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337.物語 ③ヤブ医者

本日もこんばんは。

タイトルを回収する回です。

「きみ、ヤブなんですか⁉ そんな見た目で⁉」

 ぼくは驚きを露わに叫びました。もはや胸倉を掴む勢いです。掴んでいませんけど。

「見た目で判断するのはよくないよ~、魔王サマ」

「ゆ、勇者さんに使った薬、ほんとにだいじょうぶなやつなんでしょうね⁉」

「それはもうばっちりさぁ」

「どっちの意味ですか!」

「効く方に決まってるじゃないか~。うはははは~」

 飄々とする魔族と、一気に不安になるぼく。その様子を白湯を飲みながら眺める勇者さん。

 うーん、回復してきているのは確かなようですから、信じてもいい……か?

 ですが、ヤブ医者と呼ぶ者がいるのなら、なんらかの問題を起こしたということになると思うのです。何もなしにヤブと言いますかね?

 天才医師と呼ぶ者とヤブ医者と呼ぶ者。その違いは何なのでしょう。ⅠQ?

「安心してよ、魔王サマ。アタシ、人間に関しては天才医師になるから」

「どういうことです?」

「アタシね、元々魔なるものたちを治療したり診察したりしていたんだけど、どうにもうまくいかなくてねぇ。それはもう殺しまくったのさ、うはははは~」

 魔なるものたちが死ぬのはどうでもいいです。

「医者をやっているだけで、強い魔族ってわけでもないから怒った魔族にこてんぱんにされてね。放浪していた時に見つけた人間のこどもが病気にかかっていて、アタシのことを人間の医者だと勘違いした親に頼まれたのさ。『この子を助けてくれ』って」

 ぬいぐるみを両手で操りながら、魔族は声色を変えずに過去を語ります。

「人間とは関わらないように生きてきたから、どうしていいかわからなかったよ。でも、そのこども、何もしないと死んじゃうくらい瀕死だったから、つい薬を飲ませてみたんだ。今まで、医者とは名ばかりで患者を救ったことなんて一度もなかったけど、なんとびっくり、こどもは完治したのさ! 驚いた親の顔が忘れられないよ~。一番驚いたのはアタシなんだけどさ、うははは」

 愉快そうに笑う魔族。勇者さんは「いいんだか悪いんだか」とでも言いたげにぼくを見て口元を緩めました。

「人間たちは魔族であるアタシに『ありがとう』と言った。初めてもらった感謝の言葉だよ。それが思いのほかうれしくてねぇ。そこから病気やケガの人間を見つけては治療しまくったよ。脆すぎる命にも強い生命力があることを知って、手助けしたいと思うようになったのさ」

 魔族は長い前髪を揺らして「赤目は隠していた方が便利だからね」と言いました。

 医者なら視界は鮮明な方がいいと思いますけどね。

「人間から見れば類稀な天才医師。魔なるものから見れば天賦のヤブ医者。これがどういうことかわかるかい?」

 演技っぽく手を広げて問う魔族。勇者さんがぽつりと口を開きます。

「あなたがヤブ医者と呼ばれることは、天才医師と呼ばれることと同義」

「その通り。よくできたね、勇者クン」

「人間たちの医者になろうと決めたあなたにとって、ヤブ医者は最高の褒め言葉になるのですね」

「そうっ! だから、ぜひともアタシのことは『ヤブ』と呼んでおくれ」

 ……やれやれ。変な魔族ですね。

 彼女のこれまでは知りませんが、実績はあるようです。勇者さんを躊躇いなく治療したのも経験があったからでしょう。

 勇者といえど人間。この魔族にとっては天才でいられる相手なのです。

 対して、ぼくにはヤブになるのでしょう。まあ、どんな薬を打たれようと死なないので関係ありませんが。

「……助けてくれてありがとうございました、ヤブさん」

「医者として当たり前のことをしたまでだけど、どういたしましてだよ、勇者クン。キミが良くなるまで、もう少し担当医として一緒にいたいんだけど、よろしいかい?」

 魔族改めヤブさんは、勇者さんに訊きながら横目でぼくを窺っています。

「私、病気……だったんですか」

「そうさ。たまに人間がかかるやつ。大体はすぐ治るけど、ちょっと事情がある人とかー……まあ、数パーセントだけ重症化しちゃうってわけだよ。怖がらなくていいよ、勇者クン。アタシの薬があれば完璧に治るからね」

「……はい」

 ヤブさんは勇者である彼女に一切の悪意も敵意も抱いていないようでした。ただ真っ直ぐに医者としての使命を果たそうとしている。勇者さんの病を治すことだけを考えている。

 それがわかったのでしょう。彼女も警戒せずにヤブさんの言葉を受け取りました。

 けれど、死にたい気持ちが根底に渦巻く勇者さんはヤブさんの想いをどうしてよいかわからないようでした。きっと、また、迷って考えて答えを探しているのでしょう。

 取るべき対応が不明なまま彼女はヤブさんの言葉を受けます。体調が万全ではないからというのもあるでしょうが、ヤブさんが勇者さんにかける言葉や雰囲気は優しいものです。ゆえに、彼女は勇者としての行動を取ろうとしなかったのでしょう。

 ぼくがヤブさんから感じているもの。それは、かつてぼくが人間たちを愛しいと思って眺めていた時と似たものでした。

「キミのそばにあるの、かわいいねぇ。やっぱりぬいぐるみ好き? これも置いておこうか?」

「だ、だいじょうぶです」

 少々こども扱いし過ぎるところはあるみたいですが。

「さて、少し眠るといいよ、睡眠は体力を回復させるために重要だからね。はい、無理しない。寝る寝る~」

「……わかりました。あの、ふたりとも」

「なんだい?」

「なんですか?」

 布団を口元までかけた勇者さんが躊躇いがちに「いろいろとごめんなさい」と謝りました。

 ……? なにゆえ謝るのです? 勇者さんが何か悪いことしました? 悪いことしててもぼくは許しますけど!

「なんかその、ええと……忘れてください……」

「だいじょうぶですよ。なにも気にせずゆっくり休んでください」

「……はい。おやすみなさい……」

 ぼくは笑顔で応え、すうっと眠ってしまった勇者さんを眺めました。先ほどのあれでまた体力を使ったのでしょう。ものの数秒で眠ってしまった彼女。ぼくは勇者さんの腕にミソラさんを挟み、彼なのか彼女なのかわからないぬいぐるみに眠りを守ってくれるよう頼みました。

 ぼくはベッドのそばの椅子に座り、彼女の寝顔を見つめながら思い返します。

 勇者さんがあそこまでパニックになったのは初めてです。

 あまり強く感情を出さない……いえ、出さないように心がけている彼女がこんなにも……。

 ぼくは記憶の海に飛び込み、勇者さんの過去の記録を手繰ります。

 魔王が持つシステム。勇者に初めて会った時にその人の過去を見ることができる。

 勇者の人生をダイジェストのように観るそれにより、ぼくは勇者さんが語らない過去を知りました。とはいえ、飛ばされた部分や事細かにはわかりません。

 さて、ぼくが見た中に、パニックの原因となった出来事は……。

「…………これでしょうか」

 勇者さんの人生の出来事はあまりに彼女を苦しめる。すべてがトラウマといってもいいくらいです。その出来事の中に注射器が出てくるものがありました。

 彼女が語ろうとしない過去。思い出すことすら拒む記憶。

 幼いあの子の腕を掴み、抑えつけ、注射器で何かを注射する主人。

 予防接種や病気を治すためにやっているとはとても思えません。

 部屋の中には二人だけ。……違う。椅子に誰か座っている。不思議な服を着た人物。隣にはアタッシュケース。いくつもの試験管や注射器が入っているのが見えます。

 一体なんのための……?

 床に倒れ、激しくせき込みながら絨毯を掴み、体を縮めるあの子を見下ろす主人。その顔は気持ち悪い笑み一色です。見たくもない。

 苦しさのあまりでしょうか。声にならないうめき声をあげた彼女に、主人は暴言を浴びせながら暴力を振るいました。

 必死に口を抑えるあの子。それでも暴力は止まりません。

「…………っ」

 ぼくはこぶしを握り、別の記録に移りました。

 そこでも、彼女はいつも苦しみの中にいた。小さな体には大きすぎる悪意を一心に受けて、ひたすら耐え続ける日々。ひとつ、またひとつと彼女の体に傷が増えていく。

 これはあの子の中に眠るトラウマのひとつでしかありません。

 ぼくが記録を閉じたのはこれ以上見ていられないと思ったから。

 目を覚ましたあの子に、いつものように笑顔を向けられなくなってしまう。そうすれば、聡明なあの子はすぐに気づくでしょう。そして、ぼくが感じた痛みに対し、また謝るのでしょう。そんなことはさせたくない。

「……うっ、っ……」

 眉をひそめて呻いた勇者さん。まだ苦しいのでしょうか。それとも、注射器によって呼び起こされた過去の悪夢をみているのでしょうか。

 思わず伸ばした手はやはり数センチ開けて止まりました。

 ぼくが触れることで悪夢が悪化し兼ねない。眠っている間、人間の精神は無防備です。先ほどのように自ら求めるのならまだしも、今はだめです。

 許可なしでは触れられない。いつものようにふざけてくっつける状況ではないのです。

「撫でてあげればいいのに」

 少し離れたところから勇者さんの様子を観察し、カルテらしき紙にペンを動かしていたヤブさんがぽつりとこぼしました。

「簡単に言わないでください。この子にとって、手は恐怖の対象なのです」

「それはなんとなくわかったけどさ、魔王サマならだいじょうぶなんじゃないのかい?」

「ぼくは普段からスキンシップ拒否られ選手権で殿堂入りしています」

「それはよくわからないけど、残念だね? ぬいぐるみいる?」

「いりません」

 どこから出したのか、猫のぬいぐるみを掲げたヤブさんは「可愛げのない魔王サマだなぁ」と鞄にしまいました。

 やかましいですね、この魔族。

「でも、さっきは勇者クンに頼られていたようだったけど?」

「あれは……妥協でしょう。すぐそばにいたからだと思いますよ」

「目を隠すだけならぬいぐるみでよかったと思うけど。気に入っている物みたいだし」

「それは……万が一ってこともあります。面積が大きい方を選んだだけですよ」

「魔王サマさぁ、いま言い訳必要?」

 呆れた様子のヤブさんは、ぬいぐるみで顔を隠してそう言いました。まるで猫のぬいぐるみに言われている気分になります。

「い、言い訳なんてしていません。事実です」

「言い訳さぁ。どのくらい一緒にいるかは知らないけど、勇者クンにとって魔王サマはそれなりに気を許せる相手だと思うよ。じゃなきゃ、あの時、魔王サマの腕を引っ張るはずがない。触れられること、ひとの手が苦手な子がそんなことするかい? いーや、しないね。たくさんの患者を診てきたアタシは知ってるのさぁ。深く根を張るトラウマというものは、そう簡単に癒せないし消えないことをね」

 それくらいわかっています。だからぼくは、こうして触れないようにしているのではありませんか。

 そう言おうとしたぼくは、ヤブさんが勇者さんに向けている空気を感じて口を閉じました。

 彼女はカルテを置き、無意識にミソラさんを抱きしめる勇者さんをじっと見ていました。前髪で隠れた目は見えません。けれど、まとう空気はどこか悲しそうで、やるせない思いが感じ取れるものでした。

 どうしてきみが悲しそうにするのです。悲しいのはきみではなくて、勇者さん――。

「魔王サマは魔王だけど、勇者である勇者クンを大事にしているんだろう?」

「えぇ。世界で一番大切な人です」

「それ、日頃から伝えてる?」

「もちろんです。毎日言っていますとも」

 勇者さんがうざがるくらい言っています。えへん。

「じゃあ、この子もわかっているはずさぁ。優しくない世界にも味方がいるってことを」

「味方……」

「素直に言えなくても、行動で示せなくても、そばにいるならそういうことだろう? だから魔王サマ、もう少し自信持ってもいいんじゃないかねぇ」

「自信、ですか」

 それはつまり、勇者さんにとってぼくは支えになれる存在であるということでしょうか。

 彼女の苦しみを和らげることができるのでしょうか。

「物は試しさぁ。チャレンジあるのみだよ、魔王サマ。うははは~」

「毎度毎度簡単に言ってくれますね……」

 眉をひそめつつも、ぼくの心は動いていました。

 いいのでしょうか。どうしましょうか。

 勇者さんの夢は穏やかであってほしい。悪夢など見ずに優しい眠りについていてほしいです。そのために、ぼくが有効なのかどうか……。

 勝手に触れてパニックを引き起こすことはあってはなりませんが、うううう~……。

 す、少しだけ。少しだけやってみましょう。

 反応を見て、怯えた様子があればすぐにやめて、起きたら切腹しながら謝って……。あ、謝ってから切腹ですね。順番が……って、これどうでもいいです。

「勇者さん、ちょっと触れますねー……」

 小声で断りを入れ、恐る恐る頭を撫でました。

 一瞬、ミソラさんを抱きしめる力が強まった気がしましたが、すぐに弱まりました。

 眉間にあったしわが安らぎ、小さなうめき声が寝息に変わっていきます。

 起きる気配はなく、怖がる様子もありません。

 こ、これは……いいのでは……?

「いーんじゃない? うんうん、よきよき!」

 ヤブさんも拍手をします。ぶかぶかの袖がすれるだけなので重ったい音が出るだけですが。

 静かな室内とは裏腹に、どっきどきとうるさいぼくの体。この音で勇者さんが起きてしまわないか心配になるくらい。

 けれど、彼女は無垢な顔ですやすやと眠っています。

 ああ……よかった。ほんとうに。

 黒くうつくしい髪に沿って撫で、彼女が優しく深い眠りにつけるように祈ります。

 ぼくはこの子に安らぎを与えることができているのでしょうか。

 隣にいることは彼女のためになっているのでしょうか。

 ぼくのわがまま。ただそれだけのために勇者さんを苦しめてはいないでしょうか。

 日々思ってきた問いの答えが、いま目の前にあるような気がしました。

 少しくらい、自惚れてもいいですかね?

 これまでよりも胸を張り、きみの隣で笑っていてもいいでしょうか?

 眠る彼女は答えません。けれど、規則正しい寝息と安心したような寝顔を見ていると、「仕方ありませんねぇ」と微笑んでくれているように思うのでした。

『③ヤブ医者』お読みいただきありがとうございました。

コメディとシリアスも紙一重だと言っておけば大体解決します。

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