346.会話 身代金の話
本日もこんばんは。
ギリギリで毎日を生きている勇者さん。当然のように金貨を渡そうとする魔王さん。そんなおふたり。
「以前、映画を観ていたら誘拐のシーンがありまして」
「また物騒な映画を……」
「犯人が『身代金を五億円用意しろ!』と叫んでいたのです」
「おやまあ」
「どうやら犯人はお金目的で誘拐したようでした。こどもの親は財閥とかいうお偉いさんだったらしく、そのせいで狙われたみたいですね」
「よくあるパターンですねぇ。勇者さんも気をつけてくださ――」
「だいじょうぶです」
「食い気味にどうしたんですか」
「だって犯人はお金が目当てなんですよ? 多額のお金を払うだけの価値がある存在でなければ意味がありません。つまり、ふっ、そういうことです」
「やけに自信満々ですね」
「私には銅貨一枚分の価値もありませんからね」
「お菓子食べながらとんでもない闇をぶち込むのやめてもらっていいですか」
「事実だしもぐもぐ」
「きみはなんっっっっにもわかっていませんね! いいですか勇者さん!」
「あ、クッキー没収された。かなしい……」
「すみません。勢いあまって奪ってしまいました。お返しします」
「クッキー返ってきた。もぐもぐ」
「いいですか勇者さん!」
「仕切り直したもぐもぐ」
「きみには五億円の価値はありません」
「もぐもぐ」
「そう、きみには五億などというはした金では収まりきらない価値があるのです!」
「もぐも……う?」
「圧倒的プライスレス勇者さん! きみこそ世界の宝!」
「も……」
「もしきみが誘拐され、身代金を要求されたとしましょう。犯人が『五億円用意しろ』と言ってきたらぼくはぶちキレると思います」
「ぐ……」
「勇者さんの価値を五億円だと思っている時点で万死に値しますよね。勇者さんをなんだと思っているんですか? はあぁぁぁぁ……、ぼくが犯人をしっかり教育しなくては」
「もぐ……」
「そもそも! 人質への対応が雑なのも不満です!」
「むしゃむしゃ」
「冷暖房完備の広い部屋に絨毯ソファー椅子机その他の家具を整え、食事は和洋中揃えて空腹を感じさせてはいけません。手足を縛り、目隠しなど言語道断。快適な環境と不安や悲しみを癒す動物をそばにおいて安全な状態で過ごせるようにするべきですよね?」
「むしゃ」
「まあ、勇者さんを誘拐するなんて大罪なので捕まえてぎったんぎったんにしますけど」
「もぐもぐむしゃむしゃ終わりました?」
「ふぅ、満足です。あれ、なんの話でしたっけ?」
「身代金の話です。途中からご自分の世界に入っていたようでしたけど」
「銅貨一枚の価値もないと聞き、爆発したようです」
「過激派だな」
「ちなみに、勇者さんが食べているクッキーなんですが」
「おいしいです」
「期間限定数量限定その他色々限定価格銅貨二枚のお値段です」
「もぐ……、私より高い」
「食べるのやめましたね。気にせずお食べください」
「私の身代金、このクッキーで払ってください」
「身代クッキーなんて初めて聞きました」
「お金より一石二鳥です」
「二鳥の内訳を教えていただいても?」
「一においしい、二においしい」
「いつもの勇者さんですね」
「おいしい身代金……。なんて素晴らしいのでしょう。よし、ハンバーグも追加で」
「どんどんズレていきますね」
「ハンバーグには白米がほしいです。ライス大盛りで」
「レストラン行きますか?」
「よく私がお腹すいているってわかりましたね」
「それはもう、クッキーを貪り食べていましたから」
「誰かの身代金をお腹に収めてしまいました」
「ただのクッキーです」
「魔王さんの身代金は何にしましょうか。甘いもの甘いもの……、マシュマロ?」
「はあ……。勇者さん、『身代金』って何かご存知でしょうか」
「ごめんなさい、ちょっとふざけ過ぎましたね」
「ぼくの身代金は勇者さんの写真や思い出の品々……、そしてきみ‼」
「魔王さんを返してほしくば勇者を渡せってことですか。なるほど、お間抜けさん」
「あれ、今どっちが誘拐された話でしたっけ?」
お読みいただきありがとうございました。
勇者さんはハンバーグ定食ライスお味噌汁おかわり自由を堪能しました。
勇者「前も言った気がしますが、魔王さんは誘拐されませんよね」
魔王「魔王ですから」
勇者「でも簡単に誘拐されそうな気もします」
魔王「どういう意味ですか」