313.会話 髪型の話
本日もこんばんは。
勇者さんのヘアアレンジは魔王さんの楽しみの一つです。
「この世界には、実に様々なヘアアレンジが存在します。髪の長さによっても千差万別。ロングヘアーの勇者さんは特にアレンジし放題といえるでしょう」
「切りたいです」
「ぼくは日々、ヘアアレンジのやり方を目に頭に胸に腕に刻んでいますが、それを実践する機会は少ないです。勇者さんが嫌がるので」
「だって時間かかるから」
「大層ご不満そうですが、せっかくのきれいな黒髪をテキトーにしておくなんてもったいないと思いませんか? 思いますね。ですので、勇者さんにもヘアアレンジの素晴らしさを知ってほしいと思うのです。こちらをご覧ください」
「絵に描いたようなお姫様ですね」
「絵に描かれていますからね。この方はみなさまご存知シンデレラさんです」
「ご無沙汰しております」
「今日はシンデレラさんの髪型を真似し、プリンセス勇者さんになっていただこうかと」
「嫌です」
「ぼくがいない時でもすてきな髪型でいてほしいのですよ」
「どうせ解くのです。結んでも無駄ですよ」
「おやおや、わかっていませんねぇ。髪を結う仕草、時間、結った髪、そしてそれを解く仕草。すべてに魅力が詰まっているのですよ? よく言うじゃないですか、ポニーテールを結ぶ時のうなじにドキッとする……ってやつです!」
「通報案件ですか?」
「青春案件です」
「まあ、ひとつに結うとラクな時はありますけど」
「そうでしょうそうでしょう」
「シンデレラさんのような髪型はめんどくさいです。何時間かかるんですか」
「では、ラプンツェルさんにしますか? いわゆる三つ編みだと思いますので、器用な勇者さんならすぐひとりでできるようになりますよ」
「三つ編み……。焼き鳥を挿し込むのに向いていそうですよね」
「そうですねとは言いづらい感性やめてもらってもいいですか」
「断ったら他の髪型を提案するでしょうから妥協です。結い方を教えてください」
「おっ、勇者さんにやる気が!」
「めんどいからさっさと終わらせます」
「ネガティブなやる気ですけど、やる気はやる気です! まずは髪を三つに分けて」
「……こうですか?」
「はい。そして、こーしてあーしてそーしてどーしたらこうなるんでしょう……」
「魔王さんのお手本は見ない方がよさそうですね。三つの束を順番に編んでいくだけなのに、どうして髪が爆発しているんですか?」
「不思議ですよねぇ……」
「普段のヘアアレンジはよくできているので忘れていましたけど、不器用でしたね」
「あまり時間をかけ過ぎると勇者さんから殺意の圧を感じるので特訓しているのです」
「寝っ転がっていていいならまだ許したんですけど」
「寝っ転がっていたら結べませんからね」
「やれやれ、めんどくさい……。はい、完成。これでいいですか?」
「相変わらずお上手ですねぇ。完璧ですよ。これでいつでもラプンツェル」
「お昼の宣伝コーナーか」
「ラプンツェル勇者さんが追加されたので、次は白雪姫勇者さんを練習しましょう」
「髪型だけではお姫様にはなれませんよ」
「気持ちですよ、気持ち。形から入るのもひとつの手です」
「形も中身も大間違いのひとに言われても」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
「お姫様も勇者もキャラじゃないので魔王になろうと思います」
「待ってください。まだ王子様が残っていますよ」
「性別……」
「おやおや、わかっていませんねぇ! 少女の王子様がいてもいいじゃないですか!」
「じゃあ、お姫様は少年になるんですか?」
「少年でも少女でもいいと思いますよ」
「テキトーに答えてません? おりゃあ」
「三つ編み攻撃やめてください。毛束がぶわぁぁっ息が」
「魔王さん、魔王さん、やっぱり三つ編みは物を挿し込むのに最適ですよ。見てください、お菓子がたくさん。これで動かずに食べることができます」
「そういう使い方をするものでは……まあ、いいですけど」
「三つ編みスキルを手に入れたので、これから収納スペースがなくなった物は髪に挿し込んでいこうと思います。これが旅人の知恵というやつですよ」
「たぶんきっとおそらく絶対違うと思います」
「ラプンツェルさんも髪が長くて動くのが億劫だったのでしょう。髪型にも意味があるのですね。勉強になりました」
「どんどん間違った知識が増えていく」
「ポニーテールにも意味があるのでしょうか。それは一体――あ、お菓子が落ちた」
「うぎゃっ⁉ と、突然頭を振らないでくださいぃ~。ポニーテールが顔に……」
「なるほど、攻撃用ですか」
「違いますからね?」
お読みいただきありがとうございました。
「ゆうしゃんさんは みつあみすきるを てにいれた!」
勇者「自分で結べるようになれば魔王さんがやらなくてもよくなる……」
魔王「ハッ⁉ ぼくのお楽しみタイムがっ!」
勇者「ふふーん……。なるほどね」
魔王「勇者さんが悪いお顔をしているぅ」