361.会話 人形の話
本日もこんばんは。
まだまだ暑い日が続きますね。
「魔王さん、魔王さん」
「なんでしょう、勇者さん。……と訊かずともわかります。また何か変な物を拾ったようですね。まったく、一体誰ですか? 道端に人形を棄てたのは」
「落としたわけではないのなら、とんでもなく大きなゴミ箱だと思ったのでしょう」
「どの辺をゴミ箱だと思ったのやら」
「この世界?」
「それは確かにとんでもなく大きいですね」
「本体のみで落ちていたので使い方がわかりません。飾るだけでしょうか?」
「ヒト型タイプですので、観賞が主な用途かと思いますが、他にもこうして……」
「人形の後ろに隠れて……。なんだろう、察し」
「ヤア、ユウシャサン! ボク、マオウデスヨ~。ナカヨクシマショウ」
「わあ、こわい」
「真顔で言わないでください」
「恐怖を覚えました」
「真顔で言わないでくださいってば」
「人間、心の底から恐怖に慄くと感情が消えるんですよ」
「勇者さんはいつも感情が消えているせいで説得力がありません」
「人間と仲良くしたがるバケモノの真似がお上手ですね」
「真似と言っているのに真っ直ぐにぼくを見るじゃないですか」
「私に見つめられているんですから泣いて喜んでくださいよ」
「たまに出るつよつよ勇者さん、好きです」
「うるせえんですよ」
「これはただお口が悪いだけですけど」
「でもこの人形、やけに硬いですね。中に何が入っているのでしょうか」
「考えられるのは、電池を入れる――わぁっ⁉ しゃべった! 勇者さん、聞きました? いまこの子、『ごきげんよう』って挨拶しましたよ」
「…………お」
「お?」
「…………驚いた……」
「あ、びっくりしたんですねぇ。だいじょうぶですか? ご無事ですか?」
「……へいき」
「平気じゃなさそうなお顔と声ですね。たぶんこれ、おしゃべり人形ですよ」
「なんですかそれ」
「そのままです。人形の中に機械が埋め込まれていて、ボタンを押したり音を出したりすることで、いくつかの決まったフレーズを話すというものです」
「しゃべるなら先に言ってほしかったです」
「説明書がない弊害がここで出ましたねぇ」
「他には何を話すのでしょう。おーい、最後に言い残すことはあるか?」
「言いたいことはわかりますが、選ぶフレーズが違うと思います」
「『お茶会はアールグレイがいいわ』だそうです。アールグレイってなんですか?」
「紅茶の名前ですね。今度、飲みましょう」
「『スコーンにシロップをかけましょう』ですか。私も食べたい」
「今日のおやつが決まりましたね」
「『シャルウィダンス?』……。なんて?」
「ダンスのお誘いですね」
「踊り方なんて知りません。おひとりでどうぞ」
「おや? この人形、ダンスフレーズのあとは動くんですね。すごいです」
「よくできていますね」
「古い物ですが、熱狂的なコレクターがいそうなお人形ですねぇ」
「私はあんまり……です」
「ところで、このお人形はどうします?」
「持っていくのはちょっと」
「次の町で貰っていただけるお店を探しましょうか」
「あわよくば売ってお金にします」
「拾ったものでお金儲けとは、たくましいですが勇者のやるべきことではないかと」
「なに言ってんですか。勇者たるもの、全てのものを最大限に活用するんですよ」
「物は言いようですね」
「人形は魔王さんが持ってください」
「勇者さんが拾ったのに」
「……それちょっとこわいんですよ」
「何か言いました?」
「いえ、何も。運んでいる時に動き出すと困ります。電池を抜いておきましょうか」
「スイッチを切ればいいと思いますよ。えーっと、たぶんこの辺りに……おや?」
「どうしました?」
「スイッチ、最初からオフですね」
「…………」
「というか、そもそも電池すら入っていません」
「…………も」
「も?」
「………………もうそれ棄てて行こ……」
お読みいただきありがとうございました。
変なものばかり拾う勇者さん。
魔王「ミソラさんを抱きしめて動かなくなってしまいました」
勇者「もう人形なんて拾いません」
魔王「何の変哲もなく落とし物の可能性もありますからね」
勇者「落とすな……」