316.会話 ペットの話
本日もこんばんは。
うさぎさんはいいぞというお話です(違います)。
「魔王さんは私によく『かわいい』とおっしゃいますよね」
「事実ですから」
「つまり、私は魔王さんのペットなのですか?」
「ペッっっ⁉ ど、どういう意味ですかちょっと説明をしていただいてもよろしいですかそこに至るまでに一体何があったのかぼくに教えてくだ勇者さんがぼくのペットぉ⁉」
「相変わらずやかましいひとですね」
「いや、あの、今のは勇者さんにも原因があると思うんですよ」
「責任転嫁はよくないです」
「ごめんなさい。ところで、ご説明いただいても?」
「犬の散歩をしている人も、軒先で猫を撫でている人も、インコについばまれている人も、みんな狂ったように『かわいい』と言っていました」
「最後の人は襲われているの間違いではないですか?」
「ペットがかわいいのか、かわいいからペットなのか」
「いつになく神妙なお顔ですね。写真撮ってもいいですか?」
「それですよ」
「はい? 写真ですか?」
「人間たちは地面に這いつくばってカメラを構えていました。不審者です」
「ペットと目線を合わせたいんですよ。下アングルのワンちゃんはきゅーとです」
「ペットの前では人間性を失う。その理屈でいくと、私は魔王さんのペットになります」
「ぼくの知らない理屈ですね。もうちょい説明してください」
「魔王さんは私といると人間性をいつも失っています。オールウェイズ狂気です」
「ぼくはオールウェイズ正気のつもりなのですが」
「辞書に『かわいい』しか載っていないところも、息をするようにカメラを構えるところも、にやにやでれでれと顔面を崩壊させるところも、すべて脱人間たちと同じです」
「普段のぼくを言語化するとそうなるんですね」
「通報されないのが奇跡ですよ」
「通報したらしたで迷惑を被るのは勇者さんの方ですもんね」
「なーにが法と倫理の下ですか。目が節穴なんですよ」
「おかげで勇者さんの警察嫌いも加速しましたね」
「そもそも、警察がいるような大きな町に行きたくありません」
「ですが、大きな町には動物もたくさんいますよね」
「動物くらいその辺の森にもいます」
「丁寧にお手入れされた毛並みのワンちゃん猫ちゃん……。お散歩風景がそこかしこに」
「犬猫のくせに贅沢なんですよ」
「広場で遊ぶ動物たちを遠くから眺めるのはどこの誰でしたっけ」
「どの犬が一番おいしそうか見ているだけです」
「言い訳が物騒ですね。ですが、ぼくは知っています。この間、うさんぽに来ていたうさぎさんをうれしそうに見て――」
「やかましい」
「ぐはっ……。う、うさぎさんのお散歩は珍しいですもんね。かわいいですし」
「まだ言うか」
「事実ですから。やっぱりぼくたちもペット飼いましょうか?」
「私を見て言ってる……。ハッ、これはやはり……!」
「違いますからね? 勇者さんはぼくのお、おともだ……!」
「非常食かな」
「違うって」
「これだから魔王は……」
「ちがーうっ!」
「私、少し考えたんです。砂粒くらい」
「かなり少しですね。何を考えたのですか?」
「かわいいかわいいと言いながらカメラを構え、あれこれと物を貢ぎ、食事を与え、体調管理に気を配り、日々の生活を共にする」
「普段のぼくと勇者さんですね」
「これ、飼い主とペットと同じ構図じゃないですか?」
「せめて扶養者と被扶養者と言ってください」
「私は魔王さんのペットなんですよ。はあ……」
「違いますからね? ほんと。ため息つかないでくださいよう!」
「私のせいで魔王さんが人間性を失っていく……」
「そっち?」
「そもそも人間じゃないのに、さらに人間性を失ったら魔王さんは何になるのでしょう」
「魔王になるんじゃないですか?」
「なってないじゃないですか」
「それはすみませんとしか」
「でも、人間をペットにする魔王さんは魔王っぽいですね」
「勇者さんはペットじゃありません。ぼくのおともだ――」
「飼い主ー、今日の夕飯はなんですかー」
「今日はコロッケを揚げようかと思――じゃなくて、その呼び方なんですか」
「魔王さんを魔王にして差し上げようと思った私の優しさですよ」
「誰かに聞かれたら大変ですよ! まったく、困った子なんですから。……ふふ」
「なんでちょっとうれしそうなんですか?」
お読みいただきありがとうございました。
アブナイ扉が開きかけた魔王さん。
魔王「ペットと言いますが、実際は家族と言う人もたくさんいるのです。で、ですので、つまり……」
勇者「非常食という名前をつけても家族になれるのでしょうか」
魔王「非常食から離れていただいて」
勇者「実に悩ましい……」