292.会話 帰巣本能の話
本日もこんばんは。
記憶を消して家に帰れるかチャレンジをしてみたいです。
「そろそろ夕暮れです。鳥たちが家に帰っていきますね」
「なぜ鳥は自分の住処を覚えていられるのでしょうか。渡り鳥も巡ってはまた戻ってくるそうですし、不思議です」
「帰巣本能というものがありまして、動物に備わる生来の本能なのですよ」
「人間にもあるのでしょうか」
「それはどうでしょう。ですが、あったらいいですねぇ」
「目的地もなく旅をする私たちはどこへ帰るのでしょうね」
「……っまお!」
「魔王城じゃないです」
「うぐぅ……、今ならいけると思ったのですが……」
「すかさず魔王城をプレゼンする姿勢は評価しますよ」
「いつでも魔王城に帰ってきていいんですからね!」
「主が不在」
「勇者さんと一緒に帰るので問題ありませんよ」
「魔王城の場所なんてもう忘れました」
「ぼくが勇者さんと一緒に帰るのでそれも問題ありませんよ」
「観測基地を通るのもめんどくさいですし、あの時と同じ手法は使えませんし」
「ぼくが一緒に……って聞こえてます?」
「…………」
「勇者さーん?」
「……あ、すみません。なんですか?」
「日暮れ前に家に帰るこどもたちですか。夕方にはよく見る光景ですね」
「……もうじき暗くなるのに、ぎりぎりまで遊ぶなんて危なっかしい子たちです」
「民家が多いので、警備はそこそこしっかりしているのでしょうね。お別れを言って手を振って……ふふふ、かわいらしいこどもたちです。家に帰ったら夕飯でしょうね」
「…………家」
「……。さて、ぼくたちもお宿に行きましょうか。帰巣本能をフル活用して高級宿を探してくださいね!」
「帰巣本能って一度訪れた場所に帰る力ですよね? ここには今日初めて来たんですよ」
「今日来たじゃないですか! 一度訪れたことになりました。いえ~い」
「強引なことを言いますね。まだ見てもいないのに」
「セーブポイントでもあればいいんですけどねぇ。あ、スタンプとか押します?」
「そういうものでもないような……って、なぜ走るのです」
「勇者さーん、こっちですよ~」
「そんなに手を振らなくても見ればわかりますよ」
「帰っておいで~」
「なんですか。私はペットじゃないんですよ」
「勇者さんが一番知っているのはぼくだと思いまして。いかがですか?」
「不覚ですが同意です」
「迷ってもぼくのところに帰ってきてくださいね」
「真っ白なのでいやでも目につきますよ」
「もっと見やすくするために発光もいたしましょう」
「……ふふっ、やめてください。絶対やめてください」
「二回言った。ですが、発光したら一発でわかりますよ?」
「知り合いだと思われたくないので帰りません」
「わぁんそんなこと言わずに。星を利用して帰る動物もいるんですよ。ぼくが光るのは実に理にかなっていることというわけです」
「星を見て帰るんですか。それなら私は……だいじょうぶそうですよ」
「なぜ視線を下に……あ、なるほどです。では、ぼくは発光をやめますね」
「そうしてください。地味に眩しいです」
「他の方法を使いましょう。地形学、磁覚、嗅覚など……どうでしょうか」
「星がいいです」
「つまり?」
「魔王さんの出番はありません」
「そんな。そんな……ぐすん」
「こんなに隣にいられたら迷うこともないでしょう」
「勇者さんが迷ったらぼくも一緒に迷います!」
「ふたりで迷ったら意味ないじゃないですか」
「こわくはなくなりますよ?」
「こわくはないって……よくわからないことを言いますね」
「えへへ~。あ、そうです。迷った時は明るい方へ行くといいらしいですよ」
「明るい方ですか。星……は空ですね」
「星の方へ行くのはまだはやいです。こっちですよ、こっち」
「あ、町の明かり……」
「お望みならばぼくも発光――」
「結構」
「語呂よし……」
「……ふふっ、帰りましょうか」
「おっ、どこにですか? ここですか? ここ? あ、ここってぼくって意味ですよ」
「このやかましさは確かに本能に刻まれそうですね」
お読みいただきありがとうございました。
勇者さんはご飯の匂いで家に帰れると思います。
魔王「これまで訪れたすべての場所に行けるってことですよ」
勇者「覚えていませんよ」
魔王「食べた料理の味は?」
勇者「それは覚えてる」




