。火を使っている時は耳を動かして『聞いていますよ』を示してくれます。

「どうやって個々を区別しているんですか?」

「うーん……。感覚っすかねぇ?」

 そういうものなんですね。野生の動物に近いのかもしれません。とはいえ、私に区別できる能力はありませんので、このままだとさっぱりです。せめて、恩返し魔物さんだけでも呼び名があるとよいのですが。

「あの、もしよろしければなんですが」

「なんすか?」

「あなたの名前、つけてもよいでしょうか」

「名前っすかぁ⁉」

 とても驚いた様子の魔物さん。私、何かおかしなことを言ったでしょうか。

「魔なるものは名前を利用した魔法を警戒しますよ」

 軽く肘でつつき、小声で教えてくれる魔王さん。

あ、そういえば、そんなものがあるそうでしたね。でも私、そんな魔法は使えませんよ。

しかし、私にその気がなくとも、魔なるものからすれば警戒すべきこと。軽率な提案でした。

「すみません、今のはなかったことに――」

「名前、うれしいっすぅー! わたす、勇者どのから名前をいただけるすか! へへっす!」

 あ、だいじょうぶそう。

「もうすぐ出来上がるので、ご飯の時に教えてくださいっす!」

「わかりました」

ということで、昼食タイム。小さな木製のテーブルいっぱいにおいしそうな料理が並んでいます。

わぁ、きれいですね。この、薄い黄色のものがたけのこですよね。どういう味がするのでしょうか。

「召し上がれっす!」

「いただきます」

「……いただきます」

 魔王さんは不満そうな顔をしつつも、素早い動きですべての料理を一口ずつ口に放り込みました。不満そうな顔で咀嚼し、不満そうな顔で私に頷きます。

「何も入っていないようです」

「では、私も」

 初めましてのたけのこ料理。まずはテレビで観たたけのこご飯から……。

「おお……。不思議な食感です」

 歯ごたえの良さを感じていると、染み出した出汁の味が口いっぱいに広がります。他の野菜とうまく混ざり合いつつも、ほのかに甘いたけのこが全面に出てきていますね。

おもしろい見た目をしているのに、ご飯とよく合います。

「おいしいです」

「よかったす!」

 ぽすぽすと手を叩く魔物さん。拍手でしょうか。毛がふわふわなので音がほぼ出ていません。

「勇者さんとたけのこの初めましてを魔物なんかに取られるとは……。魔王、一生の不覚です」

 悔しそうにたけのこご飯を食べる魔王さん。

ただの愉快な絵面になっていますよ。

たけのこの煮物、たけのこのスープ、たけのこのガーリックバター焼き、たけのこの天ぷら、たけのこのグラタン……。

「魔王さん、グラタンがありますよ。先日のおいしかったやつです。うれしい」

「……よかったです。はあ……」

 なぜか深く息をはいた魔王さん。肩でも凝ったかのように手を動かし、ぐいっと伸びをすると、

「警戒するのが馬鹿らしくなりました。雑魚に見せかけて……ということも考えましたが、どうやら違うようですし」

「わたすたちはたけのこを採ることが上手な低級魔物っすよ」

「そうみたいですね。魔王なので謝りませんが、料理のお礼は申し上げます。ありがとうございます」

「いえいえっす。ところで、何を謝るんすか?」

「はい? ……はあ、そういうとこですよね、きみたち」

「へへっす!」

「褒めてません」

 警戒を全て解いたわけではありませんが、それなりに体から力を抜いたようです。「おいしいですね……。レシピ教えてもらいましょうか」と箸を動かしています。

料理が程よく減ってきた頃、私は魔物さんと向き直りました。

「さて、先ほどの名前の件ですが」

「はいっす。待ってましたっす」

「『ノコスケ』というのはどうでしょうか」

「ノコスケ! すてきっす。うれしいっす!」

 喜んでいただけたようです。たけのこのスープを飲みながら、「どことなく『たけのこ』と似ていますね」とつぶやく魔王さん。

当然です。最初に贈られたたけのこと、振舞われたたけのこ料理。私の中に『たけのこ』という概念が生まれたのです。このインパクトは大きいですよ。

ということで、初登場たけのこと魔物さんの語尾を合わせて『ノコスケ』。ふふん、我ながら、いいネーミングだと思うのです。

「たけのこの『た』はいずこへ?」

「ちょっと難しくて」

 こればっかりは無念。さようなら、『た』。

「わたす、今日からノコスケっす。よろしくっす!」

「はい、ノコスケさん」

「やれやれ……」

 それと、もうひとつ。私は手招きしてノコスケさんを呼びます。

「っす?」

「あなたの長い耳、ずってしまっていますよ」

「いつものことっすよ」

「よければ床につかないようにしようと思うのですが」

「ほんとっすか。ぜひぜひお願いするっすよ」

 私は考えていることを伝え、許可を得ました。ふわふわの耳を持ち、頭の上でそっと結びます。優しく作られたのは耳のリボン。うん、いい感じです。

「どうですか?」

「すっきりしたっす! 勇者どの、ありがとうっす」

「どういたしまして」

 ふわふわの体を右に左に動かして感謝の意を伝えるノコスケさん。

それを見ながら食事の続きを……とスプーンを持った私の横では。

「じぇらしー……」

 こちらをじい……っと見つめる魔王さんがいました。ご自分の真っ白な髪を二束作り、手に持っています。言いたいことはわかりますが、魔王としての威厳はないんですかね……?

「ぼくも勇者さんに髪を結ってもらいたいです!」

「気が向いたらいいですよ」

「向けてください、気を! 今!」

「プライドの欠片もないですね」

「勇者さんに髪を結ってもらえるならプライドなんていりません」

「いつも通りの魔王さんに安心感を覚えてご飯が進みます」

「それはよかったです。たくさん食べてくださいね」

「おかわりあるっすよ~」

「ノコスケさん、私おかわりほしいです」

「はいっす!」

 リボン結びのノコスケさんは短い手で応えると、たけのこご飯用のしゃもじを高らかに掲げました。

お読みいただきありがとうございました。

愛すべき超雑魚、ノコスケさんをよろしくお願いします。

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