370.物語 魔物さんの恩返し ①不思議な贈り物
本日もこんばんは。
前回の物語パートの時に「次は楽しいやつにします。たぶん」とかなんとか言った気がします。そういうわけで、楽しい物語パートです。お楽しみください。
『魔物さんの恩返し』は全6部構成です。
全体的に少し短めなのでさくっとお読みくださいませ。
二日前にやってきたとある町のコテージにて、私はテレビをつけっぱなしにしてのんびりと床に寝そべっていました。
だらしがない、ですか? いいじゃないですか。今は誰もいないのですし。魔王さんはアイスを買いに出かけています。ふたりでは少しばかり広いコテージゆえ、持て余しているというわけです。荷物も少ないので、スペースが寂しいですね。どこか温かみを感じるウッドチェアにはミソラが座っています。あなたもくつろいでくださいね。
木目をじっと見つめると嫌なものが見えそうなので、ふいと視線を動かします。天井から吊るされた照明がくるくると回り、程よい風を室内に送っています。
魔王さん曰く、シーリングファンというそうです。さっぱりわからない。
ぼうっと見ていると眠たくなりますね。耳を通り抜けるテレビの音が曖昧になり、文明により冷やされた部屋で夢の世界へ誘われる感覚がします。抗う必要もありません。ふわりと落ちてくるまぶたをそのままにしようとした時。
コンコン。コンコン。
扉を叩く音がしました。瞬く間に眠気が消え去ります。
魔王さん……ではない。あのひとなら、わざわざノックなどしません。「勇者さん、ただいまですー!」とお元気な声とお元気な勢いで入ってきますからね。
ここに勇者がいることを知っている町の人でしょうか?
普通に宿を取ろうとした私たちですが、例のごとく町の人たちに魔王さんが『勇者』として歓迎されました。そしてなぜか、すてきなコテージへと案内されたのでした。どうか五日間は滞在してほしいとお願いされ、今日で二日。魔王さんが理由を尋ねましたが「五日後になればわかります」の一点張り。危険がないか、魔王ぱぅわぁーを使って調べに行った魔王さんが「だいじょうぶです」と言ったので、私はこうしてくつろいでいたわけです。
私は起き上がり、フードを被って耳を澄ませます。
フードを取った方がよく聞こえる、ですか? 私はこっちの方が慣れているのです。
さて、人間か魔族かはたまた……。
「……誰ですかね」
音は聴こえません。全く動いていないか、既にいないか。
魔王さんから、自分がいない時は来客が来ても出なくていいと言われています。私を気遣ってのことでしょう。お言葉に甘えたわけではありませんが、めんどうなので動きません。
ていうか、勇者の魔感知能力が反応していません。つまり、魔なるものではない。
「……たぶん」
正直、眠たくて感知能力が働いていないのです。私のぐーたらタイムをなめるな。
フードを被ったまましばらく、私はじっとしていました。やがて、慎重に扉の前へ。
大剣を構えるには狭いため、隠すように持った短剣がお供。
「…………誰もいない」
開き、覗いた先に人影はなく、気配もありませんでした。音のない安堵の息がこぼれます。
さて、だらだらと怠惰を謳歌する続きを――と思い、扉を閉めようとした時でした。
足元に何かが置かれているのを見つけたのです。どうやら、竹で編んだ籠のようです。
中には薄黄色をした三角の物体が入っています。なにこれ。
三角物体には一枚の紙が添えられていますが、書かれた字を読むことはできません。初めて見るものです。
籠の中のすべてがわからないものです。はて、これは一体。
「爆弾でしょうか」
違うとは思いますが、可能性はゼロではありませんし、私の知らない危険物質かもしれません。コテージに持ち込むのはやめた方がいいでしょうね。
「よいしょ」
籠を抱え、何事もなかったかのように室内に戻ります。テーブルの上に籠を置き、たいして観てもいなかったテレビの近くに寝転がりました。
テレビの中ではわざとらしさも感じるほどの元気を振りまきながら、リポーターが何か言っています。
『今日、ご紹介するのはこちらのたけのこご飯! 春が旬ですが、一年を通して収穫できるという幻のたけのこが――』
映し出されるのは輝くご飯。お茶碗に盛られたそれは、私の知らない料理のようでした。ぼーっと観ていた私は、ぼーっとする脳内にその光景を刻み付けます。
「なんでしょう、あれ。おいしそうだなぁ……」
魔王さんに言えば作ってくれるでしょうか。どんな材料が必要なのかもわかりませんが、あのひとなら何とかしてくれそうですね。
生まれるあくびもそのままに、魔王さんが帰ってくるのを頭の隅で待ちました。……いや、魔王さんを待ってはいません。買ってくると言ったアイスを待っているのです。誰が魔王さんを待ったりなどしますか。
なんて、意味のわからない言い訳を脳内でぐるぐると回していると。
「勇者さん、ただいまですー!」
お元気な声とお元気な勢いで魔王さんが帰ってきました。
「待っていました。あなたではなくアイスを」
「後半は言わなくてもいいんですよ?」
お好きなものをどうぞ、と袋を手渡され、何があるかとガサゴソ。ふと、視界の隅で、荷物を置きにテーブルに向かった魔王さんがぴたりと動きを止めたのがわかりました。
「勇者さん、ひとりでお出かけしたのですか?」
「この暑いのに私が外に出ると思いますか」
「思いません。となると、このたけのこは一体……?」
「たけのこって何ですか」
「テーブルの上にあったこれのことです。ぼくは買った覚えがないのですが……」
「ああそれ、やっぱり爆弾じゃないんですね」
「何の話です?」
私は先ほどあった事を話しました。
「相手が音を消して潜んでいる可能性もあります。好奇心はよいですが、出なくていいんですからね」
「魔なるものの気配も感じなかったので」
「それは何よりですが……って、んんん?」
眉をひそめた魔王さんはたけのことやらを睨み、凝視し、見つめました。
「微かにですが、魔の気配がするような……?」
「え、うそだぁ」
「うそではありませんよ。ぼくは魔王です。魔力でできたぼくが間違うはずありません」
それを言ったら、私も一応勇者なのですが。一応。
「勇者さんを狙った魔物による罠かもしれません。このたけのこは処分します」
「えっ」
「えっ、じゃないですよ。魔の気配がするものを食べるなんて許しません」
「勇者だから平気……」
「だめです。きみにも魔の毒は効きます」
「勇者補正……」
「ないです」
なんという無慈悲な世界。
「しっかり洗えばだいじょうぶです」
「んなわけあるかい」
無慈悲な魔王さんにより、突然のたけのこはゴミ箱に捨てられました。悲しい。
食べ物を粗末にしてはいけませんが、過保護モードがオンになった魔王さんは止まりません。残念ですが、今回は諦めましょう。
……いやでも、捨てられても、しっかり洗えば食べられないことはないですよね。
ゴミ箱にあるものだって元はきれいでしたし、箱庭にいた時はもっとやばいやつも――。
「えいっ」
私の視線の先に気づいた魔王さんは、光の結界をゴミ箱に張りました。
「あっ」やられた。だめかぁ。
「食べ物を大切にするのはすばらしいですが、限度があります。危ないものを食べる真似はしないように。いいですね?」
「……はーい」
そういうわけで、私は初めましてのたけのこと悲しいお別れをしました。テレビで観たたけのこご飯がとてもおいしそうだったので、ちょっぴり、いやかなり落ち込みそうです。床とくっついてしまった私を見かねてか、魔王さんがいつもより豪華な夕食を作ってくれました。彼女はそれを言いませんでしたが、私の様子を窺っているのはバレバレでした。ほんと、わかりやすいひとですよね。
たけのこを捨てたのは、私を守るためだと理解も納得しています。だから、魔王さんが気にする必要はないのですが……。少し、悪いことをしてしまいましたね。
私を気にしているせいでいつものくだらない会話も弾んでいないようです。……ふむ。
私は食べる手を止めずにつぶやきます。
「この料理は初めて食べます」
「グラタンというものです。お口に合うとよいのですが……」
「おいしいです」
「ほ、ほんとですか?」
「嘘を言ってどうするんです」
「そ、そうですね。……えへへ、よかったです」
安心したように微笑んだ魔王さんを視界の隅で捉えながら、真っ白ではないお米がよそわれたお茶碗を持ちます。
「それは炊き込みご飯です。舞茸をたっぷり使い、ごま油を加えて炊いたのですが、いかがでしょうか」
「おいしいです。これだけでもたくさん食べられそうです」
「たんと食べてくださいね。舞茸は栄養たっぷりですし、古くは『幻のきのこ』と呼ばれたそうですよ。当時は高級食材だったんですって。あ、今では安価で買えますので、気にせずお腹いっぱいになるまで食べていいですからね」
饒舌具合が回復し、魔王さんはいつものようにあれこれと話をしました。私はそれを聞きながら、テーブルに広がる料理をひとつひとつ平らげていったのでした。
お読みいただきありがとうございました。
勇者さん、たけのこと出会うの巻。