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371.物語 ➁贈り主は誰?

本日もこんばんは。

正体不明の贈り主は一体誰なのでしょうか。物語のサブタイは見てはいけませんよ。

 その翌日。魔王さんはありもので食事を用意し、買い物などに出かけることはせず留まっていました。調味料が足りない様子で眉をひそめたのを見ましたが、コテージを出ることはしません。理由は簡単です。昨日の魔の気配を警戒しているのでしょう。

 私も一応勇者なので、そこまで心配しなくてもよいのですが。

たけのこから感知したという気配も微々たるものでしたし、ぐーたらしていた私は感じることすらできなかったものです。

 家事をする魔王さんがキッチンの奥に消えたのを、私は本のページをめくりながら横目で見ました。ゆっくりしていてくださいね、と言われたのでその通りにしているわけですが……。

「………………」

 何かした方がいいのかな。でもやる気がないです。うん、無理です。魔王さんのお言葉に甘えましょう。怠惰バンザイ。

 ぺらぺら、ぺらり。一定の間隔で進んでいく物語を脳内で味わっていた時でした。

コンコン。コンコン。

扉を叩く音がしました。昨日と同じ音、同じ大きさ。

ハッとして顔を上げ、扉を見ます。黙って待ちますが、それ以上叩かれることはありませんでした。キッチンにも顔を向けますが、魔王さんが出てくる気配はありません。

 目を閉じて感覚を研ぎ澄ませます。魔の気配は……。

「……ない、ですね」

 感じられません。となると、今度こそ村の人でしょうか。

 少し迷いながら、ひとりで扉の前にやってきました。ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回します。躊躇いがちに鳴るがちゃりという音。扉が開かれようとした時、後ろから扉を閉める手がありました。

「勇者さん」

「…………っび」

 びっくりしました……。音もなく隣に立たないでくださいよ……。

「どうしました?」

「……少し気になることがあっただけです」

「来客ならぼくが対応しますよ」

「来客というか……」

 歯切れの悪い答えに、魔王さんはするりと間に入り込みます。私を扉から遠ざけ、ドアノブを回しました。

「誰もいませんね」

「…………」

 確かにノック音を聞きました。それなのに、いない。ふとチラつくのは『おばけ』の文字。あ、まずい。考えないようにしていたのに、脳が勝手に思考を働かせます。やめんかい。

「風で扉が揺れたのかもしれませんね。人の気配はありませんから、安心してください」

 口をつぐんで絶妙な顔をしていたせいでしょうか。魔王さんはそれとなくフォローしながら扉を閉めようとし、

「おや?」

 何かに気づいて手を止めました。

 なんでしょうか。やはり隠れ潜む何かが?

「これは……、籠でしょうか。木の実がたくさん入っています」

「木の実?」

「あ、勇者さん見てください。野いちごがありますよ」

「いちご……。前にいちご狩りをした時に食べたものとはずいぶん見た目が異なりますね」

「とっても甘いものもあるのです。ぜひ食べてみてくだ――」

 言いかけて、魔王さんは我に返ったようです。

「この籠、いつからありました?」

「さあ……」

「朝、ぼくが外の様子を確認した時にはありませんでした。来客はいませんし、忘れ物とも思いにくいです。となると……」

 私たちの視線が重なりました。

「勇者さん、先ほどはなにゆえ扉に?」

「ええと……」

 まあ、隠すことでもないので話してもいいですよね。

「かくかくしかじか」

「なるほど。昨日と同じノック音ですか。それに、籠も同じものです。同一人物によるものだと考えるのが妥当ですね」

「ここに勇者……と思われている魔王さんがいることは町人たちには周知の事実です。少々恥ずかしがり屋な人が籠だけ置いて行った、ということもありそうですよね」

 勇者と思われている魔王さんは、よく人間から物をもらいます。お金はご存知の通り腐るほどあるのでお断りしているそうですが、食べ物や水などの食糧は受け取ることが多いです。一切を断るというのもイメージに悪いとかなんとか。勇者ってめんどうですね。

 受け取った食糧ですが、怪しいものは躊躇わずに捨てます。その潔さときたら私でも見逃しそうになるほどです。「勇者さんが食べるものは安全でなくては許しません」が口癖の魔王さん。彼女の厳しいチェックをクリアしたものも、最後は魔王さん自身の毒見試験をパスしないと私の元にやってきません。過保護め。

 私の食べるものにはかなり厳しい魔王さんは、ここでも籠をじっと見てチェックしているようでした。

「捨てます」

 クリアならず。籠いっぱいに入った木の実、おいしそうなんだけどなぁ……。

「気づきませんか?」

「まだ私に野いちごの熟度判定は難しいです」

「いえ、そうではなく。僅かにですが、籠と木の実から魔の気配がします」

「え、うそだぁ」

 同じセリフを昨日も言った気がします。

「よく感じてみてください。非常に少量の、残り香のような魔力がありますよ」

「えー……」

 そう言われてもよくわからず、私は籠に顔を近づけようとしました。

「危ないでしょう!」

 だめでした。

 そこまで少量なら、普通の人間にも毒にはならないと思うのですが。

「とにかく、これは捨てますからね」

「野いちご……」

「またいちご狩りに連れて行ってあげますから」

「むぅ……。わかりました」

 そうして、差出人不明の贈り物は昨日同様、魔王さんの手によりゴミ箱行きとなったのでした。

 その夜。夕飯には薄緑色のきれいな果物が出ました。

「マスカットという果物です。今の時期、いちごは売っていなくて……」

 何も言っていないのに、魔王さんは言い訳をするようにスプーンを動かしました。

「初めて食べます」

「種はないのでそのままパクッとできますよ」

 一粒手に取ると、目の前で宝石のように輝きます。なんだか、食べるのがもったいないですね。言われた通り、皮ごと口に放り込みます。ほのかな甘みとみずみずしさの相性が抜群ですね。

 夕飯でふくれたお腹にもぽいぽい入っていきます。爽やかな果汁が少し疲れた夕食後の体を癒してくれているよう。

「おいしいです」

「よかったです……」

 ほっと息をついた魔王さん。視線は薄緑色の宝石が消えていく房に向けられているものの、彼女はどこか違うところを見ているようでした。

 何か考え事をしているようですね。ぐーたらのんびり怠惰な私でも、ここまでお膳立てされればわかります。

 二日連続で置かれていた竹の籠。入っていたたけのこや木の実に残る僅かな魔の気配。

贈り主はノックするだけで正体を現さない。

 魔なるものはどこにでも存在します。ゆえに、痕跡として魔力が残ることはよくあることです。お店で売られている野菜や魚に微量の魔力がくっついてしまうことなど日常茶飯事。その程度であれば人間に害はないので無視します。

 つまり、何が言いたいかというと。

「魔の気配がするからといって、犯人が魔なるものだと断定するのは時期尚早ですよ」

「それはもちろんわかっています、けど……」

「あなたの愛する人間たちからの贈り物の可能性もあります」

 捨てましたけど。

「ぼくはどうでもいいですが、きみに何かあっては困ります。贈り主不明の食べ物などなおのこと。口に入れるものは特に気をつけなくてはいけないのです」

 今の段階では、人間と魔なるものの可能性は五分五分。人間の純粋な厚意を無下にしたかもしれないと理解しつつも、魔王さんは頑として安全を取るのでしょう。

 それも全部、私のために。

「明日は五日目です。用事が済んだら、すぐにこの村を出ましょう」

「そういえば、用事って何なんですか?」

「それは……、明日になってからのお楽しみといいますか……」

 視線を右に左に泳がしながらもごもご。

まあ、危険がないことは初日にわかっているのでいいでしょう。

 私はマスカットをつまんで掲げます。

「早くしないと、私が全部食べてしまいますよ?」

「えぇ、どうぞ」

「…………」

 満面の笑みで言われ、

「な、なんですか?」

「…………」

「勇者さん? お腹いっぱいなら明日に――もごぉあ」

 私は魔王さんの口に向けてマスカットを放り投げました。

「危ないですよう……。あっ、とっても甘くておいしいですね」

「そうですね」

「もう一ついただいてもよろしいですか?」

 その言葉に、私はこくりと頷きました。

お読みいただきありがとうございました。

今回は勇者さん的に初めて食べるものがたくさん出てきますね。

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