367.会話 消しゴムの話
本日もこんばんは。
消す力と引き換えにおもちゃとしての力を手に入れた消しゴムが懐かしいです。
「あ、魔王さん、何か落としましたよ」
「わーーーーーっありがとうございます拾わなくてだいじょうぶです勇者さんのお手を煩わせることはしませんぼくが拾いますのできみはそのままでどうかそのままで‼」
「やかましいですね」
「あ、危なかったです」
「そんな小さなものでも爆弾なんですね」
「違いますからね? これは消しゴムといいまして、鉛筆の字を消す時などに使います」
「字を消す? 概念ごと?」
「規模がでかいんだぁ」
「ペンの字も消せるんですか」
「残念ながらできません。ペンの場合は修正テープですかね」
「ふうん。でも、魔王さんも普段はペンを使っていますよね」
「ぎくっ。た、たまには鉛筆を使いたい時もあるものですから~」
「ふうん。でもそれ、ほぼ新品ですよね? ほんとに使ってます?」
「ぎくっ。きょ、今日から使い始めたゆえ!」
「そんな小さなもので字が消せるんですね。面白そうです。貸してください」
「だ、だめです!」
「高価なものなんですか」
「めちゃ安いですが、だめです」
「なぜですか」
「だ、だめだからだめなのです!」
「支離滅裂ですね。……ははーん、さては何か企んでいますね?」
「何も企んでいませんよう。消しゴムに勇者さんの名前を書いて見つからずに使い切れば願いが叶うだなんて口が裂けても言えませうわぁぁぁぁぁどうしてぼくはこう」
「もはや狙ってやっているとしか思えませんが」
「おのれこの口……」
「裂くならお手伝いしますよ」
「ありがとうございます助かります――じゃなくて、物騒ですね」
「ところで、消しゴムのおまじない……ですか? おまじないって色んなものがあるんですね。呪文とか靴飛ばしとか。あはは、人間って愉快ですね」
「無表情で言わないでください」
「消しゴムと願いの成就がどう関係するのでしょう。甚だ疑問です」
「おまじないとはそういうものですよ。例のごとく、気持ちです」
「気持ちねぇ。つまりは感情ですか」
「冷え切った感情の勇者さんには無理そうですね」
「馬鹿言わないでください。私の心は保温状態の炊飯器くらい温かいですよ」
「一瞬で判定できないようなたとえを使わないでください」
「お湯を沸かしてから三十分経ったやかん」
「冷めてるじゃないですか」
「私もおまじないをやりたいので消しゴムをください」
「エッ⁉ だ、誰の名前を書くんですか? ぼくですか? ぼくですか?」
「うるせえんですよ。誰だっていいでしょう」
「よくないですぼくがいいですぼくにしてくださいぜひぼくの名前を!」
「名前というか役職というか」
「魔王のうしろにハートマークもお願いします」
「嫌です」
「そんな。なんのためのおまじないなんですかぁ……」
「呪いに決まっているでしょう」
「呪い」
「消しゴムに呪いたいひとの名前を書いて使い切ったら、そのひとの首が飛び内臓が弾け四肢が裂け眼球がこぼれ落ち過去の黒歴史がすべて暴露されるんでしょう?」
「とんでもなく恐ろしい呪いですね。特に最後」
「魔王さんで試すしかありません。わくわく」
「また無表情でわくわく言ってる。せめて楽しそうにしてくださいね」
「えーっと、『魔王』と」
「消しゴム全体に書かなくても」
「強い呪いの表れです。反対側には『滅』と書きましょう」
「ええん、こわい」
「やかましいですね。ハートマークも描いたからいいでしょう」
「描いたんですか⁉ ハ、ハートマークを⁉」
「魔王さんの心臓です。呪いが成就したら内側から握り潰されることになっています」
「なんてこと」
「ほんとに字が消えた。ふむ、消しゴムを使い切った暁には魔王さんの命も消え去ると」
「やだぁ……」
「これから毎日、魔王さんの目の前で使って差し上げますね」
「あ、あのー、このおまじないは相手にバレると最初からなのですが……」
「バレたからなんですか。むしろ、相手に恐怖を与えることができますよ」
「こわいですってばぁ……。ん? その理屈でいくと、ぼくのおまじないの場合は……」
「なんで笑っているんです?」
「これからも隠さず伝えていこうと思っただけですよ」
お読みいただきありがとうございました。
今でもこういうおまじないは消えずに残っているのでしょうか。
勇者「そもそもペンを使うので消しゴムの出番が全くありません」
魔王「では、『魔王』と書かれた消しゴムはずっと勇者さんの手にあるのですね。それはそれですてき――」
勇者「いらないのであげます」
魔王「切ない」