355.会話 遊園地に来た話その⑥・コーヒーカップ
本日もこんばんは。
勇者さんの三半規管危機再び。
「遊園地に詳しくない私でもわかります。昼食後のこれは絶対違うって」
「勇者さんは紅茶派でしたか?」
「そういう意味ではなく」
「勇者さんは『ティーカッププードル』というわんちゃんをご存知でしょうか」
「ご存じないです」
「その名の通り、ティーカップに入るくらい小さなプードルのことです。想像してみてください。カップの中に入ってつぶらな瞳をこちらに向けるわんちゃんを」
「………………それがなんですか」
「にやけたお顔を隠しましたね。見せてください」
「うるせえんですよ。それで、コーヒーカップと何の関係があるんですか」
「コーヒーカップに入っている勇者さん、かわいいと思いませんか?」
「思いませ――」
「思いますよねぇ! そういうことで、れっつコーヒーカップ!」
「あああぁぁぁぁああぁぁあぁやめろぉおぉぉおおぉ私の三半規管を労わってください」
「勇者さんのすべてを愛していますよ?」
「すてきな笑顔で腕を引っ張るのやめてもらっていいですか」
「コーヒーカップは回る土台の上でカップを回して遊ぶアトラクションですが、絶対に回さないといけないわけではありません」
「回る土台の上でさらに動くって、最近も聞いた話ですね」
「勇者さんは三半規管が悲しいので回さずにのんびりしているのがよいかと」
「お願いされても回しません」
「というか、回っていると撮りにくいので回さないでください」
「ご自分の欲に素直ですこと」
「では、ぼくは写真のために別のカップに行ってきますね」
「ああ、はい、どうぞ」
「土台が動き出しましたね。どうですか?」
「三半規管が準備運動を始めた気配がします」
「はやくないですか?」
「絶妙に規則性のないような動きに脳が惑わされているようです」
「勇者さんと遊園地の相性が悪い気がしてきました」
「それにしても、なぜ人間はコーヒーカップを巨大化させ、さらには回そうなどと思ったのでしょうか。狂気?」
「おそらくですが、コーヒーカップ発案者には推しがいたのです」
「うーん、違う気がする。一応、続きをどうぞ」
「彼、もしくは彼女、もしくは両方はこう思ったはずです。『推しがコーヒーカップに入っている姿、まじ世界を救っちゃう』と」
「魔王さんの話をしています?」
「発案者の案に賛同する者は多く、彼らの深い愛によって完成したのがこちらです」
「違うと思います」
「ぼくとしては、妖艶さも味わえるワイングラスもいいと思うのです」
「回るワイングラスの絵面、ちょっと愉快ですね」
「勇者さんは入ってみたい食器はありますか?」
「十年に一度ですら聞かないであろう質問ですね」
「勇者さんのことですから、ラーメンどんぶりに入りたいと言いそうです」
「あー、いいですね、それ。ラーメンなら回るのも当然です」
「かわいさが足りない……」
「仕方ないですね。お茶碗で妥協しましょう」
「あんまり変わりません」
「文句が多いですね。お茶碗の派生で茶碗蒸しにしてあげます」
「び、微妙……」
「やかましいですね。お湯を注ぎますよ」
「ハッ! 大きなカップを温泉にする勇者さんをひらめきました。ぜひ今度――」
「やりません」
「わかりました。そちらは諦めるので、せめてワンピースを着てお花を持ってティーカップからお顔を出すすぺしゃるきゅーとな写真を撮らせてください」
「妥協していると見せかけてしっかり欲望を出していますよね」
「ぼくの命が助かるんですよぉ!」
「勇者としては死んでほしいのですが」
「まあでも、コーヒーカップに入っている勇者さんを眺めているだけで寿命が三千年くらい伸びちゃうんですけどぉ~えっへへへへ~」
「不老不死のくせに」
「せっかくのコーヒーカップなんですから、もうちょっとスマイルをお願いします」
「そう言われましても、三半規管から赤信号が」
「アッ」
「回していないのに回っているように思えて目が回って世界が回って回るまわ」
「落ち着いてください勇者さん」
「きゃっきゃと残像を残すこどもたちが信じられません」
「回り過ぎて小さな体が吹き飛びそうですね」
「なるほど、この遠心力を使って魔王さんの首を……?」
「頭は回さなくていいですので」
お読みいただきありがとうございました。
遊園地は三半規管に厳しい。
勇者「人間のこどもたち、なんであのスピードで回っても元気なんですか」
魔王「逆に三半規管が壊れているのかもしれませんね」
勇者「納得」
魔王「冗談ですよ?」