348.会話 恐怖映像の話
本日もこんばんは。
夏なので恐怖映像のSSです。
「夏ってどうして心霊やらオカルトやらの番組が増えるのでしょう」
「暑いのでぞぞぞ~っと寒くなろうってことですよ」
「嫌な季節ですね」
「わざわざ番組表を見て恐怖映像特番をチョイスしたように見えたのですが」
「魔王さんの幻覚じゃないですかね」
「お布団にくるまってぼくの近くに寄って来たのも?」
「幻覚ですね」
「ほとんどお顔が出ていないようですが」
「幻覚」
「あ、いま男性のうしろに女性のような人影が。見ましたか?」
「みっ、見てないです私は別にテレビを観ているのではなく布団でのんびりしてい――」
「おっ、手形が」
「どっどどどこに」
「右横の窓ガラスです。ほら、くっきり」
「うわ、うわわ……。わわわわ……」
「めっちゃかわいいですね」
「手形が⁉ どんな趣味してんですか!」
「いえいえ、お布団おばけさんが」
「布団のおばけがいるんですか⁉ ど、どこ……」
「んっふふ、ふふふふ……。すみませんほんと。恐怖映像、素晴らしいですね」
「深夜の廃墟に肝試しに行くなどならず者めが……」
「そう言いながら指の隙間から見るんですね」
「……情報収集というやつです。仕事柄、そういう場所に行くかもしれませんから」
「たしかにです。怖がりながらも恐怖映像や心霊番組をついつい観ちゃうのは、すべて勇者業に結びつく理にかなった行動というわけですね」
「そ、その通り……です……」
「さらに丸くなった。……撮りたいですね」
「うわぁ……、浴室の廃墟ですって、魔王さん。雰囲気が……」
「いわくがなくてもそれっぽく見えますよねぇ」
「壁が赤い……」
「塗装だと思いますよ。経年劣化で剥がれ落ちたのが血飛沫に見えるだけです」
「や、ややこしいですね。わざわざ赤で塗らなくてもいいのに」
「作ったばかりはきれいだったのかもしれませんねぇ」
「扉に矢印と『死』という字が書かれています。誰か亡くなったのでしょうか」
「らくがきでしょうね。同じ癖のある矢印を他にも見ましたよ」
「よく見ていますね」
「勇者さんの視界が悪すぎるだけです。糸目キャラですか」
「ひ、疲労の蓄積です。瞼が重くて開かないだけです」
「では、テレビを消してお休みください。ぼくが子守唄を歌って差し上げます」
「どんな恐怖映像よりも怖いやつきた」
「人知れず練習しているので、その成果をご覧に入れたくて」
「私を出る側にするおつもりですか」
「テレビ出演のオファーがきたんですか? 番組内容は!」
「違うので寄らないでください」
「寄りたくてもお布団バリアで一定の距離があるんですよ」
「これだけ重ねていれば多少の攻撃は防げそうですね」
「ナイフ程度なら弾くかと」
「勇者の新形態ということで、今日からこれで生きていきます」
「お宿の備品ですので持っていけませんよ」
「崖から落ちても無傷で生還できそうな厚みがあります」
「お布団に寄せる絶対的な信頼はどこから生まれるんですか」
「知らないんですか? お布団は幽霊、ナイフ、重力、魔王さんに対して無敵です」
「ぼくが知らないだけで実は聖なる力でも宿っているのでしょうか」
「これさえあれば恐怖映像なんぞちょちょいのちょい」
「もう目すら出ていませんけど」
「何か言いました? ごめんなさい、音がくぐもってよく聞こえなくて」
「勇者さんの声がお布団の奥から聞こえます」
「私は最強」
「これがぼくの最愛の日々なのですね……。平和でいいことですよ」
「眠くなってきました」
「でしょうね。もう寝ましょうか?」
「まだお風呂入ってない……」
「お布団バリアの中からか細い声が」
「先に入っておけばよかったです……」
「よろしければ、ぼくが扉の外にいますよ」
「……。この番組、いつまでやっているのでしょうか」
「ちょうどCMですよ。今のうちに出てきてください」
「はい。……あ、こんにゃくのCMだ」
「ぎゃーーーーー‼ なんたる恐怖映像! 勇者さん一緒にお風呂入ってください!」
「え、嫌です」
お読みいただきありがとうございました。
新種の妖怪、お布団おばけ。
魔王「お風呂の中で背後から視線を感じたんですよう……!」
勇者「こんにゃくのおばけは怖くないですね」
魔王「手が震えていつもより洗顔クリームが泡立ちました」
勇者「よかったですね」