343.会話 付喪神の話
本日もこんばんは。
古き良きお宿で勇者さんが見たものとは一体。
「おや、大浴場に行ったのではなかったのですか?」
「……他のお客さんが来たら嫌だなぁと思いまして」
「今日のお宿、宿泊客はぼくたちだけだって女将さんが言っていたでしょう」
「……飛び入りとか」
「ありませんよ。山奥のお宿ですし、この時間に来る人はいないと思います。もしいるのなら、遭難者か幽霊ですよ」
「…………」
「……もしかして勇者さん、何か見たんですか?」
「なん……なんですか突然。なんでそういうこと言うんですか」
「いやだって、ダッシュで部屋に戻ってきたと思ったらお布団をかぶって隅で丸くなっているので、何かあったんだろうなぁと」
「これはあれです。なんかその、お宿~って感じの休憩方法です」
「いつもの頭の回転はどうしたんですか。ほら、何があったかお聞かせくださいな」
「……………………廊下の隅に置いてあった棚から」
「棚から?」
「……………………手鏡が勝手に落ちて」
「落ちて?」
「……………………そのままひとりでに走って消えたのです」
「なるほど」
「……………………あれは絶対におかしいですこの世の摂理に反しています」
「そういうこともあるでしょうね。さて、大浴場にれっつご~」
「話きいてました? おい?」
「もちろんです。ところで勇者さん、きみは『付喪神』という存在をご存知ですか?」
「知らない……です」
「長く大切に使用されてきたものに宿る精霊や神様だといわれています」
「へえ……?」
「つまり、物に意思や動きが出るわけです。今日のお宿は創業三百年の老舗ですし、付喪神のひとつやふたつがいてもおかしくありませんよ」
「どう見てもおかしかったですけど」
「ちなみに、長年とは百年くらいをさすそうです。結構短期間ですね」
「魔王さん基準で言わないでください」
「付喪神には善いものも悪いものもいますが、大切にされていれば大体善いものです」
「心配はいらない、と?」
「はい。ですから、いざ大浴場へ!」
「どんだけ行きたいんですか、大浴場」
「道中、勇者さんが行った道を通るようですが、もう怖くないですよね!」
「私は一言も怖いなって言っていません」
「そうでしたそうでした。ごめんなさい。あ、そうです。大浴場までまだあるので、豆知識もお伝えしておきますね」
「ご勝手に」
「付喪神は神とついていますが、実際は魔物なんですよ」
「そうなんですか? ていうか、それを早く言え」
「少しずつ少しずつ魔力が蓄積し、超絶雑魚が生まれることがあるのです」
「どのくらい雑魚ですか」
「普通の人間が踏んで殺せるくらいです」
「それは雑魚ですね」
「こういった雑魚は魔力が蓄積していっても強くなることはほぼないので放っておいても構いません。被害も物が勝手に動く程度で、人間が使う時は大人しくなりますから」
「小物感がすごいですね」
「勇者さんが見た動く手鏡も超雑魚の類でしょう。走って消えたのは、悲しいほどの雑魚でも魔力をもとに生まれたので勇者さんに反応したからだと思いますよ」
「でも、魔力を感じた気がしませんでした」
「すーぱーはいぱーあるてぃめっとちょーちょー雑魚すぎてわからなかったのかもしれませんね。今度は意識して魔力感知をしてみてくださいな」
「そう言われても、都合よく付喪神なんていま――」
「おや、廊下の端に不自然な動きをする髪飾りが」
「あれが付喪神ですか。……こんなに簡単にいるものなんですかね」
「百年なんてあっという間ですからね。それよりも勇者さん、なんだか距離が近いような気がしますがどうしましたかぼくはうれしいのですがどうしましたか」
「うるせえんですよ。黙っていてください。えーっと、魔力感知を……」
「勇者さんが近いですこのあと大浴場ですし貸し切り状態でのんびりゆったり~」
「ええい、やかましいですね。全然集中できません」
「すみません、つい心の声が」
「隠す気がないくせに。はあ……、だめです。魔王さん、代わりにやってください」
「はいはい、お任せあれ~。ふむむ~。…………んむ?」
「どうしました? 雑魚すぎて魔王さんですら感じ取れないんですか」
「あ、いえいえ、そうではなく。どうやらあれ、魔力がないみたいです」
「魔力がない? 恐るべき雑魚魔物ってことですか」
「いいえ、魔物ではないということです」
「…………えっ」
お読みいただきありがとうございました。
結局部屋のお風呂を使った勇者さん。残念そうな魔王さん。
勇者「ま、魔物じゃないなら何なんですか」
魔王「ぼくにもわからないことはありますよ~」
勇者「こうなったら最後の手段で神様に訊くしか……」
魔王「そこまで追い込まれてるんですか⁉」