32.会話 勇者の旅行鞄の話
本日もこんばんは。
勇者さんの荷物、旅行鞄についての話です。
「勇者さんの荷物って、その旅行鞄だけですよね。足りますか?」
「もともと荷物自体少ないですからね。問題ありませんよ」
「それも神様からもらったものですか?」
「…………いえ、魔物を退治してくれと言ってきた人から謝礼としていただきました。謝礼です。ええ」
「……。おや、謝礼をくださる方がいたんですね」
「……はい。命か鞄、奪われるならどっちがいいか訊いたら快く」
「それは恐喝ですね。強奪とも言います。勇者としてあるまじき行為ですよ」
「ちゃんと魔物を倒したあとですよ。謝礼を渡すと言いながらいざその時になったら記憶にないとほざいてきたので」
「うむむ……、それはたしかにその方が悪いですけど……」
「鞄のひとつやふたつ、……命には代えられないでしょう。私は優しい方ですよ」
「擁護できませんねぇ。ちなみに、鞄の中には何が入っているんですか?」
「食べ物、水、服」
「必要不可欠ですね」
「寝袋、焚き火台、テント」
「そんな容量あります?」
「火薬、手榴弾、時限爆弾」
「なん……、え?」
「睡眠薬、筋肉弛緩剤、青酸カリ」
「……ちょっと、あのー……」
「ロンギヌスの槍や聖剣エクスカリバーもありますよ」
「どのへんから嘘ですか? 嘘ですよね?」
「さあ?」
「寝袋入れたら他に入らないと思うのですが。ってあれ? 勇者さんって野宿の時はいつも木の上か地面に直接寝ていますよね?」
「どこでも寝られます。えっへん」
「寝袋いらないじゃないですか。テントも張ったことないですよね? もしかして、服以降はぜんぶ嘘ですか?」
「真実もありますよ」
「実際に見せてください」
「これとか」
「それは火薬ですか。危険ですけど、必要になる時がありそうな道具ですね」
「洞窟に閉じ込められた時に大活躍すること間違いなしです」
「閉じ込められる前提なんですね」
「この小瓶には青酸カリが入っています。以前、魔王さんの食事に致死量を混ぜたんですけど、なんてことない顔で食べていましたね。さすが不老不死。いや、歳をとりすぎて味覚が鈍く――」
「い、いつ入れたんですか。ナチュラル毒殺しないでくださいよう」
「毒殺未遂ですよ。魔王さん、死なないじゃないですか」
「こういう時だけ細かいですね。あと、ロンギヌスの槍は冗談ですよね。どう考えても大きさが合いませんし」
「あれ、分解できますよ」
「分解できるんですか」
「組み立てがめんどうで使ったことないですけど」
「ええ……。あと、勇者さんが聖剣ってちょっと合いませんね。どちらかというと魔剣の方がお似合いかと」
「魔剣エクスカリバーですか。そもそも、実際のところエクスカリバーって強いんでしょうか」
「有名な剣ですし、強いのではないでしょうか」
「うーん……」
「納得していないようですね」
「エクスカリバーより魔王さんの歌の方が圧倒的に強いと思います」
「エクスカリバーもぼくの歌と比較されて解せないでしょうね」
「爆弾も毒も聖剣も、どれも魔王さんの歌の前では赤子のようなものです」
「これは褒められているのでしょうか」
「使えないものは捨てましょう。とりあえず、槍と剣を捨てます」
「ふたつともさぞ驚いているでしょうね」
「前より荷物も増えてきましたし、スペースを確保しようと思っていたんです」
「なにか買ったんですか?」
「いえ、いただいた物です」
「えっ! 誰からです?」
「この鞄いっぱいにローストビーフを詰めたい」
「雑な話の逸らし方ですね」
「あと、肩掛けなので片方に傾くんですよね」
「定期的に交代した方がいいですよ。肩が凝りますから」
「重力が安定しなくて体がだんだんズレていく……」
「うわっ、ちょっと勇者さん、鞄がぶつかって――痛いっ!」
「すみません。エクスカリバーの剣先が鞄からはみ出ていたようです」
「いや、マジだったんですか、エクスカリバー!」
お読みいただきありがとうございました。
前よりも増えてきた荷物の謎は28話参照です。
勇者「リュックサックにすればよかった……。今度、人間から奪おう」
魔王「犯罪ですからね?」
勇者「いっそ、荷物は何も持ちたくない……」
魔王「たしかに身軽な方がいいですが――って、剣は捨てるなー‼」




